第6話 都市伝説との決着

「サンクス。ワイ頑張ってみるよ……っと」


 お礼の言葉をキーボードで打ち終えて、スレ建てした掲示板から離れることを伝える。

 スレの皆から頑張れよーと応援されて今まで以上に元気と殺る気がわいた。


「うーん。やっぱり画面越しでも誰かと会話できるのはいいな」


 久しぶりに人間らしさを取り戻した感じだ。

 ここしばらくは独り言が増えて思考が鈍くなっていた。精神が崖っぷち状態だったのだ。



 初日に人面犬に殺されてから1ヶ月。

 なけなしのDPで購入した大毒蛇の牙が活躍さえせずに紛失し、それから何度も同じモンスターに殺され続けた。


 あの憎らしい人面犬に怯えて引きこもる選択をしなかった私は徹底抗戦する意思を固めていた。


 モンスターとはいえ人面犬も生物の範疇のはず。

 そう思って睡眠なり食事なりして油断した時に襲うか、奴の鼻が利く範囲の外に脱出してDP稼ぎをしようと考えたのだ。


 だが、その思惑は外れてしまった。

 1ヶ月ぶりに掲示板を見て今更分かったことなのだが、チュートリアルダンジョンのモンスターは生理的機能がほとんど働いていないらしい。

 コボルトを1日中観察し続けたケモナースレ民の証言と他多数の裏付けがされてると教えてもらった。


 私も意地になって日に10回以上突撃しにいったが結果は惨敗だった。

 今思えば途中から正気じゃなかった。その頃から独り言が増えだしたから精神に異常をきたしてたのだろう。

 自分がおかしくなっていた自覚すらなかった。

 取り付かれたようにチュートリアルダンジョンにゾンビアタックしていた。


 精神耐性スキルがLv10にカンストしなければ正気を取り戻す事さえできなかったはずだ。


「そう考えると本当にギリギリだったんだよな」


 おかげでスキルの強力さと異常性を身に染みて理解した。

 ダンジョン探索にはスキルが欠かせない。掲示板にもスキル考察スレなんてのもあったほどだ。


 私を含めたダンジョンマスターたちがここに連れ去られて1ヶ月が経っている。

 チュートリアルダンジョンの攻略は進み、様々な情報が解き明かされて共有されていた。

 もちろん独占された情報もあるだろうが初日を思えばはるかにマシになっていた。


 顎の無精ひげを撫でながら部屋改め――マイルームを見渡す。

 そこは最初の頃以上に物が少なくなっていた。

 木製の机と椅子。それにコアパソコンと藁のベッドしかない。


 水瓶や便壺や竹籠といった壊れたりまともに使えない物は全てオークションに出品した。


 念の為に取っているとスレに書いたら、生産系スキルを取得してるスレ民がぜひ買い取りたいとスレに書き込みがあったのだ。


 ショップの魔法アイテムは高いから自分で魔法アイテムの製作を試みてるようで、既製品を分解して素材構成や付与魔法の種類や魔法陣など詳しく調べたかったそうだ。

 廃棄同然の物だったが値段交渉してDP400ポイントで売れた。


 嬉しくてその場で小躍りしてしまったのは内緒だ。

 それまでスレの94さんの案を真剣に検討してたからな。


「でも、これでやっとあのスキルが買える」


 ショップを開いて毒のキーワードで検索する。

 前回、毒武器を購入した時と同じページが開く。

 目的のものはスレに書き込まれたとあるスキルだ。私は一番後ろにあったそのスキルの買うボタンをクリックする。


 すると突然、目の前に白色のチケットが現れた。

 チケットの右端にはミシン目の切り取り線が入っていて、両面には日本語でスキル名が印字されていた。

 触ってみると電車の切符をお札の大きさにした感じだった。


「これがスキルチケットか」


 掲示板情報だとこのスキルチケットを切るとスキルが手に入るらしい。

 特別な演出が起こるかと期待してスキルチケットを切った。

 特に何も起こらない。

 期待が落胆に変わるもスキルはちゃんと手に入れられた。それに取得したスキルは感覚的に使い方が分かった。

 次いでショップで売られているブリキのバケツ2個を買うとコアパソコンの電源を切る。


 これでまたDP0ポイント生活を続けなければならないが、人面犬を殺せるなら安いものだった。


 椅子から立ちがり背筋をうんと伸ばした。

 これからの事について考える。

 人面犬を殺すのは確定事項だ。

 その為に手に入れたスキルのレベルを上げなければいけない。低レベルのスキルだと人面犬に効かないかもしれないからだ。

 次にスキルの練習場所をどこにするか。

 さすがにマイルームでする気はない。


「チュートリアルダンジョンでスキルのレベル上げをするか」


 マイルーム近辺はモンスターから認識されないからちょうどいい。

 扉を出てすぐの通路と階段を下りた辺りまでは私がいても気づかないのだ。私自身の体験と掲示板の情報からマイルーム近辺は安全地帯と言っていい。

 もしこの仕様がなかったら人面犬にマイルームを荒らされていただろう。


 私は早速スキルの練習に励んだ。

 DP350ポイントもしたスキルは、デメリットもあるが私にとって使い勝手が良かった。

 それから4日間。

 練習中に死んでは蘇り、空腹になったら自殺しては蘇っていた。命の価値が大暴落した私にとって死ぬのは慣れたものだった。

 だから最低限の睡眠以外の時間をスキル練習に費やした。

 

 そうして遂にスキルがLv2にレベルアップした。

 レベルアップしたスキルとスレの助言と私が考えた作戦。


「これなら奴を殺せる」


 そう確信を抱いた私は人面犬を殺しに行くことにした。

 開け放った金属扉は緊張のせいでいつもより重く感じられた。

 中身を私の血で満たしたバケツを両手に1個ずつ持ち上げる。


「よし、行くか」


 準備を終えると階段を下りた。

 下りた先には見飽きるほど通った三叉路。

 私は目的の場所がある左側の通路を進んだ。


 ここら辺の通路でも何度も殺されたが周囲は血の跡すらない。

 壁や床に飛び散った私の血や臓物や紛失した物はどこへ消えるのか。チュートリアルダンジョンがその内に取り込んでいるのか。

 掲示板に書かれていた裏付けもされていない情報を思い出す。


 そのまま歩くこと数分。

 未だにモンスターに出会うことはない。1階層序盤の方はモンスターがあまり出現しないからだ。

 石造りの広い通路は静謐な雰囲気がありモンスターなど存在しないような静けさが広がっている。

 私自身の荒くなった鼻息とペタペタと歩く裸足の足音がやけに騒がしく感じた。


 もうそろそろ人面犬が来る頃だろう。

 立ち止まって右手を向くと通路横に穴がぽっかりと開いている。

 人一人が通れる程度の横穴を通り抜けると、目的の場所である6メートル四方の小部屋に入った。

 そして時間が惜しいとばかりに急いで持っていたバケツの中身を床一面に撒いた。

 

 満遍なく血を撒いた時、穴の向こうから声がした。

 奴だ。人面犬がやって来たのだ。


「おーい。大丈夫かー」


 声を上げながら歩いてきたのは見慣れた老爺の顔を持つ人面犬だった。

 私を不意打ちするほどの相手じゃないと見下している人面犬は、堂々と穴を通ってその姿を現した。


 皺だらけの顔にニヤケ面を浮かべて嬉しそうに尻尾まで振っている。

 私をどう甚振いたぶってやろうかと頭で考えているのだから始末に負えない。


「おーい。大丈夫かー」


「ああ、大丈夫だよ」


 人面犬の表情がいぶかし気に変わる。

 これまでずっと無言で突撃してきたからな。そんな私が言葉を返したので不思議がるのは当然か。

 しかも小部屋の床が血塗れだから尚更なおさらだろう。


 私は持っていた空のバケツの片方を人面犬に投げつけた。

 バケツは弧を描き真っすぐまとに向かう。

 何かあると思ったのか人面犬はバケツを横にかわした。

 その隙に私は入れ替わるように、空いた出入り口の前を陣取った。

 これで奴の逃げ道は塞がった。


「しゃあ! 掛かってこいや!」


 もう1つの空のバケツをぶん回しながら大声を上げて威嚇する。


 人面犬は鼻を鳴らして口角を上げた。

 周囲の空間が渦まきこちらに向かって突風が吹く。

 その風の勢いに小太りの体がわずかに持ち上がりずっこける。


「おっおっおっ。おーい。大丈夫かー」


 尻を向けて倒れる私に間延びした老人の声がかけられる。

 その声色はどこか嘲笑を含んでいるようだった。


 何か策があるかと思ったら、格下が無様に足掻いているのだ。

 そりゃあ愉快だろうな。

 何百回も殺し続けた私に対するその油断。

 身を持って後悔しろ。


 ――体液毒化Lv2――発動。


 スキルを念じて発動すると全身の体液が疼きだした。

 体液毒化スキルは任意の体液を毒に変化させる。


 レベルごとに毒の種類が変化し、Lv2の毒の種類は呪毒だ。

 呪毒の特徴は負の感情を込める程その毒性が高まり、感情の矛先に対してのみ効果が現れる。

 まさに今の私にうってつけのスキルだった。

 更に、このスキルの良い所は体外に出た体液にもスキル効果が及ぶことだ。

 今回の場合、床に撒いた血を対象にした。


「おぉおお!?」


 人面犬が驚きと苦しみの声を上げた。

 びくりと体を痙攣させると、四本脚が震えてだし崩れる様にしゃがみ込んでしまう。

 床に撒かれていた血が毒に変化して、触れていた肉球から体に回りだしたのだろう。

 体中の毛が抜け出し始め、目が充血すると口から泡を吹き出した。


 普通ならこれで決着だ。

 けれども人面犬は普通からかけ離れた特殊個体。


「おぁぁ!!」


 人面犬が吠える。

 すると力なく横になっていた体から、もう1体の人面犬が飛び出した。

 こいつは分身スキルで生み出された分身体だ。


 ただし本体の体を足場代わりにして立つ分身体は以前見た姿とかけ離れていた。

 同じ体格、同じ毛並み、同じ顔をした人面犬の分身体。

 それが今では毛と肉が腐り落ちて骨が所どころ露出している。

 分身体を完全に実体化するだけの力がもうないのだ。体の端々が崩れかかっていているのが良い証拠だ。

 本体の方がそれだけ虫の息というわけだ。


「おい……だいじ……ぶかぁ」


「うるさい! いい加減耳障りなんだよ!!」


 二度目の突風が吹きつける。

 だが風魔法スキルも弱体化しているようで先ほどよりも風の勢いが弱まっていた。

 体がよろけて後ろに一歩だけ下がるも、その場に踏みとどまり分身体を睨みつける。


 分身体が間髪入れず喉元目掛けて飛び掛かってきた。

 速い。

 その俊敏さは以前よりも見劣りするが、それでも本当ならまともに反応できなかった速さだっただろう。

 ただし足場が悪く飛び掛かる前動作がはっきりと認識できた。一瞬で何をするのか察知した私はバケツを肩の高さまで持ち上げガードした。

 分身体に押し倒される。


「があっ」


 背中が床に打ちつけられて息が漏れる。


 バケツ越しに分身体が何度も噛みつこうとしてきた。

 大型犬の体重がずしりと私の体にのしかかり、裸の肉体に爪が突き立てられて血が流れ出る。それは同時に分身体にも毒が回りだすという事。

 後先考えない行動。それだけ必死なのだろう。


 憎らしい老爺の顔を見ると頭に血が上った。


「おっさんの力舐めるんじゃねえぞ!」


 バケツを押し上げ分身体の顔を押しのける。

 そして分身体の頭にバケツをかぶせて思い切り頭を振るった。 

 何度も頭を振るうと、のしかかっていた体の力がわずかに抜けた。

 これが最後のチャンスだ。


 全身に力を漲らせた私は火事場の馬鹿力で逆に分身体を押し倒した。

 弱っている今こそ止めを刺す時。

 私は意識が朦朧となった分身体を放置して本体の人面犬に駆け寄った。

 本体の方はしゃがみ込んだままうな垂れている。

 タイミングを計り人面犬に向かって飛び上がる。

 肘を突き出して落ちる場所は人面犬の首だ。


 もう抵抗する力すらないのか。

 血走った目付きと鬼の形相で私を睨みつけてくる人面犬。

 そこに80キロ以上ある中年おじさんの体が叩き込まれた。

 グキリ――肘の先に嫌な感触と音が響く。

 人面犬の体が激しく痙攣する。


 数秒後、下敷きとなっていた体が粒子となって崩壊しだした。

 それに合わせて分身体も幻の様に消えてしまう。


「勝った……勝ったんだよな私は……おっしゃああ!!」


 人面犬を遂に殺した私は飛び起きて喜んだ。

 床に撒かれた血がぴちゃぴちゃと跳ねる。

 その跳ねた血が私と床に置かれた物に付着する。


 狂喜乱舞する私のそば――人面犬が倒れていた場所に銀色の宝箱が置かれていた。

 いつの間にか置かれているその宝箱に気づくも、勝利の余韻に浸りたい私はその場で小躍りするのだった。

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