第7話 お化け屋敷だ!

 怖いことを克服する練習とはなんぞ?

 十七年特に大したことを考えずに生きてきた俺にとって、何とも難しい問題だ。


 どうやらそれは今度の日曜に行いたいとのことだった。

 特に、というかいつも予定がない身としては断る必要もない。ただ、青花琴葉は普段顔を隠しているが、実際はかなりの美少女。そう思うと途端に緊張してきた。


 そういえば季節は六月。暑くも寒くもないちょうどいい時期だ。こういう付き合いくらいあってもいい。そしてとうとう約束の日曜日がやってきて、ほぼ一睡もできなかった辛い体に鞭を打ち約束の場所へ向かう。


 都内でもけっこう人が集まるスポットのようだ。午前十時だというのにすでにカップルばかり。駅の改札で後輩を待っている間、なんだか場違いな自分が嫌になっていた。


「すみませんっ。先輩、お待たせしました」

「ああ、そんなに待ってな……な……」


 振り向いた途端、目の前に別世界が広がっていた。琴葉だけが違う世界からやってきたみたい。


 長袖のワンピースは胸のあたりで切り替えが入っていて、鎖骨から腕にかけてが白、下部分が茶色だった。黒いソックスとブーツがまた似合っていて、小さな熊のキーホルダーがついたバッグを肩にかけている。


 それとここが重要だったが、彼女はあの長すぎる前髪を切っていた。まるでスポーツ飲料のCMに出てきそうなほど爽やか満点の顔を露出させている。メガネも今日はかけていない。


「あ、すみません! 髪切ったしメガネもしてないから、よく分からなかったですか? 琴葉ですっ」

「ん!? 気にしなくていいよ。今日はコンタクトしてるのか」

「えへへ。実はあれ、度が入ってないんです。ちょっと、恥ずかしくて」


 なんと。あれ伊達メガネだったのか。絶対につけていないほうがいいと思うが。


「じゃ、じゃあ……行きましょうか。今日はよろしくお願いします」

「そう、だね。あ、場所って何処かな」


 今俺はとてもまともに喋れる状況ではない。思いっきり緊張が膨らんでしまい、とにかく発声するだけで精一杯なのだ。そういえば周りを歩く連中も、チラチラと琴葉を見ていた。まあ、これだけ可愛かったら気になるよ。


「あっ。ごめんなさい! ちゃんとお話してなかったです。あの、遊園地の中にあるんです」

「ほ……ほほう」


 遊園地ですと? 一緒に歩きながら今の状況を必死に整理する。可愛い部活の後輩女子と二人で遊園地。それってもしかして、デート? これはデートなんじゃないのか?


 だが実際に遊園地の中に入った後、どうやら盛大な勘違いをしていることに気がついた。その建物は園内でもとりわけ大きく、そして不気味な外観をしている。


「あうう。ここに、挑戦してみたいんです」

「なるほど、お化け屋敷かぁ」


 そうかそうか。怖いことを克服する練習ってこれだったのか。他に付き合ってくれる人がいなかったから、俺に頼んだと。

 なんか逆に安心した。マジのデートなら緊張で死ぬところだ。


「よーし! 分かった。じゃあ行こうか」

「は……はい」


 消え入るような返事が自らの右斜め下から聴こえる。見れば琴葉はもうプルプルしちゃってるじゃないか。


「大丈夫! きっと青花さんならできるよ。俺もついてるし」

「そう、ですかね。はい! がんばりますっ」


 小さな両手をぐっと握りしめる後輩を見て、俺は内心癒されていた。気分は子猫の奮闘を見守る親猫だ。まあ、この後一緒に入るんだけど。


 受付でお金を払い、俺と琴葉はいよいよ扉を開けて中へと足を踏み入れる。どうやら夜の廃病院を歩いていくというコンセプトらしい。暗くて広い廊下を進みながら、いつしか先程の余裕が吹き飛んでいることに気がついた。これ、めっちゃ怖いじゃん。


「凄いな。まさかここまで本格的とは」

「は、はいいっ。怖い、怖いですぅ」


 隣を歩いている後輩は既に限界ギリギリ、崖っぷち状態である。暗い通路を歩く度、自分たちの足音にすらビビりそうになる。


「でも! でもでも。克服するって決めたんです。頑張る、頑張る、がん、」


 その時だった。通りかかった病室から、ゾンビみたいな奴が顔を出しやがったのだ。


「ひゃうううう!?」

「やば! 逃げよう」


 まだほんの微かに冷静さを保っていた俺は、ちょっとした小走りで道を誘導する。ビビりまくりの美少女はピッタリと背後についてきているようだ。その後も女の人の霊っぽいやつ、人魂っぽいやつとか色々と出てきた。でも、まあお化け屋敷である以上、怖さにも限度がある。これなら俺でも、何とかなりそうだ。


 入り組んだ道を矢印にしたがって進む。なんだ、意外とゴールは近いじゃないか。しかしここにきて、俺は大変な事実に気がついてしまう。


「が、頑張るっ。がんばりゅうぅ」

「お、おう。頑張ろう」


 それしか言えん。必死すぎる琴葉が、ぎゅっと俺の腕にしがみついていた。彼女にしてみれば精一杯の力かもしれないが、全然痛みとかは感じない。

 ただ、こんなに引っ付かれているという事態で、心臓が爆発しそうなほど高鳴ってしまう。


 腕の感触というか、もしかして胸とか触れてないか? 気のせいだったかもしれないが、もしかしたらという気持ちっだけで頭の中は濁流に飲まれる。

 そんなこんなでバタバタした後、とうとう明るい外へと脱出することができた。


「はあ、はああぁ!」


 うちの後輩が体を折り曲げて息をしてる。うーん、相当過酷な戦いだったらしい。怖がりな彼女にとっては辛くて堪らなかったろう。


「やったな! クリアしたぞ」


 ようやく息が整ってきた頑張り屋に、俺は精一杯の笑顔で祝福をすることにした。


「終わったん、ですね。私、頑張れたのかな」

「頑張れたよ! 偉い! 今日の青花さんは超偉い」


 危なかった。何だか緊張のあまり、今日の青花さんは超エロいって言い間違えそうになった。


「えへへ。嬉しいです」


 ようやく頑張り屋の後輩は、お日様みたいに眩しい笑顔を見せた。未だに掴まれているシャツの裾には戸惑っているが、今は安心が勝っている。俺の視線に気がついた琴葉は、ハッとした顔で手を離した。


「あ! す、すみません。私ずっと先輩に掴まっちゃってました」

「いいんだよ別に。じゃあ、この後は」


 とにかく終わった。帰ってさくらちゃんの配信を見て、この枯渇しきった心を潤さなくては。でも、今日って確か配信の告知なかった気がする。


 平常運転になりつつ俺の脳味噌は、また一つの違和感を検知していた。琴葉がまた表情を大きく変えていたのだ。今度は怖がっているというよりは、恥ずかしそう。っていうか、頬が桜みたいな色してる。


「あの。せっかくなので。その。先輩、一緒にランチしません……か」

「ラン……チ? う、うおい。りょうかい」


 なんてことだ。ランチすることになってしまったぞ。俺の心はもう飽和状態で、いつオーバーヒートしてもおかしくない状況まで追い込まれてしまっている。


 後輩からすればついでなのかもしれないけれど、こっちはマジで緊張し過ぎて辛い!

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