第11話 お……お姉さまだ?
高校二年生というセンターラインに位置している俺は、突如として現れたロングの茶髪を靡かせる女子への応対に悩んでいた。
背は170センチは普通に超えていて、すらっとしつつもとある部分が豊かに膨らんでいる。というか、何とは言わんがデカイ。切長の目はどことなく冷たそう。
かける言葉を迷っていると、その人はツカツカとこちらまで軽い足取りでやってきて、唐突に青花琴葉の隣に立った。
「ね、ねいさん……」
「え? お姉ちゃんなの?」
マジかよ、全然似てないじゃん! と早とちりした俺に向かって、まるで突き刺すような眼光が。
「あたしは二年A組、音威ミホノよ。様一郎という男はあなたね?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「そう。アンタがあのチャットを……」
「え?」
「何でもないわ」
なんか気になること言われてたけど、これ以上突っ込んでも答えは返ってこなそう。っていうか、俺は二年F組だから、遠く離れたA組の彼女は全然知らなかったわけか。
「何だ。てっきり姉妹なのかと勘違いしちゃったよ」
「あたしと琴葉は姉妹のようなものよ。ところで、ちょっと見学してもいいかしら? 条件次第では入部も考えているのよ」
「うえ!? マジで」
新しい戦力が入ってきてくれるのか。姉妹のようなものっていうくらいだから、よっぽど仲がいいんだろう。でも琴葉は、ちょっぴり慌てた感じで彼女を見上げる。
「ええ!? ねいさん、突然どうしちゃったんですか」
「ん? あたしは元々文化系の部活動に興味があったのよ。ちょうど参加してみたい部活に、たまたま妹がいただけだわ。たまたま」
「で、でも! 水泳部はどうするんですか。みんなねいさんにすっごい期待しているじゃないですか」
そうかそうか。この人は水泳部に在籍しているわけか。
「そんなに期待されてるのか。なのに転部って……」
「はい。だって、将来はオリンピックも確実だって先生が言ってました。それに、テレビの取材とかもされてるんですっ」
マジかよ。だったら転部しないほうが絶対にいいだろ。言っちゃ悪いが、ここはしょーもない部活だ。将来の為になるのかといえば、全くなりはしない。悲しいが、大きな夢が見えている運動部で頑張ったほうがいい。
「あたしは自分にとって、もっと大切なものを見つけたのよ。だから、こうして見学に来たの。いいのよ、何も心配しなくて」
さっきまでのドライアイスを思わせる声色が一転、まるで女神様のような慈愛に溢れた囁きだ。俺と後輩で全然反応が違うんだけど。
しかしどうも変だ。琴葉はなんだかあんまり嬉しそうじゃないし、明らかに戸惑っている。
「ん?」
思わず声出ちゃったよ。だって、いつの間にかミホノの手が、琴葉の手に覆い被さっていたんだから。尋常じゃない距離感だ。
「じゃ、じゃあとりあえず部活の説明からしようかな。まずはどんな部活か知ってもらって、それから入部するかどうかを考えたほうがいいよ。そこに座って」
「……そ、そうですよ。ねいさん」
まるでどっかのターミネーターみたいに表情を変えず、彼女はパイプ椅子を掴むと、なぜか琴葉に密着するように近づけて腰を降ろした。
「な、なんか。近くないか?」
「あたし達の距離からすれば普通よ。そうよね?」
「え、えええ。そう……ですかね」
絶対違うだろ。単なる先輩後輩とか、友人とも違う、妙な匂いが漂ってくる。俺はとりあえず新人さんがやってきた時ように用意してきた部活のマニュアルを渡し、それを基にして説明を始めた。
「というわけでウチの部活動は、ホラーもミステリーもSFも、一通り研究していこうっていう活動で……」
「ふーん。非常に興味深いわ」
とりあえず相槌は打っているし返答もあるのだが、なんか妙だ。よく見れば視線はずっとウチの後輩に向けられているし、気がつけば体まで向け始めている。
「あの……ホントに聞いてる?」
「当たり前じゃないの。聞いてるに決まってるでしょ」
なんか、はぁはぁ息遣いが荒くなってるのは気のせいか。琴葉は戸惑いを通り越して、ちょっと体を距離を置こうと体を逸らせているようだった。まさかこの女、そっちの気があるわけか!
嫌がる後輩に無理やり迫っているんじゃないだろうな。俺は何だか心に火がついたようになり、正面に座る怪しき女を睨む。
「ちょっと待て。さっきから青花さんに何をしてるんだ! まさか、痴漢行為を働いているんじゃないだろーな」
この一言にサイボーグみたいだった女の顔色が変わる。
「な、何ですって!? このあたしが可愛い後輩に痴漢なんてするわけないじゃない。ただ、ちょっと優しく愛でていただけよ」
「本物の花みたいな言い方するんじゃない!」
「そうね。失礼な表現だったわ。この子は花よりもずっと尊いもの」
な、なんだ。この心酔ぶりは。
「もう。ねいさんったら、あんまりくっ付かないで下さい」
「ほら見ろ! 嫌がってるじゃないか」
「はぁん。もうダメ。抑えられなくなってきたわ。琴葉……ちゃんと呼び方を教えたでしょう。さあ、言ってみなさい」
「え……で、でもぉ」
「言って言って。今はあたしと琴葉だけの世界よ」
「俺もいるだろ目の前に!」
全く予想がつかない。一体この女はウチの後輩に何を言わせようとしてんだ。イライラしてくる。
「お姉さま……って言いなさい。ほら」
「は、はわわ。でも、でも」
なん、だと。
つまりミホノは可愛い後輩に、お姉さまの無理強いをしているわけか。そしてあわよくば百合の花まで咲かせる魂胆だな。このオタク道一直線の男には透けて見えたぞ。貴様の独りよがりな欲望に塗れたゴールが。
「いい加減にしないか! 君はさっきから青花さんの気持ちも尊重しないで、勝手なことばかり言ってる」
「あんたに何が分かるのよっ。さあ琴葉、言いなさい」
「困ります、そんな」
可愛い後輩を守らなくてはいけない気持ちに駆られた俺は、とにかく椅子から立ち上がった。
「彼女は困ってるじゃないか! 何がお姉さまだ。そんな風に呼ばせてどうなるというのか」
「はあ? アンタだっていつもVTuberにお兄さまとか呼ばせているじゃないの。人のこと言えるの?」
同じくして立ち上がり反論してくる彼女に、俺は思いっきり狼狽した。校内周知の事実とはいえショックである。はい、その通りです。あっさりと形勢不利になったわ。
「二人ともやめて下さいっ。ねいさん、私……」
ミホノの百合狙いとしか思えない熱い眼差しと、必死に打開策を寝る俺の瞳が彼女へと注がれる。気がつけば桜色の頬になっていた琴葉は、ぽつりと小さく呟いた。
「私……呼ぶならお兄さまがいい」
この一言にミホノは凍りついた。そして俺は可愛さのミサイルを正面から受け止める形になり、あわや本当に昇天しかけたのだ。
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