第10話 何者だ!?
雨ばかりで嫌になってくる。
例年よりは少々早いものの、どうやら梅雨入りをしたらしい。
くわえて今日は月曜日である。相乗効果で憂鬱度が上がるが、それでも俺は授業を頑張っていた。全てはさくらちゃんのおかげでもあるが、もう一つ。後輩との休日が思いの外楽しかったことが影響しているのかもしれない。
でも、ああやって接する機会があるのは、きっと部活の先輩だからなんだろうな。考えるほど頭は冷静になってくる。そういえばさくらちゃんも好きな人はリアルでいるみたいだし。お兄さまとしては心配だ。
しかし、そのあたりは考えても仕方のないことだ。俺はとりあえず昼休みになり、弁当を食っているとすぐ側に大河がやってきた。
「今日お前、なんかご機嫌じゃね?」
「え、そうかな。これでも月曜日の梅雨らしく、陰鬱な気分に浸っているつもりだったが」
「そうかー? まあいいや。それよりもだ様イチロー、重大なニュースがあるぜ」
こいつの重大なニュースとやらは、俺にとってはしょーもない話題であることが保飛んだ。だから、特に気にせず弁当のウインナーを口に放り込む。
「以前話した、超アイドル級の美少女が入学してたって話しただろ」
「でも見なくなったんだろ」
「それが実はいたんだ! とうとう発見したぞ。だが、これはお前にとってもショッキングな話になる。心して聞いてくれよ。話せば長い」
「なんか、いつになく気合入ってるな」
誰それに彼女ができたとか、二股されて別れていたとか、そういったゴシップ話よりは熱い展開になるかもしれない。爽やかイケメン高校生でありながら、昼ドラに熱中する主婦のような趣味を持ち合わせるサッカー部のエースは、周りに聞かれないよう小声で語り始めた。
「実はな。その子、S F・ホラー・ミステリー研究部に所属しているらしいぞ」
「ぶほっ!?」
思わず吹き出してしまう。なんだって、いきなり自分の身辺に関わる話になったじゃないか。
「うわ! きったねえなおい」
「すまん! そ、それで?」
「まあ、それだけだ」
「全然長い話じゃねえ!」
「まあまあ。でさあ、その子知らねえ? 青花琴葉ちゃん、っていうらしいぜ」
「ぶほおおっ!?」
「おわっと! だから汚ねえって」
これが噴き出さずにいられるだろうか。あまりの衝撃的展開に心がざわつき、心拍数が上がり、酸欠状態になる一歩手前だ。
「知っては、いる」
「マジかよ。喋ったりとかは?」
「部活の時はいつも一緒だから、喋ってるよ」
ここで大河の顔色が変わった。まるで脳天に落雷を浴びたかのように驚きが顔全体に現れてる。
「すげえ。いやでもよ。部活ってお前一人じゃなかったっけ?」
「最近あの子だけ来るようになったんだ」
「……へ? じゃあなに、二人っきり?」
「そういう言い方は良くないぞ大河。いらぬ誤解をされてしまう」
「あ、あああ。大変なことになりやがった。なあ、もしかしてデートとかは?」
デート……という言葉で、昨日のお休みが頭を過ぎる。しかし待て。ここで迂闊なことを話して、妙な噂がたったら後輩に迷惑がかかってしまう。
「デートとかは、してない」
「おいおいおい。サマイチロー、こりゃああれだぞ。ビッグウェーブってやつだ」
何を突然訳のわからない例えを使い出すんだ。今度はサーフィンでも始めるつもりか。
「チャンスだろ、お前今」
「何のチャンスなんだよ」
「そうか……。言うまでもないと思うが、この先は黙っておくことにするぜ。とりあえず俺から言えることは、頑張れってことだ」
奴は一気にご飯を食い終えると、興奮気味に俺の肩を叩いて去って行った。マジで何なんだと思う。頼むから変な噂にならないことを祈るばかりだ。きっと、琴葉にとって俺みたいな奴との噂なんて、迷惑にしかならない。
◇
放課後になり、俺はちょっぴり不安になりつつも部活へ向かうことにした。図書室のドアを開くと、既に中央のテーブル付近に期待の超新星がいた。
「あ、先輩! お疲れ様ですっ。昨日はありがとうございました!」
「お疲れ! ああ、いや全然。こちらこそ」
ちょっとばかりぎこちない返答で、俺は彼女の前の席に座ることにした。今日は伊達メガネをつけているから、そこまで緊張はしないが。というか、一つそのことで気になっていたのだ。
「先輩、これ。雑誌のネタ作ってみたんです」
「おお! ありがとう。俺も色々作ってみたから、あとは纏めるだけだね。ここからは俺に任せておいてくれ」
「えへへ。楽しみです!」
「あはは。な、なあ。ちょっとだけ気になったんだけど、なんで度の入ってない眼鏡かけてるの?」
あまりにも直球に質問し過ぎたが、彼女は別段嫌そうな顔はしない。苦笑いしつつ、ちょっとだけもじもじしていてる。
「私、入学してから……いえ。中学の頃もですけど。変にジロジロ見られちゃう時があって。最初は自意識過剰なのかなって思ってたんですけど、どうも違っていたんです」
普段とは違い、猫背になって俯いてしまったので俺は内心慌ててしまう。軽はずみに、宜しくないことをきいてしまったのか。
「もしかして、私の顔がみんな嫌なのかなって。それで一度、試しに伊達メガネを付けて登校してみたら、全然普通になったんです」
「あ……そうだったんだ。ごめん! 嫌なこと聞いちゃったな」
後輩はブンブン首を横に振った。なんていうか、仕草一つ一つが小動物っぽい。
「いいえ。でも、やっぱり私の顔って、変ですか?」
軽はずみには応えられない、超ド級の質問が放たれてしまった。しかし、どうして彼女はこれほど可愛いのに、自分が変な顔をしていると思うのだろう。まったくもって不思議過ぎる。答えは一択である。……が、俺は少々テンパリ過ぎていた。
何とか落ち着いてきたのか、琴葉はいつもの背筋を伸ばした姿勢に戻っていた。でも、瞳には不安の色がはっきりと見える。
「変じゃないよ! 全然変じゃない。っていうか、逆だよ。逆で、もうすっごい可愛いっていうか、見惚れちゃうっていうか……あ」
お互いに目を丸くして見つめ合うこと三十秒。先に頬を赤くして瞳を逸らしたのは後輩だった。
「そ、そんな……先輩。私そんなに可愛く、ないですよ」
赤くなった顔がテーブルの木目を見つめている。俺は咄嗟に自らが発してしまった言葉に、自分で耐えきれなくなりそうだ。
「あ、あー! とりあえず、そうだ。部活だ部活。夏に出す雑誌のことも相談したいんだけど、いいかな!?」
琴葉は真っ赤な顔になりつつも、こちらを見て首をコクンと縦に振る。
「はい。よろしくお願いしますっ」
良かった。とにかく元の状況に戻せそうだぞ、と考えていたのも束の間、不意に後ろのドアが開いた。
「失礼するわ。仁井様一郎君って人、いる?」
振り返ると、間違いなく初対面だろうと思わしき女子が入り口付近に突っ立っていたのだ。
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