第4話 バ、バイト先だ
さくらちゃんのレースゲーム配信を視聴してから一週間後。俺はとても苦しんでいた。
息が詰まる。なんて難しい授業なんだ。
ずっと科学教師の話を聞いていたのだけれど、半分も理解できないまま終了してしまう。
そして今日も一日が終わる。ここ最近いつもあっという間なんだよなぁ。一年の時とは大違いだ。
しかし、今日はこれで終了というわけにはいかないのだ。
「おーいサマイチロー。ちょっとゲーセン行かね?」
予定が詰まっているこの背中を無神経にバンバン叩いてくるのは、数少ない友人の
「悪いけどバイトだ。大河は部活じゃないの?」
「本当はサッカーの練習しなきゃいけないんだが、突然右足と左足と頭と肩と両腕と胴体に違和感を覚えてな」
「ほぼ全部じゃねえか!」
「こいつらが俺に言うのさ。大河……お前はいつも充分すぎるほど頑張っている。今日くらいは休んでくれ! ってな」
「つまりはサボりたいだけだろ」
なんだかんだでサボっちゃう時はあるけれど、この男はそれでもサッカー部のエースなんだから恐ろしい。才能ってやつは不平等だ。
「そういやーさ。一年にすっげえ子が入ったんだけど、最近全然見ねえんだよな」
「え? どんな子だ。天才サッカー少年でも入部したのかよ」
「男も部活もどうでもいい。俺にとって一番は女子だ」
キリッとした顔で平然と言い放つ大河は、本当に裏表がない。まあ、俺も俺でいろいろとオープン過ぎるところがあるから一緒だが。
「成績優秀で超可愛いアイドルみたいな女の子が入学してきたんだよ。ってかお前知らねえの? クラスでもその子の話題で持ちきりだったじゃん。でも最近は全然見かけないんだ。学校の七不思議になりつつあるんだぜ」
「新しい七不思議に選ばれちまうとはな。っていうか、そういう子はいくらでもいるだろ。じゃあ、俺はバイト行くから」
残念がるイケメンを置いて、俺は学校という魔境から脱出した。リア充達のいる世界は暗黒そのものであり、勉強も大変なこともあって少しも安らぎがない。
しかし、バイト先は意外と苦痛じゃないんだよこれが。都内の外れに位置するちょい田舎において、結構な人が集まる駅前のファーストフード店。そこで俺は半年ほど店員をさせてもらっている。
接客業なんてお前にできるのか? と親父は心配していた。あんた、バックれるのはやめなさいよ、とおふくろはハナから信用していなかった。でも、実は意外と適正はあったらしい。
学校から駅まではバスで十分くらいで到着するわけで、バイト中に知り合いにも会ったりするけどそこは気にはならない。俺は今日もカウンターに立って接客を始めていた。
「いらっしゃいませー!」
仕事となるとちゃんと笑顔になれるのは何故だろう。不思議だ。割り切っているせいなのか、なんなのか解らん。今日もいろんな連中が注文に押しかけてきて、俺とバイトの先輩方が四苦八苦しながら捌いていく。
「いらっしゃいませー!!」
声はとにかく元気良く! ふううー。もうそろそろバイト終了まで一時間切る頃合いだ。既に外は暗くなり始めている。このバイト代も、いつかはさくらちゃんの元に届けられるのかもしれない。
しかしいいのだ。俺はそれでも。
さくらちゃんを思いつつ、きつい接客業と調理作業をこなしていると、またしても静かに自動ドアが開いた。今度は誰が来やがったんだ? 近所の常連爺ちゃんか。目つきが超怖いギャルのお姉ちゃんか。とにかく元気良く挨拶だ!
「いらっシェ」
「こ、こんばん……わ」
って、え? え? 声裏返っちゃったよ!
「青花……さん?」
なんてことだ。仕事モードで完全にコーティングされていた笑顔が剥がれ、目が見開いたまま固まってしまう。うちの部活の新星青花琴葉がやってきたのだ。
「へえー。こういう所来るんだ。あ、あはは」
「は、はい! ちょっとだけ休憩したくなっちゃって、その」
やっぱりもじもじしている。そういえばだけど、あれからなんだかんだチャットで連絡を取ったりしてる。最初は部活の話だったんだが、なんか知らないがプライベートなことも話すようになっていた。確かバイトのことも言っていたような、言ってなかったような。
「なんか意外だなー。じゃあ……ご注文は?」
「あの、Sサイズポテトと紅茶で」
本当に休憩って感じだな、と思いつつ俺は準備を始める。彼女はプラスチックカードを持って少し離れた丸テーブルにちょこんと腰掛け、鞄から教科書を取り出して眺め始めた。
いつも背筋は伸ばしているし、なんか勉強ができそうなイメージがする。
俺はとりあえずポテトと紅茶をトレイに乗せて彼女の元へ向かった。集中力があるのか、すぐにけっこうな速さでノートにペンを走らせている。なるべく邪魔にならないようにしたいけど、丸テーブルは小さいから教科書とかはどかしてもらう必要があった。
「お待たせしました! ポテトと紅茶です」
「ひゃあ!?」
やってしまった。超集中状態に入っていた琴葉は驚きのあまり大きく飛び跳ねそうになり、ノートを教科書を床に落としてしまった。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
「大丈夫です! すみません、私のほうこそドジでっ」
教科書を焦って拾うあまりに眼鏡まで落としてしまう。まさか極度のド近眼だったりしないよな、と不安になるが、しゃがんで必死に教科書を拾う仕草を見る限りそんなことはなさそう。
俺はとにかくテーブルにポテトと紅茶を置くと、拾い集める手伝いをするべく、まず眼鏡を拾って手渡そうとする。
「ごめんな! 眼鏡落ちてるぞ」
「あ! す、すみません」
琴葉はその長い髪を掻き上げつつ、俺の手から眼鏡を受け取ろうとした。
「え」
思わず声が出てしまった。眼鏡を外して前髪も上げた琴葉は、まるでテレビや映画で遠くから眺めているようなアイドルばりに可愛い顔をしていたのだ。自然に息が止まってしまう。
「あ、ごめんなさいっ」
眼鏡を受け取って、またいつもの顔隠し状態になった彼女は、それ以来特に何も話すことなく軽食を済ませ、最後にペコリとお辞儀をして去っていった。
なんてことだ。俺は言いようのないモヤモヤに頭を支配されつつ、どうにか忙しいバイトの時間を終えたのだった。
◇
ついさっき生まれた新しい悩み。青花琴葉について考えているうちに、電車はさっさと最寄り駅を通り過ぎてしまったので焦った。Uターンしてから家路に着くまでに、とにかく脳内を冷却させる。
一番不安なのは、今まで通りあの子に接することができるかってこと。しかし、こんなことを悩んでいるようではいけないとすぐに頭を切り替える。ダメだダメだ。可愛いと解ったから態度を変えたりしたら、それこそ気持ち悪い先輩ではないか。
何も気にすることはない。向こうだってなんとも思っちゃいないだろう。それに俺には、なんてったってさくらちゃんがいるんだ!
家に帰ってベッドに飛び込みたい衝動に駆られながらも、勉強したり飯食ったり風呂入ったりを大急ぎでこなす。そして今日もこの時間がやってくる。あっという間に今日の疲労がぶっ飛び、気持ちが晴れやかになっていく。パソコンの画面に天使が舞い降りた。
『お兄さま、お姉さま! こんばんフラワー。さ、さくら……です』
む!? どうしたんだろ。今日はなんだか様子が変だぞ。
『あ、あのね。お兄さま、お姉さま。今日はさくら、ちょっとチャレンジしようと思っていることがあります。とっても怖いけど……ホラーゲーム配信、やってみるぅう』
語尾がなんかおかしくなっちゃったけど、俺は気にする余裕がなかった。
あ、あの怖がりなさくらちゃんが、ホラーゲーム配信だと?
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