第3話 レースゲーム配信だ!
華奢な体が肩で息をしていて、小動物っぽい可愛さがある。
SF・ホラー・ミステリー研究部期待の新星となりつつある琴葉は、ちょっと俯きながら俺の前にある席に腰を下ろした。
「今日も来てくれたんだ。いやー、また一人ぼっちになるかと思ってたよ。ありがとう」
「はうっ!? い、いえ。本当はちゃんと参加しなきゃと思いますし、その。その、」
頼もしい後輩、とは言い難いオドオドした少女は、熊のぬいぐるみキーホルダーが付けられている鞄をゴソゴソして、中からいくつか本を取り出すとテーブルに置いた。
「こういう本とか、研究すると面白いんじゃないかなって思って。あの、どうでしょうか」
見ればSFやホラー、ミステリーでは定番とも言える有名作家の小説が並んでいる。これはなかなかに本格派じゃないか。
「いいな。俺、こういうのちゃんと読んだことなかったんだけど、研究テーマにするにはうってつけだと思う。もう読んだの?」
「はい。全部読んだので、あの……これ簡単な説明とレビューなんですけど」
「え、すげえ!」
思わず声が大きくなってしまい、琴葉の肩がビクンと跳ねる。鞄の中から出てきたノートにはそれぞれの小説の概要と、非常に分かりやすいレビューが書かれていた。
女の子っぽい丸い字は、可憐かつ綺麗に物語を語ってくれる。これにちょっとした前置きとかテーマを書いただけで、一冊雑誌が作れちゃうかもしれないぞ。
「これはとても良くできてる! まるでその道のプロじゃないかって思うくらい。青花さんって凄いんだね」
「そんなこと、ない、です」
なんか最後の言葉が儚く消えかけって感じだった。大丈夫だろうかという気持ちと、思いの外素晴らしい出来の雑誌が作れる予感が押し寄せてきて、なんだか興奮が高まってくる。
「私、これからも面白い研究ができるように頑張ろうと思いますっ」
「マジかよ。ありがとう!」
「ひゃう!? は、は、はい」
なんか驚いてしまったのか、それきり琴葉は俯いてしまう。俺もインキャ力には自信があるが、彼女はもっと高みにいるような気がした。俺がインキャ界の中ボスなら、彼女は裏ボスかもしれない。RPGなら一周目のプレイではお目にかかれないだろう。
なんてバカなことを考えつつも、とりあえず二人で色々相談しながら雑誌作りは進んだ。やる気のある後輩ができたことで、衰退崩壊待ったなしだった部活に一筋の光明が差してきたと思う。
しばらく作業が進み、今日も部活終了の時間がやってきた。
「いやー。進んだ進んだ。もうすぐ雑誌作れそうだよ」
「えへへ。良かったです。私、これからも頑張りますね」
既に図書室の施錠は完了し、一旦職員室へ向かおうとする俺は彼女に手を振った。
「そうしてくれると助かる、じゃ!」
「あ、あの。先輩……」
「ん?」
何やら呼び止められたようだ。しかし、シャイの最先端である彼女はまた俯き加減でもじもじして、なかなかこちらに進んでこない。突如として動きが亀になったみたい。
「どうした? なんかあったのか」
「いえ。なんていうか、その。部活……の時間だけじゃ、作るの難しいかも……って」
心細さだけじゃなくて本当に細くて白い指は、スマホを握りしめているようだ。チャットツールの画面が開かれているようだけど?
そこまで観察して、鈍い俺はようやく気がついた。
「ああ! そうか。確かに部活の時間だけじゃ難しいかもな。よし、連絡先を交換しようか」
「……!」
「あ、あれ。嫌だったかな」
小さな後輩はしばし石化した後、急いで首をブンブン横に振った。ほぼ顔がわからんとはいえ女の子相手だったのに、よく俺はこんなこと言えたもんだ。きっと彼女の熱意に感動してしまったんだろう。
ここまで真面目な子って珍しい気がする。俺はとても嬉しい気持ちになり、縮こまって動けないでいる小動物満載の琴葉と連絡先を交換した。スマホを持ってバーコードリーダーの読み込みを待つ彼女は、突如蛇に遭遇した子うさぎみたいだ。
「ありがとう! じゃあ、また来週部活来てくれるかい?」
「はいっ! 行きます」
手を振ると後輩はペコリと頭を下げてくれた。ちょっとだけ微笑んだように見えたけど、やっぱり前髪でよく解らなかった。
しかし気持ちは晴れやかだ。俺は鼻歌を口ずさみながら帰路についたのだった。
◇
帰宅してからというもの、宿題の山と部活の雑誌作りに忙殺されてしまい、あっという間に午後二十一時半を過ぎている。
「あ! やべ!」
集中し過ぎるがあまり、日課を疎かにしてしまうところだった。マイエンジェルの生配信が見れなかった日には、次の日からガス欠確定である。
俺は急いでパソコンを起動して動画サイトへと繋いだ。
そして開いた生配信という理想郷には、まごうことなき可愛さの化身がいた。俺の中では妹系Vtuberの最先端にして頂点であるさくらちゃんが、ノリノリでゲーム配信を行っていたのだ。
しかも個人的に好きなレースゲームシリーズだ。レースでありながらコミカルかつ絵本の中のような雰囲気。二頭身のキャラクターが乗るカートは、きっと彼女に操作されて幸せに違いない。
危なかった! あと少し遅れていたら、感涙もののゴールを見逃すところだ。
『あとちょっと。あとちょっと。頑張る!』
おおお! 凄い。なんて綺麗なドリフトテクニックだ。そしてついに一位でフィニッシュを決め、ギャラリーからは祝福のチャットがなだれ込む。
『やったー! 今日はすっごく嬉しいがいっぱい。お兄さまお姉さま、いつもありがとっ!』
気のせいか、さくらちゃんのトーンはいつもより高く、テンションが上がっているようだ。
観ている俺はまたしても幸せのフルコースを堪能させられている。
そういえばさくらちゃんは、部活で打ち解けられたんだろうか。この楽しい姿を見る限り心配はいらないだろう。
さくらちゃんは充実した毎日を過ごしている。兄さまである俺もまた、ちょっとだけ充実してきたような錯覚を覚えるのだった。
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