第2話 さくらちゃんは部活で悩んでいるようだ!

 時刻は午後二十一時、俺にとって唯一の癒しの時間が訪れようとしている。

 今日は極めて薄味な学校生活の中でも、わりと充実していたのではなかろうか。


 ほぼ俺しか活動しなくなってきた部において、ちゃんと参加してくれそうな後輩が登場したからな。まあ、以前からごくたまに参加はしていたけれど。


 そんな一日を振り返っていると、既にパソコン画面に彼女は降臨していた。いけない! 早く挨拶チャットを送信しなくては。


『お兄さま、お姉さま! こんばんフラワー! 今日は遅れちゃってごめんなさい。二次ファンタジーライブ、第66期生のさくらです』


 さくらちゃんは今日も可愛さ全開だ。昨日のちょっぴり時期はずれな桜背景も最高だったけれど、今日は結婚式場をキラキラさせたような世界の中心にいる。


『今日はね、お兄さまやお姉さまと雑談をさせてほしいなって思います。えと、実はね。ついこの前部活に行ってきたの。えへへ、すっごい久しぶり』


 そうかそうか。さくらちゃんは部活を頑張っていたわけか。

 Vtuberっていうのは勿論ちゃんとキャラクター上の設定もあるわけだけど、中の人が送っている私生活についても語られる場合が多い。そこがまた良いのだ。堪らんのだ。


『でもね。さくらはあんまり部活に参加できてなかったから、ちょっとだけ気まずくて。お兄さまとお姉さまに相談なんだけど、部活の人と仲良くなるにはどうしたらいいのかな?』


 俺はテスト勉強をしている時や、バイトの修羅場よりも脳味噌を回転させていた。ここは全力で妹の力にならなくてはいけない。


 頭を悩ませている間にも、他のファン達が次々とチャットを送信していた。

『挨拶をしっかりしてみたら?』とか、『さくらちゃんは何もしなくたって受け入れられるよ』とか、『さくらちゃん愛してる』とかF1レースばりの速度でチャットが流れていく。


 しかし、俺は特に明確な答えを見つけ出せずにいた。みんなと打ち解けたいっていう気持ちはわかるのだが、今まで俺自身がちゃんとできた自信がないからだ。インキャな男だし、なんとなく集団生活を送れているに過ぎない。

 そんな野郎には難し過ぎる相談であることは間違いない。


 画面上ではさくらちゃんがチャットを読みつつリアクションするシーンが続いている。しかし、どの発言も参考になっているとは思えなかった。俺は必死に思考のサイボーグとなって考えを膨らませ続ける。何かないか、何か。


 あ! っと閃いた時には指がキーボードを叩き続け、なけなしのバイト代を乗せたハイパーチャットを送り届けていた。

 またやっちゃったわ。こうして懐が寂しくなってしまうのだ。


『嬉しい! みんな相談に乗ってくれてありがと! あ、もうこんな時間っ。じゃあハイチャ読みします』


 先日に引き続き高鳴る心臓。この瞬間が辞められない止まらない。


『私こそがお姉さまだ! さん、ありがと! ゴージャスウィークさん、ありがとっ。……あっ! 様イチローさん、』


 ふうう。深呼吸しておこう。次の衝撃に耐えられるように。


『さくらちゃん今日もお疲れさま! 部活で打ち解けるっていうのはどうすればいいか、俺にはちゃんと答えが解らないけど、とにかく一生懸命頑張る姿を見せることが一番じゃないかな。部活の時間外にもやるぞっていう意気込みとか、そういうのを見せてきたら、俺が先輩だったら超嬉しい!』


 あああ! なんて小っ恥ずかしい瞬間なんだ。しかも、微妙に言いたいことがはっきりしない内容であることに、読まれてから気づいた。さくらちゃん、お兄さまはパソコンの向こうで悶絶してるぞ。最愛の妹は知ってか知らずか、小さな体を揺すっていた。


『あ、ありがとうっ! いつも親切に相談に乗ってくれて、さくら嬉しい!』


 その時、放心状態になって机の上で失神している自分がいた。気がつけば生配信は既に終わっていて、まるで夢でも見ていたんじゃないかという心地になっていたのだ。


 ◇


 さくらちゃんの配信は火曜日はなかったけれど、次の配信日はちゃんとSNSで告知されているから心配いらなかった。俺は今日も淡々と授業に置いていかれ、必死に食らいつく三歩手前くらいで放課後になっていた。


 さてと。そういえば今日は水曜日、部活の日だ。前回は後輩が一人やって来てくれたが、今日も来るんだろうか。


 ちょっとだけ期待を胸に抱きつつ、別校舎の図書室のドアを開く。


「お疲れー! ……うーん」


 挨拶が返ってくる気配はない。この空間にはやはり俺一人。あーあ、結局あの子も一日限りだったか。微笑ましいやる気は潰えてしまったか。なんとも悲しい現実だ。


 とはいえ、何かしら雑誌を作りたいんだよなー。俺は仕方なく一人でテーブルに資料を広げて企画を練ってみる。以前はこんなんじゃなかった。けっこう活気があったっていうのに。


 でも、意外や意外。数ヶ月前の楽しい空気感を思い出しつつボーッと紙面を眺めていると、急にドアが開いたからビビった。


「お、お疲れ様です。先輩」

「ふぇ!? あ、お疲れー。今日も来てくれたのか」


 前回も参加してくれた青花琴葉が、今回も部室に飛び込んで来たのだ。

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