俺がお兄さまだっ! 憧れのアイドルVTuberに想いを伝えてからというもの、後輩の様子がなにかおかしい
コータ
第1話 さくらちゃんの生配信だ!
『お兄さま、お姉さま、こんばんフラワー! さくらですっ』
俺のパソコン画面には、春をイメージした桜背景の中で微笑む美少女が映し出されている。
彼女の名前はさくらちゃん。今をときめく超大人気の妹系アイドルVTuberだ。
既にチャットは彼女への挨拶で溢れかえり、俺が送信した『こんばんフラワー!』は遠い彼方に過ぎ去ってしまった。しかし、そんなことは日常茶飯事なのだ。さくらちゃんの人気は止まるところを知らない。
実は、彼女はついさっき登録者数百万人を突破した。今日は登録者数百万人を超えるまで歌枠、という話だったのだが、配信開始前から超えてしまうという予想を超える勢いだった。
『あの、えーと。……ご報告になるんだけど、お兄さまとお姉さまのおかげで、さくらの登録者数が百万人になりましたっ! えへへ、もう超えちゃったからビックリ。本当にありがと! 百万人は超えちゃったけど、感謝の気持ちを伝えたいから歌うね! えと、最初はー』
ケモノを思わせる耳が時折動き、長い黒髪が揺れる。まん丸のくりッとした瞳は既に可愛さという名の暴力だ。セーラー服には桜色のラインが所々に入っていて、スカートはミニだが清楚だ。一点の曇りすらなく清楚だ。
さくらちゃんはアニメソングが好きらしく、ついこの前まで映画化で持ちきりだった某アニメの歌を歌い始める。もう声に至っても可愛いことは説明するまでもないだろう。歌が終われば少しのトークをした後、我々のチャットに答えてはまた歌を歌ってくれる。あっという間に数曲を歌い終わり、気がつけば一時間が経過していた。
『あはは! 楽しかったー。じゃあ今日はそろそろ終わりにしてもいい? ごめんね! じゃあお兄さまとお姉さまのハイチャ読みするね!』
きた! 俺、
通常チャットの場合、送信してもあっという間に埋もれてしまうが、ハイチャはこうしてさくらちゃんに読んでもらえる。
あらかじめ言い訳しておくと、この日の俺はちょっとばかりどうかしていた。チャンネル開始から一ヶ月あまりで、登録者数百万人を越えた彼女への想いが暴走した。だからチャットの内容のことを思い返すと恥ずかしくて堪らない。
さくらちゃんはどんどんみんなから届いたハイチャを読み上げている。多分もうすぐ、もうすぐ俺のチャットの番になる。やばい! 俺のガラスの心臓が、心臓が。
『東北帝王さん、ありがとっ! Newブルボンは伊達じゃない、さん。ありがとっ! あ……様イチローさん」
あああ! ついにさくらちゃんの瞳に映されてしまった。前の二人は金額だけでチャット自体は空欄だったが、俺のハイパーチャットはガッツリ書かれているのだ。
ちなみにだけど俺は、SNSとかでもニックネームはほぼ実名と同じ。面倒くさいのでそうしていたんだが、おかげでなんだかんだ学校の中までアカウントが知られる事態に発展した。まあ、別にもういいんだけど。
『さくらちゃん、いつも配信ありがとう。そして百万人突破おめでとう。とても嬉しくて堪らない。なんだかさくらちゃんを見ていると、知り合いの後輩に似ているなぁって思う。大人しい感じでとても思いやりがあって。俺はそんな子が大好きだ! 俺がお兄さまだ! おめでとうさくらちゃん!』
うおおおお……くうう。大声を上げたい衝動を必死に堪える。さくらちゃんが読み上げた言葉の恥ずかしさに、そして言葉が伝わった嬉しさに。なんて幸せかつ羞恥的な瞬間だろうか。
『あ、う……う』
しかし、その後事態は急転する。さくらちゃんの可愛さ限界突破な3DCGが固まったのだ。チャット画面には幾千万の『大丈夫?』チャットが溢れている。俺はもしかして、とんでもないことをしてしまったのではないか。
喜び一転、雪崩のように押し寄せる不安。少しして彼女はちょっとだけ全身を震わせた。
『ありがとうお兄さま……さくら、嬉しい』
心臓を貫かれたような衝撃だった。あのさくらちゃんにここまで感動してもらえるなんて。もしかして中の人は泣いちゃったんだろうか。その後はもう放心状態で、気がつけば配信が終了してしまっていた。
そして俺は、これからも彼女を全力で推し続けると心に誓ったのだ。
今なら胸を張って宣言できる。俺が……俺こそがお兄さまだと。
◇
次の日、いつもは大嫌いな月曜日ではあったが、俺はとても上機嫌だった。
勉強もスポーツもいまいちな文化部在籍の学園カーストワーストランキング上位という悲しい存在ではあるが、さくらちゃんという希望の星がある限り、この心は沈むことはないだろう。
ほとんどついていけそうもない授業ラッシュが終了し、午後の部活タイムがやってくる。俺はいつも通り、軽快に図書室の扉を開いた。
「お疲れー! ……って、誰もいないか」
俺が在籍しているSF・ホラー・ミステリー研究部は、一応は月曜日と水曜日に活動する程にはなっている。しかし、今やちゃんと部室にやってくるのは、この滑稽な男ただ一人だ。
なんだよ。せっかくやる気になったっていうのに、やっぱり誰もいないのかよ。ちなみに部活動の説明をすると、SF・ホラー・ミステリーいずれかにまつわる雑誌を作って提出するというのが活動内容だ。
でも、春になって三年生が卒業してからぐっと数が減り、現三年生はやってこない。一年生もやってこない。
ちなみにうちの高校では、生徒は必ず何かしらの部活に在籍しなくてはならない。SF・ホラー・ミステリー研究部はそんなやる気がない人間、もしくは部活なんて参加できない程忙しい事がある奴しか入らない所で有名だ。幽霊部員数はトップクラス、もといトップである。
でも、もしかしたら廃部かもしれんなぁ。なんて考えていると、静かにドアが開いた。
「あ……お疲れ様、です……」
あー良かった。俺ともう一人とりあえず在籍していた後輩が来てくれたようだ。
彼女の名前は
ショートカットの割には長い前髪と、厚めのメガネで顔がはっきり解らず、大人しくて無口な女子という印象だった。よく知らないが忙しくて、なかなか部活に参加できなかったらしい。
「お疲れー! 今日はバイトとかないの?」
「あっ。は、はい! おに、先輩もなんですね。良かったです」
おに? なんかよく解らん言い間違いみたいなのあったな。一瞬ビク、と肩を震わせたようだったので、ちょっとだけ気まずい。知り合いから聞いた話だと、彼女は気が弱いところがあって、その上けっこうな泣き虫でもあるらしい。
「来てくれて嬉しいよ。じゃあ早速だけど、今度の雑誌の制作について一緒に考えていこう」
「あ、はい!」
メガネの奥が少しだけ光った気がした。どうやら部活にやる気が出てきたようだ。俺と琴葉はその後二時間ほど、色々と研究するテーマについて話し合ったりしていた。あっという間に下校しなくてはいけない時間になる。
これなら何かしらの雑誌が作れるかも! と安堵の気持ちが膨らみ、図書室のドアを開け廊下に出る。一年と二年は校舎が別々だから、後輩とはここでお別れだ。
「今日はありがとう! じゃあなー」
「あ、あの。先輩!」
ん? と振り返ると、やっぱりもじもじしてる後輩の姿が。
「先輩は、水曜も部活に来ますか?」
「ん? あー、そうだな。行こうかな」
「私も行きます。その、よろしくですっ」
「え、あ」
返事を待つこともなく、サッと背を向けて小走りで去っていく後ろ姿。女の子特有の横に腕を振った走りを眺めながら、俺はちょっと呆気に取られていた。
たまーに部活に来ていたけど、今まであんなに積極的な発言とかなかったなあの子。どうしたんだろうか。まあ、やる気が出てきたのはいいことだ。
その時は特段違和感のようなものはなかった。でも、ちょっとずつ彼女の様子が変わってきていることに、早くも次回から気がつくようになっていた。
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