第5話 ホラーゲーム配信だ!?
一体彼女にどんな心境の変化があったというのだろうか。
今までさくらちゃんはホラーゲーム配信なんて行ったことがなかった。
理由ははっきりしていて、彼女は大がつくほどの怖がりであり、すぐに泣いてしまうからである。
『き、ききき。今日はぁっ。このホラーゲームをするね』
声が震えまくっている。どうやら今夜するゲームは、自分視点でとある心霊トンネルを進み、謎を解き明かすというあらすじのようだ。
正直にいうと俺もホラーゲームは得意じゃない。小学生の頃テレビで怖い話を観た後、トイレに行くことができず漏らしてしまった事さえある。中学校の時は流石に漏らしはしなかったが、ああいうテレビや映画を観た後はプルプル全身をバイブレーションさせて怯えたものだ。
『凄い! こ、こんなに暗いところに、一人で入っちゃうなんて。さくらだったらすぐ引き返すよう。怖い』
とうとうさくらちゃんはトンネルを進み始めたようだ。亀のように進む足取りが遅いが、誰も責める者はない。俺はすぐにチャットで応援メッセージを送信した。どうなろうとも、お兄さまとして見届けねばならない。
しかし、ゲームは意外にもサクサク進んでいく。
『あっ。良かったー! もうちょっとで出口みたい。みんな、さくらは今回、初めてホラーゲームをクリアできそうだよ』
トンネルなのに、なぜか迷路のようになっていた通りに光が見えた。ああ、そうだね。あれこそ間違いなく出口だ。俺は妹の頑張りに少しばかり感極まり、パソコン画面が歪み出している。なんてことだ。まだゴールしてないっていうのに、目から汗が。滝のように汗が。
『ふんふーん♪ あれ? 後ろを向きなさい?』
唐突に妙な字幕が画面下に表示されたようだ。何か忘れ物でも? くるーっとさくらちゃんは軽快に、なんの警戒心も持たず画面を百八十度回転させる。
俺は目から溢れ出る熱いものを流しながら、全身が石のように固まった。
長い黒髪と赤い服を着た女が、恨めしそうに追いかけてくる!
『きゃああああああ!?』
突然の悲鳴が鳴り響いた時には、もう遅かった。幽霊なのかクリーチャーなのかよく分からない謎の生命体によって、妹の分身とも言えるプレイヤーは無惨にも殺害されてしまった。あっという間にタイトル画面に戻る。え、これ……もしかして最初からプレイしなくちゃダメなやつ?
なんて恐ろしいゲームだと傍目からでも震えていたが、さくらちゃんのショックは俺よりもずっと大きかった。なにしろ、画面上の3Dモデルがピクリとも動かなくなってしまったんだから。
『さくらちゃん! 大丈夫か!?』
俺を含めて他のファン達も、みんな同様の内容でチャットを送りまくっていた。ここは全力でカバーしなくてはいけない。妹を救うのは兄の役目だ、宿命だ!
『はあはあ。ごめんねお兄さま、お姉さま。さくらは、さくらは今。うう……うええん』
ああ、心にナイフが突き刺さる! 俺が悪いんだ、俺が! なんで非があると思い込んでんのか自分でも謎だが、そういう気持ちにさせられる。
『ハイ、ハイチャ……読みますぅ。ぐす』
マジ泣きしちゃってる。もう躊躇わなかった。俺は今日稼いだバイト分を全て乗せたハイパーチャットを送信したのだ。届け君の心に!
『マルゼン大好きーさん、ありがと。ヨッシー&アマゾンさん、ありがと。あ……』
俺の番が来ちゃったか。さあ、遠慮はいらない。読んでくれ。
『NEWブルボンは伊達じゃない、さん。辛かったら、今度お姉さまの胸で泣いてもいいよ。好きなだけ貸してあげる。うう! ありがとうっ』
このノリは一体なんだ。このNEWブルボンはお姉さまポジションを狙っているのか。なんだろう。悔しさが腹の奥から湧き上がってくるようだ。
『あ……! 様イチローさん。今日、君の配信で勇気を貰えた。お兄さまは妹を誇りに思う。ダメでもいい、挑戦したことが何より大事なんだ! ……ああっ! ありがとう、お兄さま! 本当に嬉しいっ』
泣き声から少しだけ明るさが戻った気がする。そして告げられた感謝の言葉は、まるで新幹線に真正面からぶち当たったような衝撃だった。
なんてことだ。さっき止まったはずなのに、またしても目から汗が流れてくる。
◇
それにしても昨日のさくらちゃんは頑張っていた。
学校にいる間、心の中は勉強とさくらちゃんが交互に行き来しているだけで昼休みになっていた。時折大河がちょっかいを出してくる以外、もう他に気になることはなかった。
しかし、メトロノームみたいに揺れる心に、たった一つ割り込んできた人がいる。うちの部活期待の星、青花琴葉からのチャットだ。
大河と弁当を食いながら、チラっと携帯を眺める。
『先輩こんにちは! あの、ちょっとだけお話したいことがあるんですけど。放課後ってお時間あったりします?』
今日の放課後なんて暇だらけだ。さくらちゃんの配信開始までは特に予定はない。
『大丈夫だよ。何かあったの?』
『ありがとうございます! ちょっと不安なこととかあって。あの、相談に乗ってもらってもいいですか?』
悩みがあるわけか。一体どうしたんだろ。もしかして部活の雑誌作りに煮詰まったのかな?
まあ、いいんじゃないか別に。
しかし俺はこの時、あまりにもなことを忘れていた。青花琴葉は、我が人生史上三次元最強美少女だったことに。
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