第15話 君がさくらちゃんだ!?
今日は、もしかしたら俺の命日になるんじゃないか。
なんて予感をしちゃうくらい、あり得ないことが連続する日だ。
だって今、俺の上に超美少女後輩が乗っているのだ。それも、彼女のベッドの上で。
「は、はわわわわ! すみません先輩、私……私」
「いや! いいんだ。これは単なる事故なんだ!」
そう。普段からけっこうドジな姿を見ちゃってる俺は、後輩がこういうミスをしちゃうことも想定内……いや違う。想定外だった。なんていうか、ちょっと心地よさを感じる風が吹いている。吐息を感じるくらい距離が近いなんて。
こういう土壇場そのもの状態で、不吉な甲高い音が部屋に鳴り響いた。
「あ……誰か来たみたいです」
「そうだね。インターホンに出たほうが……うう」
「どうしたんですか、先輩」
ベッドから降りかけた琴葉が首を傾げている。まあそうだろう。俺はさっきの衝撃が再燃していたというか、自分が告白された事実がボディブローのように効いてきたのだ。
「いや、その。俺は今、さっきの言葉にどう返すべきかって考えてて、その」
ベッドから降りかけた後輩がそのまま固まり、頬を染めてこちらを見つめ続けている。ちなみにインターホンはまだ鳴っているのだが。
「先輩。やっぱり私じゃ……ダメですか」
「いや……そんなことは。ただ」
「ただ、何ですか」
さっきまで寒かった筈なのに、どうしてこうも部屋が暑く感じられるのだろうか。きっと俺自身が発熱しちゃってるのかもしれない。
突然の女子からの告白なんて、本当に初めてだ。考えも纏まらず、何をしていいのか分からない。
ただ一つ、自然な疑問だけが口から溢れ出た。
「どうして君は、俺みたいな奴のことが好きになったんだ?」
「それは……その」
琴葉はちょっともじもじし始めていた。っていうか、この体勢のままで話すって変だよ。
「私、小さい頃からずっと人見知りで、中学でも高校でも、みんなと打ち解けられなかったんです」
インターホンがまた鳴ってる。なんか小さく女の人の声まで聞こえてきた。でも、琴葉の瞳には今俺が映り込んでいる。まるで意識の外って感じだ。
「高校に入学したら、変な目で見られるし、不安で堪らなくて。部活も何処へ行っても怖くて仕方ありませんでした。でも、最後に見学に行った所で先輩に会って、凄く優しく接してもらえて。とても嬉しかったんです」
「そ、そういうのは、普通じゃないかな。君に優しくしてくれた人は他にもいただろ」
どうしよう。草食系美少女のはずが、今にも押かからんばかりの肉食狼系美少女に見えてきた。玄関の向こうにいる声が大きくなるが、不思議と気にならない。一体何故かというと、琴葉はの瞳が潤んでいることに気づいたからだ。
「違うんです。学校だけじゃないんです」
「へ? が、学校だけじゃ……ない?」
話は予想外の方向へと変わっていく。行き先が全く見えないジェットコースターに乗っているようで、なんだか怖い。
「これは、秘密にしてください。私、ずっとずっと。配信でも先輩に助けてもらっていたんです」
「はいしんっていうのは……あの配信?」
間抜けな質問だったが、彼女は瞳に涙をいっぱいに溜めたまま首を縦に振った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が普段から見ている配信は、ほぼ一人しかいないんだ。大手事務所に所属しているVtuberのさくらちゃんだけなんだ」
「……はい」
俺が普段から視聴しているただ一人の配信者。その名前を口にしても、まったく動じる様子がない。心の中に巨大な津波が押し寄せる予感がした。いや、もう既に波は来ている。俺を飲み込もうとする直前だ。
「私がさくらなんです。様イチローさん」
「さ、さ」
口を開いたまま固まってしまう。馬鹿な! そんな筈はない! いろんな反論を言葉にしたいのに、どれもが声にして発することができない。
「今から私が配信をしたら、信じてもらえますか?」
既にインターホンの主など意識からなくなっていた。琴葉はベッドから降りてパソコンに向かおうとする。見せる気だ、証拠を。自分があの国民的存在まで成り上がりつつあるVtuberであることを。
考えるより体が動いた。このままでは大変なことになってしまう。きっと彼女は嘘をついていない。そうじゃなきゃ証拠を見せるなんて言い出さないだろう。しかしこれはまずい。絶対に止めなくてはいけない。
「ま……待つんだ! いけない! 男がいる中で配信などっ!」
「きゃっ!」
もし俺の声が少しでも配信中に聴こえてしまったら、彼女のアイドル人生が終わってしまう。P Cを起動させようとする肩を掴み、離そうとしたところで勢いがつきすぎてしまい、今度は俺が転びそうになる。琴葉と一緒に。
「うわああ!?」
「ひゃあうっ!」
二度目のベッドへのダイブとなってしまった。しかも今度は、俺が覆い被さっているような形で。
「ご、ごめん! こんなつもりじゃ」
ガチャ、と恐怖の音がした。こんな状況になるまで忘れていたが、そういえば玄関ドアの鍵を閉めてなかった。
「琴葉!? 悲鳴が聞こえたけど、入るわよ!」
え? なんで?
どっかで聞いた事のある女子の声が玄関から聞こえてきたかと思ったら、すぐに部屋にやって来てしまう。ここ数日何故か鉢合わせしてしまう水泳部女王、ミホノだった。
「琴葉ー。さっき家に帰ってるってチャットがあったから、ちょっと様子を見に、」
首だけを向けている俺と、ミホノの視線が合う。これはまずい。まずいですよ。
「き……貴様ぁ! このケダモノ野郎ぉおおお!!」
「違う! 誤解だ! これはぁあああ」
飛び入り水泳部エースに締め上げられた挙句引っ張られ、俺は窓から落とされそうになったのだった。
衝撃に次ぐ衝撃。恐怖に重なる恐怖。俺たちの関係は飛躍的に加速していき、それから数日後に一つの形へと昇華することになる。
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