第14話 こ、こ、告白だ?

 雨の音がいやに響いている気がする。

 俺はとうとう後輩の家にお邪魔してしまった。


 一体何畳あるんだろうか。とにかく広い4LDK。フローリングが煌めいて見える。


「先輩、どうぞ上がってください。気を使わなくて大丈夫ですよ」

「あ、でもほら。俺けっこう濡れちゃってるからさ」

「大丈夫ですよ。早くしないと風ひいちゃいますっ」


 琴葉の小さな手に引かれ、とうとう玄関から未知の世界へと足を踏み入れてしまう。同じく雨に濡れていた筈なのに、その手は暖かった。リビングまで連れていかれすぐにタオルを手渡される。琴葉もまたタオルで、自らの濡れた髪を拭っていた。


 椅子に座りつつ、俺はソファやテレビとか、台所に目をやってしまう。きっと琴葉のご両親は大金持ちなんだろう。でも一軒家は買わないっていうタイプの人は最近多いからな。椅子に座っていると、気がつけば琴葉が隣に座り、沈黙タイムが始まってしまう。


 なんていうか、俺たちは本当にコミュ障なんだと改めて気がつかされる。


「あ! 先輩、テレビとか、観ますか?」

「ん……いや。別にいいかな」

「じゃあ、何かご馳走しましょうか。お菓子いっぱいありますよ」

「あ、あー。ありがとう。いやでも、そんな気を使わなくても」

「大丈夫ですっ」


 冷蔵庫のほうにお菓子入れでもあるのか、後輩はすぐにスナック菓子を持ってきてくれる。続いてポットからお茶を持ってきてくれて、なんていうか申し訳ない。


「ありがとう。なあ、青花さんのご両親って、帰り遅いの?」

「え。はい。今日はお父さんもお母さんも遅いんですよ。ちょっとした仕事の付き合いがあるみたいで。こういうの、結構慣れてます」


 隣に座ってきて健気に笑う後輩。柔らかな微笑が視界に映るたび、俺の中で緊張が高まっていく。


 そして気がついてしまった。応急処置的にタオルで拭いたりなんだりしているが、セーラー服はかなり濡れていたわけで。透けてしまっているのだ。苺好きな後輩であることは知っていたが、ブラジャーの色まで苺だったらしい。まずい鼻血出そう。


「どうしたんですか先輩。さっきから私の制服を見ていますね」

「え!? いや、いやいやいや。別にそんなことないよ。あ! そうだ。ゲームとかあるかな? ゲーム」


 透けた苺を凝視していることに気がつかれたら、きっと高校一キモい先輩ランキングトップに躍り出てしまう。それだけはなんとしても避けねばならない。俺は丁度いろんなことから目を逸らせる遊び道具が頭に浮かんでいた。


「あ、はい。私の部屋にありますよ。じゃあ遊びましょ!」


 すぐに立ち上がる琴葉に連れられ、俺は自分がまたしても悪手を選んだことに気がつく。彼女の部屋にまで入り込んでしまうじゃないか。まずい、まずいって。俺女子の部屋なんて入るの初めてだよ。


「あれ? 先輩、ゲームしないんですか?」

「うえ!? い、いや……うーん」

「ラインナップだけでも見てください。きっと面白いものありますよっ」


 その笑顔は反則だ。俺はうさぎさんの後をつける猛獣みたいになっていただろう。琴葉の部屋はまさに女の子って感じで、全体的にピンク色多めでぬいぐるみがいっぱいだ。広すぎもせず狭すぎもせず。あらゆる面でバランスが取れている、秘密の聖域とでも呼びたくなる部屋だった。


「こっちなんですけど。レースゲームとかあるんです! それから、アクションRPGとか、鉄道ゲームとかもあります」


 普段は見せない無邪気さ満点の声が、俺の理性を知らぬ間に破壊していく。勘弁してくれと降伏寸前の状態になりつつ、俺はとあることに気がついた。


 彼女の机にはデスクトップパソコンがある。まあそれ自体は普通かもしれんが、隣にはWEBカメラが設置されていた。そしてマイクまでセッティングされちゃっているのだ。


「あのさ。この機材って、もしかして配信で使ってるの?」

「あ……はい。そうなんです」


 琴葉はちょっと恥ずかしそうに首を縦に振った。彼女もまた配信者だったわけで、言うなればさくらちゃんのような感じなのかも。俺は初めて見る配信機材に目を奪われていた。


「すげえー! 本格的じゃん。しかもPCもカメラも、かなり高いやつじゃないか?」

「は、はい。奮発しちゃいました。先輩、実況とか観るの好きですもんね」

「大好きだよ。特にさくらちゃんの配信を見ることが楽しみで生きてる!」


 大きな声を張り上げたつもりはないんだけど、後輩はちょっとだけビクリと肩を震わせた。もしかして風邪引きそうになってるのかな。


「あ、大丈夫か? そのままじゃ風邪、」

「先輩……あの。私知ってました。先輩が、そういう配信が好きなのとか」

「え? ああ、そうか。まあ有名だからなー。俺はほぼ本名でアカウント作ってるし」

「全部知ってます。いつも優しい言葉をかけてくれました。学校でも……」


 ん? なんか話が見えてこないな。しかし何だろう。この雰囲気は。ゲームで言えば、そろそろラスボスが出現する直前みたいな空気感あるんだけど。

 後輩よ……まさか変身したりとかはないよな?


「先輩! あの、あの」

「ど、どうした。なんかあったのか?」


 急に前進してくる琴葉に圧倒され、俺は迫られる分だけ後ずさってしまう。ちょっと待ってくれ。これ以上後退したら背後にあるのはベッドだぞ! もう一度言う、ベッドだ!


「落ち着くんだ青花さん。君は大人しい草食系美少女じゃないか」

「私、美少女なんかじゃないです。あの……先輩。私、ずっと前から。す、好きでした!」


 目をギュッと閉じて体を丸めながら、後輩は信じられない一言を放った。体全身が脱力するような不思議な感覚に囚われた俺は、勢い余って前のめりになる彼女を助けようと肩を掴んだが、ドジっ子はそのまま転んでしまい——


「ちょ、青……青花さぁん!?」

「きゃああ!」


 一緒にベッドに倒れてしまったのだった。

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