第13話 突然の大雨だ?

 さて、とうとうこの日がやって来てしまった。

 今日は土曜日。あれから後輩と相談して決めた、一緒に映画を観にいく日だ。


 一体どうしてこうなってしまったのか、今となっては分からない。きっと神様のイタズラか、人見知りの後輩女子がどうしても観たい映画に付き添ってくれる人を探していたのか。まあ後者だろう。


 俺は正直言って自分を誇ったことがない。自信ってものが皆無だったのだ。だからいつもどっかで卑屈な考えに支配されていたのかもしれない。


 そうやって生きてきた俺だから、この日を終えた時の衝撃といったらなかった。ある日唐突に空と大地がひっくり返ってしまったような、現実とは思えない驚愕の中へと無理やり押し込められることになった。


 前置きが少々長くなったが許してくれ。とにかくその日、午後二時頃に俺は青花琴葉の最寄駅改札前に立っていた。

 都内はどこも人がぎっしりなのに、この辺りはわりかし空いている。きっと土地とかが高くて、お金持ちしか住めないんじゃないか。


 そんなことを考えながら湧き上がる緊張を和らげていると、電車のホームへ向かう階段から彼女が上がってきた。小さな顔と細身の体が、こっちを見つけて駆け出してくる。


「うおお……すごい」


 思わず間抜けな独り言が口から飛び出してしまうくらい、青花琴葉は光って見えた。実は所属している委員会の仕事とかで、彼女は学校からの帰り道だったのだ。俺のほうはまるっと休みだったわけだから、何となく申し訳ない気分になる。


「お待たせしました! すみません先輩、いっぱい待たせちゃいました?」

「いや全然。俺も今来たようなもんだからさ。じゃあ……いくか」

「はい! とっても楽しみですっ」


 以前は消え入るような声でしかコミュニケーションが取れなかったのに、変わったなあホント。かたやシャツにGパンで、かたやセーラー服という組み合わせもなんか変だが、まあしょうがない。


 とにかく俺たちは、目的の映画館に向かったのだ。


 ◇


 うちの後輩女子が観たかった映画というのは、今一番巷で話題になっているやつだった。恋愛ファンタジーってやつだろうか。俺の専門外だからよく解らないが、タイムスリップとかしながら何やかんやで日本を救い、女の子とも結ばれちゃうという物語だ。


 俺はただ呆然としながらそれを観ていた。せっかく買ったポップコーンにもコーラにも手をつけず、ただ呑まれていた。想像以上に面白かったので、今日誘いに乗ったのは大正解だったと嬉しい気持ちになる。


 映画が終了してから、ようやく俺はチラリと隣にいる後輩に視線を向ける。


「う……うう」


 泣いてるー! そこまで感動しちゃったのか。俺もけっこうジーンと来てたけど、琴葉ほど大泣きはしないなぁ。


「超面白かったな。感動した」

「はい……私も、すっごく感動しちゃいました」

「だ、大丈夫か。そろそろ出よう」


 とにかく楽しかった。じゃあそろそろ解散かな、ありがとう後輩。……と言いたいところだったけど、なんか解散する気配にはならなかった。

 続いて俺達は前回と同じような感じで流行りのカフェに行き、映画の感想会を始めた。


 しかし、これが思った以上に熱がこもってしまった。元々ホラーやミステリー、SFとかが好きだった俺は、恋愛ものも嫌いではなかったらしい。主人公の心情の変化とか、そういう点を中心に口が止まらなくなった。驚いたことに、俺と同じような視点や感想を琴葉も持っていたらしく、意外と気が合うなぁと嬉しさを覚える。


 あっという間に一時間以上も話し込んでしまう。よし楽しかった! じゃあいよいよ解散だ……とはならない。今度は近くの広い公園でのんびりすることになってしまったのだ。ジュースを手にしつつ、ベンチに並んで座る。


 何だろう今日は。本当にどうしちゃったんだろ。これって、マジでデートとしか思えん。


 そんなあり得ない状況に戸惑う俺とは反対に、我が部の後輩は落ち着いている。どうやら誰かからチャットが来ていたのか、ちょちょっと返信してからこちらを向いた。花咲く笑顔そのものだ。


「先輩……今日は一緒に映画も観れて、お話もできて本当に楽しかったです。ありがとうございます」

「ん? ああ。俺も楽しかったよ。マジで充実してたって感じ」


 俺はさっきまで勤めて明るく振る舞っていた。もし少しでも普通のノリに戻っちまったら、なんかこう、いい雰囲気になってしまう予感がしちゃったからだ。勘違い野郎になったら大変だと、必死にテンション上昇させていたんだが、琴葉のトーンに少しずつ抑えられていく気がした。


「えへへ! 良かったです。あの。先輩……話は変わるんですけど、実は私。ずっと伝えたかったことがあるんです」


 伝えたかったこと? 一体なんだろう。そういえば雲行きがかなり怪しくなってきてる。どんよりと黒ずんで、雨を降らそうと企む雲達を見上げながら、俺は心臓が高鳴っていた。


「え!? な、何だろう。今度の雑誌作成についてかな? あれはもうほぼ完了したよ」

「いいえっ。雑誌のことじゃないんです」

「ゲーム実況の話かな。またホラーのことで相談したいことができたとか?」

「ひゃう! お、思い出しただけで怖いです。でも違うんです」

「もしかしてあれかな、またあの水泳大胸筋女に迫られているとか、そういう」

「いいえ。さっきもチャットがきましたけど、そのことじゃないんです」


 ミホノの奴め。完全に琴葉をロックオンしているようだ。と嫌な思いが過ぎらせつつ琴葉を見ると、小さな手を胸に当てて、静かに瞳を閉じている女神像状態になっていた。

 く、来るのか。神の掲示が。


「実は、入学してすぐの頃からなんですけど。その……そのぉ!」


 今度は顔が真っ赤になってきてる。オーバーヒートしてんじゃないのか。


「お、落ち着け! 落ち着くんだ。君が何を話そうとしてるのかは皆目検討もつかないが、とりあえず今日のところは家でゆっくり——」


 言いかけた時だった。ポツポツと、水滴が顔や服に当たっていることに気がつく。それはほんの数秒で勢いを増していき、まるでシャワー全開の大雨へと変貌した。

 こりゃあまずい!


「うお!? ちょっと雨宿りしよう」

「は、はいっ!」


 俺たちは公園からしばらく一緒に走り続けることになった。一戸建てばかりの道で、土地勘もない俺は雨宿りの場所さえ満足に見つけ出せない。大雨は全然勢いを緩めてくれなくて、面白いように髪も服も濡れていく。


「あ! そうだっ。先輩、こっちです!」


 ここは地元民に頼るのが一番かもしれん。俺は琴葉に言われるがままに後をついて行った。程なくしてデッカイタワーマンションの入り口に到着する。自動ドアが開き、ようやく雨が入ってこない所に到着したようだ。


「あー良かった! 青花さんありがとう。助かったわ」

「とんでもないです。先輩も私も、びしょ濡れになっちゃいましたね」


 言われてみれば、かなり大変なことになっちまってる。俺の服はまだいいけど、琴葉のセーラー服なんかもうヤバイ。


「実は何ですけど。ここ、私の家なんです。このままじゃ風引いちゃうと思うので、良かったら上がっていきませんか」

「ああ、そうか。助かる! じゃあお願い——」


 へ? 家に上がる。君のおうちに、俺が?


「へけ!? ちょ、ちょちょ……青花さん?」

「こっちですっ。どうぞ」


 半分呆然としたまま、俺はエレベーターの階数表示を眺めていた。もしかして、これは夢か?

 疑うのも無理はなかったが、間違いなく現実だったのだ。


 まずい。このまま女子のお家にお邪魔なんかしちゃったら、マジでショック死するかもしれない。しかし、俺のヨワヨワなハートなどお構いなしに、琴葉は俺を家に招き入れてしまったのだ。

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