第6話 後輩女子との帰り道だ!

 正直、俺は夢でも見ているんじゃないかと疑っている。

 だって小学校中学校そして高校と、女子とは無縁の生活を送っていた俺が、なぜか超がつくほど可愛い後輩と帰り道を歩いているわけで。


 歩道橋を渡って駅まで向かっているが、もしかしたらこの道は天国まで向かっているのではと錯覚するくらい。頭の中が緊張と興奮でおかしくなりそうだ。

 青花琴葉は申し訳なさそうな上目遣いで、何かを話していた。


「……と、いうことだったんです」

「え!? ご、ごめん! 今ちょっと、頭の中が走馬灯状態で聞こえてなかった」

「ふぇ? 先輩、もしかして死んじゃうんですか?」

「いや、きっと余命はまだあるはずだ。運も残っている……と思う。いやいや! なんの話してんだ俺は。ところで、なんだっけ?」


 今日の彼女は部活で会っていた時と同じ、前髪で顔を隠して眼鏡をかけている。いや、いつもこのスタイルで生活しているのだ。バイト先で会った時……あれはアクシデントだった。


「実は私、凄く怖がりなんです。昔から怖いのが苦手で……それで、どうしても克服したかったんですけど。やっぱりダメだったんです」

「ふーん。怖いにも色々あると思うけど、どういう怖さが苦手なの?」

「あの……幽霊とか」


 分かる、分かるぞ。俺も幽霊は苦手だ。


「確かにああ言うのってキツイよね。俺も苦手だわ。でも別にあんなの、苦手でいいんじゃないか?」

「でもでも。私ちょっと怖いゲームとかしなくちゃいけない用事があって、みんなが求めているって分かるから。だから頑張らなくちゃって思うんです。でも……」


 うんうん。分かる、分かるぞ……と言いたいところなんだけど、ちょっと待ってほしい。俺の頭には盛大な疑問符が浮かんでいる。


 怖いゲームをすることをみんなが求めているって、どういうこと?


「あ、あの……実は私。ゲームの配信とか、たまに」

「ああ! そういうことか!」

「ひゃう!?」

「おおっと、悪い悪い」


 歩道橋から落ちることも可能なほど全身が跳ね上がった琴葉に謝りつつ、俺はようやく納得した。

 そうか。今やゲーム実況を趣味にしている人は意外と沢山いるもので、彼女もまた配信者ということか。


「つまり青花さんはホラーゲーム実況をやりたいけど、怖くてどうしても上手くプレイすることができないってこと?」

「そう、です」


 喋っていたら駅の改札まで来てしまった。スマホをかざして改札を通過する俺とちょっぴり臆病な後輩。残念だけど、これ以上話を聞くこともできないかな。


「うーん。まあ、あのジャンルは観たいっていう希望が多かったりするからな。でも、俺は推しの子に無理強いはしたくないけど」

「推し、ですか」


 階段を降りて駅のホームに向かうけれど、琴葉はそのまま着いてくる。


「あれ、青花さんもこっちなの?」

「はいっ」


 そうか。実は帰りの電車まで一緒だったのか。すぐに車両の扉が開き、わりかしガラガラなシートの端っこに俺は腰を降ろした。すぐ隣に琴葉が座ってきて、ちょっとドキドキする。


 これって、俺が憧れてたシチュエーションその二十三じゃん。あえて順番に一から説明はしないけれど、要するに憧れだらけなのだ。自分の状況を省みた瞬間、強烈な緊張感が湧き上がってきた。まずい、まずいこれは。


「先輩は」

「はい!?」

「きゃあ!?」

「う、うおい。すまん青花さん。ちょっと、俺疲れちゃってるんだわ。それでさ……」


 何か喋らなくちゃいけない気持ちに駆られてきた。不意に女子とのトークが上手そうな友人の顔が浮かぶ。助けてくれ大河。とはいえ、奴は今サッカー場でボールと友達になっているはずで、救助に来れないことは明白だ。


「どうしても辛かったり、嫌だったりするものは、求められてもしなくていいと思うよ」

「え……」


 琴葉の目が丸くなっている。落ち着け。まだ唇は動くし舌は回る。そして頭の中は真っ白だ。


「だってそうじゃん。あんなの自分が好きなものだけで、すればいいんだって。やりたくなくてもしなきゃいけないのは、勉強とかそういうのだけでいいと思う。趣味は純粋に好きなものだけでやっていくべきだ」

「先輩……」


 ああ良かった。何とか最後まで話終えることはできたようだ。ふと視線を横に向けると、琴葉がウルウルした瞳で見上げている。俺の心臓はボクシング世界ヘビー級王者に殴られたような衝撃で停止しそうになった。可愛さのハートショット。決死の一撃が今放たれたのだ。


「うぐぐ。し、死ぬ」

「え!? 先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。あとちょっとでキュン死するが、きっと大丈夫」

「きゅん? ……先輩。本当に、ありがとうございます。少しだけ気楽になれた気がします」


 ふふ、と実年齢よりも幼い笑顔を見せてきた。まずいな。今度は可愛さのアッパーカットで脳震盪を起こしそうだ。


「でも私、どうしても怖いのだけは克服したいんです。あ……あの。本当に図々しいこと言っちゃうかもですけど、その」


 今度はもじもじしてきた。可愛さのフック連打だ。もうリング上で仰向けになって担架で運ばれてもおかしくない。


「私が怖いことを克服する練習に、付き合ってもらえませんか」

「そうか。れん……練習?」


 思わず声が裏返ってしまう。ちょっとちょっと。何しようっていうのだ君は。

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