第6話 『紅龍の牙』に割り当てられた居住区画で、真面目に仕事をする僕

 ここは3人で頑張って設置したテント脇から、もう少し離れた場所。

 少し横に振り向いて見ると、さっきまで作業をしていた場所が目に映る。

 目をこらすと、軍用仕様の大きめな平屋の外見をしたテントが軒を連ねて見えた。


 少し前に完了報告を終え、この場まで歩いてきた僕は、この辺でいいだろうと足の動きをゆるめて立ち止まる。


 僕が立ち止ったここ周辺の地面も、甲羅状の地盤に変わっているのが目に映った。


「ふう、別に怒られることもなかったな」


 惜しむ気持ちもあった集いの場を解散した後に、忙しそうにするインテレッド様の様子を伺い手が空いた時を見計らって完了報告をすると「本日の合同作業は終了だ。続きは明日にする」と感情のない言葉で言い渡されていた。


「まあ、不真面目に生きる事を生業にした冒険者相手に、真面目にしろっていう方が可笑しいのかもな」


 これでようやく自由になれたかと思いきや、そんな事はない。

 むしろこれからが本来やるべきサポーターの仕事が待っていた。


 ──『紅龍の牙』の地位に居座るサポーター要員から押し付けられた仕事が。


 僕はこのクエストでは、S級クラン『紅龍の牙』の臨時サポーター要員として参加しているから『紅龍の牙』から与えられた仕事を速く終えなきゃいけない。

 さっきまでの仕事は、言ってはなんだけど、ただの前振りみたいなもんかな。

 パーティの衣食住を管理する仕事がサポーターの本来のお役目だから。


 大した揉め事もなくインテレッド様から許可を貰って居住スペースを確保できた。

 次は水廻りや食事スペースなどを細かく細分化して作りこまなきゃいけないんだ。


「は──、むしろこれからのほうが大変になるんだよな」


 他にも僕には押し付けられた果たすべき役目があった。

 ──もう一つの厄介事である国から押し付けられた面倒臭い仕事が。


 そもそもこれがあるから僕が選ばれてここに立っているんだ。

 真っ先に先発メンバーとして送られたのには理由があって──。


 それは僕の魔力容量に要因があった。

 王国の上層部では周知の事実なんだけど……。


 それを幼少期から、ずっと秘密にしてる。

 実は、僕の魔力容量はとんでもない容量があって。

 王国上層部と神殿がぐるになって、それを隠蔽してる。

 普段は魔力隠蔽効果がある腕輪の魔導具を右腕に嵌めているんだ。

 その魔導具さえつけてれば、そう簡単にはバレないようになってるけど。

 実際には、王国が保有している巨大な解析石で解析しても、正確に解析出来ない程の魔力容量があるんだ。


 魔力切れで倒れることないだけの能力──。

 僕としては、そんな風に思ってた。

 そんなに気にすることでもなかったんだけど。


 だけど、王国上層部には、しっかり把握されてるからね。

 そういう訳もあって、僕に白羽の矢が立ったんだ。


 そんな風に今まで秘密にしていた魔力容量を、王国側が何に使うかと言えば。


 ──それは転移魔法陣への魔力供給。


 転移陣を起動するにも魔力が必要なのは、当然のように知れれているけど、転移距離がより長距離になれば、その距離に比例した魔力出量が必要になるのも、良く知られる事実だと思う。


 僕の仕事は、既に、前持って準備されアイテムボックスに入れてある、高性能の長距離転移魔法陣が刻印された転移専用建屋を、迷宮最深部にある安全地帯セーフティーエリア内に設置して、その魔法陣に魔力を注ぎ込んで魔法陣を起動させること。


 その後は常に長距離転移陣がいつでも起動出来るように、転移専用建屋の維持管理も担当しなければ成らないそうだ。


 僕は、先発メンバーとして真っ先に迷宮の入口手前に設置された転移陣の中央に立たせられ、次の階層にある安全地帯に転移しては、次の階層の安全地帯に転移するという、何度も乗り継ぐようなループ転移を繰り返すことで、ようやく迷宮最深部にある安全地帯セーフティーエリアに到着したんだけど、これからは、こんなループ転移を何度も繰り返さなくてもいいようにするんだって。


 つまり、王都に設置された転移魔法陣と、迷宮最深部手前の安全地帯セーフティーエリアに設置する転移陣の転移航路を結び、直接一度の転移で行き来出来るようにするのが、僕に与えられた任務なんだよ。


 王国側の狙いとしては、兵站の効率化を図る目的があるんだろう。

 片方の魔法陣は宮廷魔術師が総出で維持管理して。

 もう片方の魔法陣を僕が1人で維持管理する役目を担う。

 超面倒な任務なんだけど。


「あ──ぁ、考えるだけでも憂鬱になる任務だ」

「事実上、ここに監禁され続けるようなもんだしさ」 


 護衛として一緒に先発メンバーとして来た冒険者達は、みんな揃って「身体を休めてくる」と言ったきり、その後、何一つとして音沙汰おとさたがないし……。


「冒険者はお気楽で羨ましいよ」


 おそらくは、ここにいる異性でも引っ掛けて、きっと楽しいことでもしてるんだろう。

 冒険者って職業は生死を掛けた危険な仕事だからさ、他の職種で働く人たちよりも、人一倍生殖行動がお盛んなんだ。


 まあ、その先発メンバーさんが居たら居たで、邪魔しかしなさそうな厄介そうな人達ばかりだったから、別行動してくれた方が僕も気が楽になるから、それはそれで別に構わないんだけど。


「そろそろ仕事しようか。全然気持ちが乗らないけど」


 主力メンバーの寝床を仕上げ終わったら、転移陣を起動させて彼らを出迎えなければいけない。


 あまりにも時間が掛かってしまうと、後々お叱りを受けるのは僕自身になる。


 王都で開催予定の『紅龍の牙』の出陣パレードがもうじき始まるらしいと書かれた定時報告書を先程インテレッド様から受け取ったばかりだしね。


 出陣パレードが終わるまでに、こちらも準備を終えてないといけないからな。

『紅龍の牙』の討伐メンバーが転移してきた時に、殆ど仕事が終わってなかったら、きっと、どやされるに違いない。


 ここは考え事をしてる暇があったら、まずは行動したほうがよさそうだ。


『紅龍の牙』に与えられた居住区画に立ち尽くしていた僕は早速作業に取り掛かる。


 まずは、水廻りの備え付いた仮設建屋の設置から。

『紅龍の牙』から預かった物資を対象にして脳内でスキル検索し、ヒットした仮設建屋をアイテムボックスから取り出して設置した。


 すると、行き成り目の前に大きな建屋が出現する。

 この建屋はトイレやシャワー室や、なんとお風呂まで備え付いた仮設建造物。

 外観は仮設という言葉が似合わない高級な造り。


 その見た目はかなり大きな家ぐらいのサイズがあって、外壁素材は、大理石みたいなスベスベした岩を加工した壁に覆われ、その壁には、何個もガラス窓もついていて、一目見ただけでも高価な建屋だと解る外観だった。


「いいな!欲しいな!羨ましいよ!こんちくしょう!」


 国から依頼され国道を整備する仕事で、日夜野外で寝泊りするさいには、こんな素晴らしい物資は提供されないから、思わずこんな言葉がこぼれてしまう。


 環境設備が整ったこの仮設建屋があれば、荒れた心にどれだけ潤いをもたらす事か。

 

 お金には余り困ってないけど、こんな高度な錬金技術をもつ人とのコネなんかないから、僕のアイテムボックスには、こんな用途の物資は入っていない。


 こんな高級魔導具みたいな物資を取り扱う商人との伝手もなかった。


 預かった物資の所有権は全て『紅龍の牙』にあって僕の持ち物ではないし。


 今最も勢いのある『紅龍の牙』は、最新技術が詰まった魔導具といえる高価な仮設建屋を数多く今回のクエストに平然と投入してきた。


 正直かなり羨ましい。だけど……。


「たとえ高級施設をタダで使える!って言われても、やっぱりこのクランに加入する気はにはなれないな。性格的に体育会系とは合わないしさ」


 クランっていうのは、国からの補助金が入った合法化された組合組織だから、こんなにお高そうな戦略物資を投入しても財布が全然傷まないらしい。


「やっぱ、国がバックに付く組織だけあって、やることが一々派手なんだよな」


 他の国では、どうな扱いなのかは知らないけど、僕の住む国──アスフィール神聖王国でクランって言ったら、国に仕える準公務員的は立場になった冒険者組合組織ってくくりになるんだ。


「次は魔力を放り込んで、起動してからお掃除か。あ~、面倒い」

 

 仮設建屋の内部に入っていくと、窓から刺す光があったけど、室内はまだ暗かった。

 手探りで出入り口付近にあると聞いた制御室のドアを開けて室内に足を踏み入れる。

 ぱっと見で室内を見渡していく。

 あった。あれだ。

 室内に備え付いたガラス張りの引き出し式魔力供給炉きょうきゅうろが薄らと見えた。

 その場に近づいていくと、大きめの魔石を数個程見繕って魔力供給炉きょうきゅうろに押し込む。

 次に事前に説明を受けた起動詠唱を唱えると……。

 すると、透明なガラス張りの向こうに置かれた魔石が淡く光りだす。

 天井部に設置された照明器具の光がついた。

 よしと、室内の照明と空調も機能し始めたようだ。


 僕は制御室内に立てかけてあったモップを手にすると、建物内の床を簡単に掃除していく。


 建物内を探索も兼ねて掃除をしていくと、男子用と女子用にトイレが別れているのに、まず驚く。


 試しに便座式の最新便器に座ってから、実際に使ってみると……。


「うあ─、なんだこりゃ──、もう一度……うお─、気持ちいい」

 

 お尻にシャワー水が掛かったと思いきや、次はお尻がポカポカと温まる洗浄魔法が使われて、最後には心地よい匂いがする香水をお尻に吹き尽けられて、何だか癖になりそうな程に快適だった。

 トイレ一つとっても、一流クランはやっぱ違うわと感心してしまう。

 次に驚いたのは、一階がトイレと待合室が備え付けられてるのと、2階に男女に別れた風呂場があること。


 広い風呂場を見て回ったら、思わず広々としたお風呂にも入りたくなったけど、僕の汚れた身体で入ると、湯船が汚れてしまい、直ぐにばれてしまうから入れない。


 お風呂は泡がぶくぶく出てくる高性能なお風呂だとわかると、掃除をしながら風呂を沸かしている最中に入りたくて後ろ髪が惹かれる思いを味わった。


「悔しいから、唾でも入れてかき混ぜといてやろう」

「ぺっ、ぺっ、ぺぇっと」

「更に僕の取って置きの聖水入浴剤を漏れなく男女両方の湯船に混ぜ込んで」

「これでお肌の艶と匂いもきっと変わるはず」


 簡単にお風呂掃除とトイレ掃除を済ませた僕は、次に仮設倉庫の設置をするために野外に出る。


 僕はあくまでも臨時のサポーターだから、詳しいことは知らないけど、仮設倉庫に色々な武器や薬品を貯蔵して置くらしい。食材なんかも倉庫に備蓄しておくそうだ。


 大容量のアイテムボックス持ちの数はそれほどいないそうだから、こういう在庫をストックする倉庫はクランを運営する上においては必要不可欠なものらしい。


 僕はアイテムボックスから仮設倉庫を取り出し設置するように念じる。


 すると、さっきの建屋より大きな倉庫が目の前に出現した。

 外壁はさっきの建屋と同じ大理石風の石壁で、外見上のデザインは近寄っているように感じた。


「もういちいち驚くのも疲れた。さっさと作業していかないと終わらなさそうな予感がするな。もう少しペースアップするか」


 この建屋の制御室内に備え付いた魔力供給炉にも、大きめの魔石を放り込み、起動詠唱をして魔力供給炉を起動させる。


 この仮設倉庫の魔力供給炉を起動すると、室内の照明がつく。


 事前に聞いた話では、魔力供給炉を起動すると、登録された者にしか立ち入れない結界で建物壁面を覆い尽くすらしく、サポーターの役目を担う人達が、ここの仮設倉庫を管理運営すると説明を受けていた。


「倉庫の内部も結構広いな」

「この規模だと、1人で掃除するのは無理だよな。やめた、やめた」

「荷物だけ置いて次の作業にうつろうか」


 自分の喋った言葉に従うように、作業を開始する。

 スキル検索を脳内ですると、事前に預かっていた戦略物資の入った大量の木箱が検索にヒットする。

 そのヒットした木箱に出現空間座標を指定しながら、次々にアイテムボックスから取り出していく。

 次々に積み重なっていく木箱の山。自分でやっておいて何だけど、結構圧倒される。


「時間が押してるってことで、許してくれ」


 僕は臨時のサポーターだから、何処に何を置いていくかなんて知りもしない。

 預かった荷物を、ただ積み上げていくだけだ。

『紅龍の牙』の公式サポーター様のお仕事まで奪ったら可哀想だからと、仕分けも録にしないで、適当に預かった木箱を積み上げていった。


 室内中を埋め尽くすように積み重ねると、ようやく満足して次の仕事に移る。


 それからは、結構な時間を掛けて10人程が寝泊り出来そうな仮設宿舎を10けん程設置完了させて。


 ヘトヘトになりながら、仮設とは思えない建屋を次々に設置していく。


 僕の通り過ぎていく通り沿いには、道の左右に別れて、仮設事務所や仮設病院や仮設食堂や仮設調理建屋や魔物解体施設なんかや他の建屋も軒を連ねていた。


 ここまでの規模を目にしてしまうと、もはや掃除をする気なんか起きやしない。


 取り敢えず、全ての建物に備え付た魔力供給炉に魔石を放り込んで、建物の照明や換気設備は復旧するのと、それぞれに設置し終えた建屋には、事前に預けられた物資を積み上げて置いた。


 それ以上のことなんか出来るわけがない。

 本来は先発メンバー全員で行う作業を僕1人でやったんだ。

 これで、もし文句を言ってきたら絶対に切れてやる。


「ふう疲れた~」

「何か、ここの区域だけさ、他の場所と景色が違って見えるんだけど」


 ついさっき3人で張り終えたテントは何も見えやしない。

 ここからでは建屋の屋根が邪魔して、迷宮の岩に囲まれた広々とした景色も見えなくなった。

 立ち並ぶ建屋は全て同じ大理石風の石材を加工した壁だから、ここの雰囲気だけ高級街の趣が感じられた。


「成金趣味もここまで徹底的にやられると、むしろ清々しくすら思えてきた」


 一応『紅龍の牙』から事前に押し付けられた仕事は終わったと思う。

 次は王国から押し付けられた仕事を片付けてしまおう。

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