物語の始まり

第4話 迷宮攻略の最前線にたどり着いた僕

 ──ここは、バレン大迷宮の深層域へと降りる手前、49階層の安全地帯セーフティーエリア


 魔物はどういう理屈か、いまだ判明していないが何処にもいない。


 そこは、迷宮岩に覆い尽くした光苔が淡い光を照らし、所々で地面から突き出た水晶の塊から薄く光る光明が漏れでる神秘的な世界。


 いわば様々な光が織りなす岩山に囲まれた、周辺よりも低く平らな地形──それは盆地といえそうな広大な大地のパノラマ。


 眺望はまさに絶景。


 薄暗い48階層から初めてこの地に足を踏み入れた冒険者達の誰もが感極まって涙を見せずにはいられない程の光が溢れた空間だ。


 バレン大迷宮自身が人に感動を植え付けようとしたかのような不思議な光が満ちている。


 その風景は、色とりどりの光が満ちた岩山からは澄み切った水の滝が大地に幾つもそそぎ、澄んだ川となって下降の大地へと川のせせらぎと共に流れていた。


 大地の精霊の住処と思えるような、地表から突き出た色とりどりに光輝く鉱石で出来た巨大な柱が広大な空間に乱立し、目視では星空のように輝いて見える天井部まで伸びている。


 盆地には、巨大な泉があって、周辺には青々と茂る森が点在している。

 

 そんな安全地帯セーフティーエリアの泉の側に作られた宿営地には、多くの息遣いと大勢の話し声が聞こえた。


 その人の集まりの端にいる僕は、自分の仕事に精を出していた。

 休憩中にする仕事と言えば、多くは雑用だ。

 なので、僕の活躍の場はここにあり、今が正に僕にとっての戦場となる。

 僕の職業は、後衛のサポーター。

 高Lvスキルであるアイテムボックスを取得してるから、この職業につけた。


 仕事内容は火起こしから始まり、トイレの設置、食料や薬の配布やら、武器の補修道具を出したりなどなど、仕事は多種多様に渡る。


 因みに、今回のクエストはレイドクエストなんだ。

 様々なパーティが参加するSSS級クエストで──。


 クエスト内容は、50階層BOSS──黒龍王の討伐。

 これだけでも、尻込みする内容のクエストなんだけど……。

 討伐とうばつはあくまで、このクエストの前哨戦ぜんしょうせん


 黒龍王の討伐が前哨戦なんて、信じられないと思うだろうが本当の事だ。


 しかも、黒龍王討伐出来次第、直ぐに次の後半戦がやってくる。

 後半戦は、速やかにBOSS部屋に造る聖域結界を張りめぐらせて──。

 その聖域結界を数十日間に渡り、死に物狂いで維持すること。

 そこまでして、始めてこのクエストは達成となる。


 そこまでする理由は……。


 ──50年周期で訪れる迷宮から始まる天災を防ぐ為。


 なんでも、50年周期に起こる予兆が、この迷宮で既に起きているそうだ。

 地上部の山から新しく空いた穴が、自然に少しづつ割れるように深くなって。

 今では下層領域まで繋がっているらしく、最終的にその穴は、50階BOSS部屋の天井が割れ、地上と直通の穴が出来て繋がるらしい。


 50年前を詳細に記録した禁書指定された歴史書では、50年前の天災で何が起きたかが書かれていて、クエストに参加する前に、その話を聞いた。


 その書物には、黒龍王が大空に飛び出したのを皮切りにして、50階層の魔物達も地上に溢れだし、周辺各国に魔物が雪崩込み、最終的には1つの巨大帝国が滅びたという内容が書き記されていたそうだ。


 過去の教訓を活かす。


 その為にこのSSS級クエストが組まれたそうだけど。


 絶対無理だろ。失敗するって──。

 それが、事前説明を聞き終えた最初の感想。

 こんなクエストを受理したギルドは、馬鹿なんじゃないかとさえ思えてしまう。

 もっと冒険者の命を大事に扱ったほうがいい。


「おい、どん亀。ぼ─っとするな。」


 僕の思考に割って入る声がした。

 この声はお偉いさんだ。


「今は仕事の時間だ。気持ちを入れ替えろ」


 怒られてしまった。

 まずは謝ろう。


「はい、すいません」


「もういい、どん亀、お前にはここを任せた。ここら一帯にテントをあるだけ設置をしてくれ。設置が終わったら、そのテントの中に男、女に分けて衣類の補給物資を入れときな。ここを急造の宿泊区域にするからな。そこのお前とそこの女、お前らはここに残って、仮設のテントを建てるのを手伝ってやれ。残りのサポーターは俺の後ろに付いてきな」


 おっと、お偉いさんからの指示だった。

 話しを聞くと、どうにも気になる疑問が沸いた。

 ならばと話し終えたお偉いさんに聞き返す。


「いいんですか、ここら辺は足場が泥濘ぬかるんでますけど」


 そう、ここの地面は汚れた水と泥で泥濘んでどろどろなんだ。

 こんな所にテントを設置していいのかな?

 もしかして、僕のことを知ってるの?

 そんなに有名人に成ったつもりはないんだけど。


「そこはどん亀のスキルで何とかするもんだろ。それ位、言われなくても気づけよ。腕のいいサポーターを目指してんなら、人様からの指示をただ熟すんじゃなくて、指示した内容に潜む意図まで察して仕事をやるんだな」


 へ─、この人とは初対面のはずなのに。

 この人、僕のスキルを把握してるんだ。

 やっぱ、凄腕のサポーターの知識力は侮れないってことか。

 なんて名前の人だろ?

 見たことない人だから、後で誰かに名前を聞いとこう。


「はい、すいません。覚えておきます」


 さっきから謝ってばっかだな。

 サポーター職に転職してから、どうにも謝り癖がついてしまった。


「俺は向こうの方で指示だししてるからよ、終わったら、俺のところに報告にきな。さあ、次の持ち場に行くぞ。まだ指示貰ってない奴は、俺の後についてこいよ」


 そう言い残したお偉いさんは、多くのサポーターを引き連れ、次の戦場へと向かっていった。


 この場には僕を抜かすと、2人の人員が残された。

 2人とも、どうしたらいいのか、戸惑ってる様子だ。

 この安全地帯セーフティーエリアにさっき到着したばかりだから、勝手がいまいち掴めないや。

 こういう場合は、まずは自己紹介からかな?


「え──っと、まずは、簡単な自己紹介をしてから、さっさと作業を片付けてしまいましょうか。まずは言いだしっぺの僕からだね。僕の名前はクロウル。渾名あだなはどん亀か亀ちゃんって呼ばれてるけど、個人的には亀ちゃんの呼び名で呼んでくれたら、嬉しいな。冒険者ランクはCランク。今回はS級クラン『紅龍の牙』の臨時サポーターとして、このクエストに参加することになったんだ。よろしくな!!」


 冒険者ランクがCランクなのは、あんまりクエスト受ける時間がないからで、これはもう仕方ない。

 亀って渾名が付くのは、僕のもつスキルに由来してるんだ。


「よろしくね。じゃあ、折角ですから、クロウルさんのことを亀さんって呼ばしてもらおうかな。次の自己紹介は私ね。えっと、名前はミレイシュっていいます。仲間からはミッシュって呼ばれてるから、そう呼んでもいいですよ。冒険者ランクはBランクで、A級パーティ『雷鳴の聖槍』でサポーターしてます。仲良くして下さいね」


 ミッシュさんの第一印象は、垂れ目がチャームポイントのロリっ子さんかな。

 ピンク髪のショートカットが可愛いらしい。ちょっとタイプかも。

 同い年っぽい感じにみえるけど。


「了解っす。オイラはアムバットっていうっす。ちょっと喋りが可笑しいっすけど、気にしないで欲しいっす。2人のことは、亀さんとミッシュさんと呼ぶっす。オイラのことは、アットって呼んで欲しいっす。冒険者ランクはDランクっす。え~っと、A級パーティ『大地の軌跡きせき』に所属してるっす。よろしくっす」


 アットくんは、出っ歯にまず目がいくな。

 リスみたいな見た目で、背も小さくて、女の子受けしそうな感じかな。

 多分パーティ内のアイドル的存在、もしくはマスコットって雰囲気がする。

 これは僕の予想。本当かどうかはわかんないけど。


「よろしく、じゃあ、とっとと言われた作業を取り掛かろうか」


 そう言い終えた後に、仕事の準備を始めていくけど……。

 その僕に向けて、ミッシュさんが待ったの声を上げた。


「え─、本当にここにするんですか?足場がぐちゃぐちゃですよ。こんな所にテントなんか設置していいんですか。インテレッド様から、何とかしろ的な投げやりな指示を受けてましたけど。亀さん、後で怒られたりしたりしませんか?」


 さっきの人はインテレッドって名前なのか…てか、えっ!?

 嘘だろ、あの人がそうなのか。

 S級冒険者まで上り詰めた、サポーター職を極めし者。

 伝説でしか聞いたことないから、わかんなかった。

 失敗した。サイン貰っとけばよかった。


「大丈夫っす。オイラ、いつも怒られてるから、もう、怒られ慣れてるっす。怒られることがあったらオイラが矢面に立つっす」


 なんかアットくんは、もう、怒られると思ってるらしい。

 言葉尻は頼もしいけど、頼もしくないような。

 それよか、いつも怒られてんだ。ちょい可哀想かも。

 やっぱ、サポーターってそんな存在なんだよな。

 世知辛い職業だよ。ホントにさ。

 おっとそれよりも、ミッシュさんに訪ねたいことがあったんだった。


「大丈夫、大丈夫、安心して任せてよ。それよりもさ、さっきの人がインテレッド様だったんだ。初対面だったから全然気づかなかったんだ。今回のクエストに参加してるって、そんな噂全然流れてなかったんだけど、何か聞いてる??」


 僕は仕事のことは取り敢えず横において。

 そんで、ミッシュさんに、今一番聞きたい話題を振った。


「亀さん、それ、今話すことじゃないでしょ?私達、あのインテレッド様に仕事を貰ったんですからね。ちゃんと仕事をやり遂げないと顔向け出来なくなってしまうよ。真面目に仕事しないと私、怒りますからね!!」


 うう、ほぼ初対面のミッシュさんから注意された。

 頬っぺたを膨らませた感じが、凄く新鮮に感じる。

 怒ったぷんぷんした顔もいい。ミッシュさんて彼氏いるのかな??

 いかん、いかん、しっかり仕事をしないとやばい。

 ミッシュさんに駄目男認定されてしまう。

 三行半みくだりはんを突きつけられそうになるのは、やっぱり避けたいな。


「御免、御免。ちゃんと仕事するからさ。終わったらちょっと色々話し、聞かせてくれるかな?」


 笑顔を見せて話しかけてみたら……。

 僕の話しを聞き終えたミッシュさんは、顔がちょっと火照った感じに見えて。


「えっ嘘っ……これってもしかして、遠まわしにデートのお誘いしてますぅ………」


 急になにやら、もじもじしだしたミッシュさん。

 どうも、意味合いを勘違いしてそうな予感がするけど。

 勘違いし易い性格なのかな?


「まあ、ちゃんとこの仕事をやり遂げるんだったら……私も少しくらいだったら……時間をつくってもいいですけど……」


 あれっ何この赤くなった表情、超可愛いんだけど。

 勘違いから舞い込んだチャンスっぽいけど。

 今彼女がいない僕からしたら、まさに舞い降りたラッキーチャンス。


「じゃあ、後で話そうか。え──っと、2人とも少し離れてくれないかな」


 成るく表情にでないように話せたかな?

 よ──し、終わったらミッシュさんと仲良くお話タイム。

 もう、さっさと終わらせるとしよう。


 僕の話したお願いを受けて離れていく2人の距離を見定めると、僕はおもむろにしゃがみ、地面に両手を付ける。


 次に地面に魔力を注ぎ込むと準備は整った。

 

真甲羅まなこうら


 僕は短いスキル言語を唱えた。

 すると、僕の両手から放射状に広がっていくように、泥で泥濘ぬかるだ地面は姿を変えていく。

 その地面は、魔力を注ぎ込んだ箇所が、甲羅状の硬い地盤に生まれ変わる。

 見た目は、規則正しい形状の深緑岩を敷き詰め、間に黒緑の線が入ったような仕上がり具合だ。

 硬化範囲は、見渡せる範囲がだいたい甲羅状の地盤に変えたように見える。

 もっと遠距離まで出来るけど、やりすぎても何だし、こんなもんだろう。

 僕の居る地面だけが明るい緑色になって見えるのは仕様がない。

 これは、僕の魔力に反応しているから。


 仕事をやり終えた僕は、その場から立ち上がると、地面を何度か硬い靴で蹴る。


 ──コン、コン、コン。


 よし、上出来だ。

 満足した僕は、2人のほうへと振り返る。

 2人とも呆けた顔をして、生まれ変わった地面を見ていた。


「どう、こんな感じになったけど、こんなのでいいかな?」


「何ですか?これ?行き成り変わりすぎて言葉を忘れてましたよ。目にはしてましたけど、何だか夢を見ていたような感じで、もう、ビックリです」


「凄いっす。一瞬で泥の地面が固くなって変わったっす」


「凄い魔法っす。一体どんな魔法使ったんっすか。オイラにも教えて欲しいっす」


「今のは魔法じゃないよ。僕のスキルだよ」


「凄いっす。そんなスキル、オイラも欲しかったっす」


「ほんとそうよね。地面が亀の甲羅のようになったのって、もしかして、レアスキルですか。あ─、だから渾名が亀さんなのね。兎に角凄いわ。こんな凄いスキルを持ってるのに、何で、冒険者のサポーター何てしてるんですか。亀さんのスキルだったら、土木関係に進んだほうが絶対にお金になるのに」


「ミッシュさんの言う通りで正解だよ。普段は土木関係の仕事で生計を立ててるんだ。でもさ、何の因果か、いつの間にやら、この迷宮に強制参加する羽目になったんだ」


 もしも、過去に戻れるなら──。

 ロリロリ受付嬢の笑顔に騙され、ノコノコと説明会場に付いていった僕を、後ろからぶん殴ってやりたい。


「それは、ホントにご愁傷様っす。」 

「てことは、玉の輿………私にも、ようやくチャンス到来かも……」


 ミッシュさんの独り言は丸聞こえだった。

 確かにお金には困ってないけど、その代わり使う時間がないんだよ。

 毎回、国が計画して造る国道に強制参加させられて、家に帰る暇がなくて。

 だから、自分好みの彼女をつくる暇もない。

 なんで、出会いを求めて、年に数回ある休みを使ってサポーターをするのが僕の趣味。

 可愛い女の子との出会いを探して、いつの日か、理想の彼女を見つけるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る