第5話 指示された作業を終えたら、さぼろうとする僕
──あれから、暫く時間が経過して……。
ようやく言われた仕事をやり遂げた。
僕は大きく声を出して、2人にねぎらいの言葉を掛けた。
「よ──し、終わった~。ミッシュさん、アットくん、お疲れ様」
「ふう、やっと終わったわね。結構疲れたわ。亀さん、アットくんお疲れ様」
「お疲れ様っす。オイラ、もう、クタクタっす」
大分僕も疲れた。
体力はあるほうだと思ってはいたけど、何のことはなかった。
僕も息が上がってヘトヘトだ。
動くのも面倒なくらい疲れ果てた。
もうどうでもいいやと、地面に大の字を描いて、倒れ込むように寝転んだ。
ミッシュさんとアットくん、2人とも、僕の真似をして地面に寝転ぶ。
アットくんが僕の左側、ミッシュさんが僕の右側。
ミッシュさんをどうしても意識してしまう
甲羅の地盤がひやっとして気持ちいい。
側にミッシュさんを意識して火照った身体には、この甲羅の冷たさが何より必要だと感じる。
「もう、いっぱい働いたって感じっす」
「仕事を終えた後に、こうして寝るのもいいですね。なんだか癒されます」
「もう無理、力尽きた。もう身体が動かないって。ミッシュさん、アットくん、このまましばらくの間でもいいから、目を瞑って休んでいてもいいかな?」
「うふふ、亀さんって、何だか思っていた通りの人ですね」
僕の横に寝っ転がるミッシュさんは、僕のほうに顔を向けて微笑む。
違うアングルから見るミッシュさんは、また、違った表情を見せて。
胸がキュンと疼く。ミッシュさんの茶色の瞳に引き込まれそう。
ドキドキした心を隠して、自然に振舞うように言葉を返す。
「ミッシュさんの話に何か聞き捨てならない言葉があったけど。ミッシュさんの中にある僕の人物像って、どんな風になってるの?気になるから話してほしいな」
自分の心の内を隠すように何とか言葉を話す僕。
ドキドキして胸が躍る。
自分が何を話しているか、全然理解できていないまま言葉を紡ぐ。
これはどうにも仕方がないと思う。
僕の横に、好みの女の子が寝てるんだから。
「亀さんが怒らないって約束してくれたら、話してもいいですよ」
「う─ん、どうしようかな~?ミッシュさんが笑顔を見せて話してくれたら、怒らないようにするよ。それでどうかな?」
顔が赤くなってしまう言葉だと思うけど。
これが今の僕が繰り出せる最大の恋愛攻撃の一撃だった。
「クスッ、じゃあ飛びっきりの笑顔で話そうかな。ちゃんと聞いて下さいね」
ミッシュさんが微笑みながら、話そうとすると。
そこにやっぱり待ったが入る。
「ちょっと待って欲しいっす。この空気は嫌っす。ピンク色の世界に作るのは駄目っす。2人だけの世界に入るのは、止めて欲しいっす。見ていられないっす。オイラも話の仲間に入れて欲しいっす」
アットくんの言い分はもっともだ。
ここは大人しく引き下がろう。
でも、このまま引き下がるのも勿体無いな。
「御免って、アットくん。じゃあさ3人とも、それぞれお互いに感じたことを言い合おうか」
ここはアットくんも仲間に引き込むかたちで計画続行。
「それ、面白そうっす。やりたいっす。仲間に入れて欲しいっす。あれ……でも誰から話すっすか?」
よし、釣れた。本命を狙うには、しっかり捕まえとかないとね。
「そこは、じゃんけんで決めようか。文句なしの一回勝負で。もちろん、ミッシュさんも入れて3人でだよ」
僕の当初の計画──ミッシュさんと仲良くなりたい。
臆病な僕に、行き成り彼女はしようとするには、敷居が高すぎる。
まずはお友達からスタート出来るように頑張ろう。
「わかったわ。でもどうせなら、勝ち続ければ何も話さなくてもいいってルールも追加したら、面白くなりそうですけど、どうかしら?」
ミッシュさんも何だか乗り気だ。
「よし、ミッシュさんのルールを採用。他にルールの追加があれば今だったら受け付けるよ。アットくんからも、何かルールの追加してほしい箇所はないかな?」
「まずは、質問っす。じゃんけんに負け続けたら、話すことが無くなるっすけど、そこはどうするっすか?」
おっと、これは思っていたよりもいい質問だった。
こう、答えたら、どうだろう。
「そうなったら、自分の失敗談を話していくことにしようか」
「オイラ、失敗談沢山あるっす。どうすれば良かったとか、出来れば助言して欲しいっす」
「はい、アットくんのルールも採用。じゃあ、最後に僕から1つ提案があるんだけど、聞いてくれる?」
さてと、ここで僕の出番。上手く丸め込まないと。
「いいわよ。言ってみて」
「大丈夫、聞くっす」
「僕の提案はゲームをする場所に関してだよ。この場所だと騒ぎすぎたら、遊んでるのばれて怒られると思うんだ。だからさ、遊んでるのがばれにくいテントの中に入って、暖かい料理とか、甘いお菓子でも食べながら、ゆっくりこのゲームを楽しもうよ」
必殺料理で釣ろう作戦。これで本命を釣り上げよう。
大丈夫。迷宮の中に篭って暮らすと、どうしても保存食になる。
これは、誰しもが掛かり易い罠。
暖かい料理の魅力に逆らえる人間は少ないと踏んだ攻撃だ。
「お菓子ですか、なかなか亀さんって悪知恵働きますね。今日はこれ以上体を動かしたくない気分ですし、お菓子はやっぱり魅力的ですからね、今回は亀さんの提案に素直に従いましょうか」
よし、計画成功。
ミッシュさんの嬉しそうな笑顔が垣間見れた。
「オイラも賛成っす。どうせサボるなら、ちゃんとサボるっす」
そんな感じで話が纏まった僕等は完成したテントに入っていき、それぞれが寛ぐ姿勢をとってから、ゲームが開始された。
じゃんけんに負けて最初に話すのは、僕の予想した通り、アットくんだった。
僕達はそんな風に息抜きを兼ねて色々話し合う。
お菓子や食べ物は、僕のアイテムボックスの中から差し出した。
食べ物では、鶏肉の煮込み料理、腸詰とお野菜のスープ、野菜とお肉の炒め物なんかを寸胴ごと、アイテムボックスから取り出すと、取り皿によそってあげる。
お菓子は甘めのケーキとか、アップルパイを並べて置く。
僕のアイテムボックスは、時間停止付きだから、そんなアツアツの料理を沢山並べて上げると──。
2人とも目の色を変えて、僕の差し出した食べ物を食べていく。
多分サポーターには、あまりよい食事が与えられないんだろう。
初めの内は、ゲームそっちのけで、
「うわ~、久しぶりのお野菜っす。飲み物も美味しいっす。生き返るっす」
「本当ね。私達はここに1ヶ月はいるから、地上の食べ物なんて久しぶりなんです」
「ここじゃ、食べ物もしっかり管理されてるから」
「いつも干し肉とチーズだけじゃ、いい加減、舌が馬鹿になりそうだったんですから」
「本当っす」
「こんなに暖かくて、美味しい料理が迷宮内で味わえるなんて思わなかった」
「これも亀さんのお陰ね。本当にありがとう」
ミッシュさんからの、初ありがとうを戴きました。
嬉しいな。この調子で少しずつ攻略していこう。
「ミッシュさん、このトロトロの鳥の煮込み料理、凄く美味しいっす。食べてみるっす」
「どれどれ、うわ~、鶏肉の旨みが溢れてる~。美味しい」
「なんなら、もう少し他の料理もあるけど、食べてみる?」
「え──、いいんですか。食べてみたいです。お願いしてもいいですか?」
「欲しいっす。食べたいっす。お願いするっす」
「じゃあ、次は魚料理でもだそうか。アルグ魚のマリネ風サラダと、フォルト魚のワイン煮込みなんてどうかな?」
僕はアイテムボックスから新しい料理を出していく。
今回の料理は、ちょっとお高い料理にしてみた。
「うわ~、凄いっす。お貴族様みたいな料理が出てきたっす」
反応は上々みたいだ。アットくんの笑顔も可愛いね。
「美味しそう、お皿も豪華で、見た目から違いますね。こんな場所でお貴族様みたいな料理が食べられるなんて、思ってもみませんでした」
「ミッシュさんとアットくんの嬉しそうな顔を見てると、僕も幸せをわけてもらえたような気分に浸れて嬉しいよ」
「料理を食べ終わったら、食後のデザートとして、アイスクリームも出したげるからね」
「あ─、もう夢のようです」
「オイラも夢じゃないかと思ってしまうっす」
「夢じゃないから、ゆっくり味わって食べたほうがいいよ。急いで食べたら直ぐにお腹が一杯になるからね」
「2人ともゲームよりも食べるのに夢中そうだから、食べ終わって落ち着いてからゲームしようか」
「そうして貰えると嬉しいっす」
「ごめんなさいね。食べ終わったら、亀さんの知りたい情報しっかり話すから、ちょっとだけ待っててね」
そんな話をしながら、2人は目を細めた至福の表情を浮かべ、料理を美味しそうに食べていた。
とてもここが迷宮の最前線とは思えないくらいの、落ち着いた和やかな時間が過ぎていく。
少しの間2人を見つめていたけど、邪魔しちゃわるいからと、少し離れた場所に腰を下ろすと、思いに耽ることにした。
まあ、結局2人を巻き込んでさぼってるんだけど、言われた通りにテントを張り終える作業をやり遂げたから、少しぐらい休んでいても、誰も文句は言わないと思う。
僕達3人は協力し合い、無事に10張りのテントを張り終え、テントの中に衣類の設置もやり終えたからね。
ミッシュさんの情報によれば、だいたい、これくらいのテントがあればいいそうだ。
ミッシュさんは作業を開始する前にこう言っていたからさ……。
僕はその時のミッシュさんの音声と映像を、心の恋愛区画から引っ張りだすと、それを脳裏で再生した。
「最新部に到着したパーティは、今日は5組って聞いてますよ。男女に分けて余裕を持たせたとしても10張り分ぐらいでいいと思います。毎日補充パーティが到着しますけど、多く見積もっても3組ってところですし。今日の5組は特別多い日でした。余りこんな日はないですから、多分、それくらいで大丈夫だと思いますよ」
その言葉を信じれば、最深部にたどり着いた冒険者が来ても、暫くは持ちそうだ。
この提案を採用して、その数のテントを張り終えたという事になる。
思っていたよりも作業時間はそんなに掛かっていないと思う。
それは、2人のサポーターが、見た目よりもずっと優秀だったこともあって、時間を大幅に短縮することができたんだ。
何だかんだと思いつつ、2人を大分舐めてたよ。
ミッシュさんの指示だしは的確だったし、アットくんの動きが早いのなんの。
思わずアットくんの動きに目を奪われてしまった。
やっぱサポーターの年季が違うと実感したよ。
僕みたいは片手間にサポーターをする人間とは、仕事の効率が全然違ったね。
すこし、落ち込みそうになったけど、そこは、ミッシュさんの気配りが光って。
ミッシュさんから「地盤がしっかりしてるから、仕事が
まあ、ぶっちゃけ、本来の僕の能力を出せば、どうという事はない作業なんだけど。
多分、こんな作業は直ぐに終わってしまうだろう。
10張りのテント張りぐらいだったら、多分、1分も掛からないと思う。
だけど、敢えてその能力は使わなかった。
今回の作業では、地盤を固めるときには、スキルを使って見せたけど、これまでの作業時間中に使ったのは、精々、ロープを引っ掛ける突起を新たに地面に作る時ぐらいにしか使わないようにした。
そもそも僕の真甲羅スキルを応用すれば、テントを建てる必要もないんだ。
円状に膨らむような構造をした、小さな甲羅の洞窟を作ればいいだけだからね。
でも、その手は使わないで取っておく。
自分の力を過信して使いまくるのは、愚の骨頂。
冒険者の取って置きは、本来見せないから取って置きなんだ。
それを見せびらかすと後で実力以上のクエストに巻き込まれて、帰らぬ人になるなんて話はザラに聞く。
だからそのジンクスに逆らう上でも、必要以上の規模のスキルは使わないようにしてる。
今回の地盤の改良については、インテレッド様に僕のどん亀という渾名とスキルの一部がバレてそうだったから、不自然に思われないように使ったけど、本来の僕からしたら、これでも大分やらかした部類に入る。
今日はこれ以上目立つ行為は
なので、ここで時間を潰してから頃合を見て、終了報告すればいいと思う。
次は3人で作業をしながら、2人から聞き取った情報を精査する。
まずは、2人から聞いて初めて知ったこと。
それを上げ連ねていこう。
クエストの達成状況は、30%程度。
現場には各国から数名の聖女が派遣されている。
聖女達は、神殿関係者として一塊に集まり、安全地帯に留め置かれている。
聖女達の名前などの情報は流れていないようだ。
勇者はいない??
いるかどうかもまったく情報が流れてないようで、どうやら極秘扱いのようだ。
極秘扱いされるほどだから、おそらくもう死んでいるか、もしくは負傷していそうだ。
SS級冒険者数名いるが、SSS級冒険者はクエストに参加していない。
SSS級冒険者がクエストに参戦するとの噂が密かに流れているらしい。
アスフィール神聖王国から派遣された神聖騎士団50名弱とアスフィール大神殿から派遣された聖堂騎士団50名弱がクエスト参加したが、前回の戦闘で生存者が半数を切った。
他国の連合騎士団も参戦しているが、かなりの人員が亡くなっている。
いまだ黒龍王の討伐には至っていない。
黒龍王のレベルは不明。鑑定も解析も無効となるらしい。
特にこれといった致命傷も与えれていないという。
何回か黒龍王にアタックを仕掛けているらしいが、全て返り討ちにあっているらしい。
だいたいこんなような話を聞いたけど。
この話の中で一番注目したのは聖女が派遣され、この場に来ているという話に興味を惹かれた。
興味を惹かれたというのは、正しくはそうだけど、若干ニュアンスが違っているかも。
先に訂正しておくよ。
正しく自分の気持ちを言葉にすれば、どちらかというと心配していると言ったほうが正しいかもしれない。
何故かというと、僕の知り合いにも聖女にいるから。
小さい頃にいつも一緒に遊んでいた知り合いが聖女になって神殿にいるんだけど、その子がもしもこの場に来てたらと思うと心配する気持ちが抑えられなくなる。
僕が生まれて今も暮らす国──アスフィール神聖王国の王都にいる聖女。名前はエルシア=リア=ラスカレイン。
幼いころから一緒に遊んだ幼馴染なんだけど、彼女がここにいないことを心から祈るよ。
僕が考え事をしていたら、料理を食べ終え満足な表情を浮かべたミッシュさんから声が掛けられた。
「亀さん、どうしたんですか。何だか遠い目をしてましたよ」
「いや、ちょっと考え事をしてたんだよ」
「2人とも食べ終えたみたいだから、デザートのアイスを食べながら、ゲームでも再開しようか」
「そうですね。もうこうなったら、とことん遊び尽くしましょう」
「こんな機会なんて、ここでは、もう二度と味わえませんから」
「そうっす。今日は特別な日っすから、特別に遊んでも大丈夫っす」
こうして、僕たちは3人で様々な話をして、心ゆくまで楽しんだ。
僕を含めて3人とも、ここが迷宮だという事実を忘れたかのように、笑いで満たされた空間でお互いの心の傷を舐め合い支え合い、そして、寄り添い合った。
僕にとっては、とても素敵で有意義な時間だったと思う。
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