第19話 ダンスレッスンを受け、休憩時間に話しあった僕 ①

「最初はゆっくりでいいですから、慌てずに……」


 ルカテリーナ様の優しい声が僕の耳に届く。

 先生の仮面を被ったその姿は、青い衣装を纏った天女のように優雅に舞う。

 その姿に見蕩れた僕は、彼女から目を離すことができない。


 何故ダンスレッスンをしなければいけないのか、問いただしたい気持ちもあるけれど、ルカテリーナ様と踊ってみたいという欲求のほうが圧倒的にまさったから、そのまま思惑に乗って彼女のリードに身を任せていく。


 貴族の祝い事が近々あって、どうせその祝い事に出席させられるんだろうなぁ、と簡単に予想がつくけど、それを聞いたら今の時間が味気ない退屈な時間に早変わりしそうだから、気づいていないという風に今は装っている。


 多分話せる段階まで達してないから、敢えて今は言わないのだろうと自分勝手に推測する。


 それかもしかしたら、初めて2人で踊るダンスだから、そういう野暮やぼなことは抜きにして踊ってみたいのかもしれない。


 後者だったら嬉しいけど……実際のところはどう思ってるんだろう。

 何はともあれ、折角親密になる機会を準備してくれたんだから、その時間を有効に利用してみよう。


「殆ど踊ってなかったと聞き及んでいましたが、基礎はしっかりしているようですわね」


「そうですか。なら良かった」


 ダンスというのはステップという一連の動作から始まる。

 その色々なステップを組み合わせて踊るのが一般的で、ステップをしっかり覚えないと踊れないから、宮廷ダンスは凝り固まった面倒臭い踊りだと思う。

 基本的なステップはナチュラルターン、クローズドチェンジ、リバースターンの3つ。

 基本的なステップだったら覚えている。

 他にも簡単なステップだけだったら、小さい頃に学んでいた。


「それでは、ほかのステップも取り入れて踊ってみましょうか」

「はい、ルーナ先生」


 脳の片隅に追いやった小さい頃に習ったダンスの思い出を必死に思い起こし、苦手だったステップを取り入れると、フラフラとよろめいてしまうが、何とか踊ってみる。


 当然のことだが、新しいステップを習ってからは失敗続き。

 ステップが何度も空回りして恥ずかしい思いをする。

 まあ、成人してから殆ど踊ったことがないし、実家でのダンスレッスンはよく逃げ回っていた記憶があるから、上手くいかないのは当然といえば当然の事かもしれない。

 

 やはり思っていた通り、何度も指導を受けたが、気持ちの篭った指導だったのもあって、辛さは全然感じなかった。


 というか、僕的には最高の指導方法だと思うし、よく考えついたなと正直感心した。

 それは──。

 ステップをミスってもハグして「次は成功しましょうね」と軽めのキス。

 ステップを成功したらハグして「大変よく出来ましたわ」と濃厚なキス。

 ダンスと同時に性教育も実地で学んでいく方式だ。

 童貞男子には、まさに打って付けの教育方針で、怠ける気持ちは全然起きない。

 こんな指導だったら幾らでもダンスに付き合える。

 寧ろ、指導の後のキスが楽しみだったから、ミスっても諦めずに何度もトライした。

 暫く色々なステップを教わっていく内に、段々動きがスムーズになっていく。

 自分でも上手く踊れるようになってきたんじゃないかと思えてきた。

 成功のキスは報酬としては格別なご馳走だったからね。

 そのキスをして貰う為に真剣に踊ってたら、どんどん踊れるようになってきた。

 曲調に合わせて教えられた通りにステップを踏み、呼吸を合わせて軽やかに踊るルカテリーナ様に必死にくらいついていく。


「どう?上手くできてるかな?」

「──上手ですわ。でもまだまだ初級レベルですからね。では次はこのステップを教えますわ。まずはわたくしが見本を見せますわね」


 宮廷ダンスは歴史が古い。聞いた話によるとステップだけで100通り近くもあるそうだ。

 それを1つづつ親切丁寧に教えてもらった。

 どうやら、僕はダンスの飲み込みがとても早いらしい。

 褒められ慣れてないから、褒められるにつれてどんどん調子が上がっていく。


「最初とは見違えるほど、お上手になりましたわ。クロウル様は運動神経が随分よかったんですね」


 褒められたら嬉しいのは誰もが同じ。

 それにここまで上達できたのは、ルカテリーナ様の指導方法が良かったからに他ならない。


「ルーナ先生こそ、人に教えるのが上手ですよね」

「うふふ……褒められたら嬉しくなりました。お返しにキスのプレゼントを差し上げますわ」


 その言葉を言い終えると、また濃厚なキスをしあう。

 魔力注入はしない。それをすると今の幸せ空間がエロ空間に変わってしまうから。

 初々しく密着し合うのが2人の心が溶け合うみたいで、こっちのほうが気持ちいい。

 でも……。


「ダンスの練習するか、キスの練習をするか、そろそろどっちかにしましょうよ」

「嫌ですわ。どっちも練習するんです」

「じゃあ、どっちも満足させるように頑張ります」


 そう言い終えたら、今度は僕の方からキスをする。

 舌と舌が絡み合い、もつれ合い、結びつく。唇を何度も重ね合う。

 優しくなったり、激しくなったり、流れる音楽に合わせて僕らのキスの情緒も変化する。


「......チュパッ......ふう、キスも大分お上手になってきましたわ。では、このステップを一緒にやってみましょうか」

「はい、ルーナ先生」


 色々なステップを組み合わせて踊るのが、なんだか楽しくなってきた。

 

「ダンスって結構楽しかったんですね」

「えぇ、わたくしも夢想していたお相手と、ようやく踊れて楽しいですわ」


 夢想って僕のことだよね?

 それっていつからの夢想なんだろうか。

 疑問はつきないが今はダンスレッスンの最中。

 休憩中にでもそれとなく聞いてみよう。


「クロウル様、よそ見は駄目ですわ......チュッ♡」

「ごめん、ルーナ先生......チュッ♡」

 

 それからは、難しいステップを取り入れたダンスを踊りきろうと、2人して時間を忘れて汗を流し踊り続けた。

 

 ずっと側に寄り添う感じが、なんだか2人の距離をどんどん縮まるように思えてきて、息がピッタリあって踊りきった時には、心地いい達成感が得られた。


 時間が許す限り、踊ってお互いの距離を縮めていく。


 予め振り付けされた中級レベルのダンスを完璧に踊りきり、それを2人で喜びあって、そんな時に見せるルカテリーナ様の溢れるほどの笑顔に心奪われてしまう。


 ──楽しい。もっと踊りたい。


 こんなに楽しいんだったら、小さい時にもっと真面目にダンスのレッスンを受けていたらと、少しだけ後悔の念を抱いた。


 踊り疲れたら、テーブル席のソファーに座って、イチャイチャしあい幸せな時を過ごす。


「クロウル様、お口を開けてくださいませ。あーんですわ」


 指までしゃぶるようにするのは、当然のお約束。

 こんな風に食べ物を手掴みで食べさせあったり。

 

「美味しいよ、このワイン。飲ませてあげようか?」

「お口移しがいいですわ」

「いいよ。目をつむって」


 こんな風にワインも口移しで飲ませあったり。

 ルカテリーナ様の顔も大分赤くなってきたようだ。

 僕も大分酔ってきた。

 2人してワインを沢山飲んだからね。大体2本は2人で飲んだと思う。

 そして、初々しいカップルのように何度もキスし合う。

 こんなに気持ちいいキスを沢山してもらえるなら、奴隷になってもいいとさえ思えてしまう。

 もう僕は、ルカテリーナ様のキスのとりこになったのかもしれない。

 ご令嬢達がという敬称をつけて呼ぶ気持ちも、今じゃあよーく理解できるよ。

 

 何気ない会話にも心が弾む。


「クロウル様って私と逢った記憶って覚えてます?」


 色々と話をしていたら、ルカテリーナ様のほうから切り出してきた。


「......えっと、僕達って初対面だったはずじゃなかったっけ」

 

「いいえ、違いますわ。クロウル様ってわたくしを助けた記憶、覚えてませんわね」


「う…うん。忘れてるっていうか、ルーナ先生みないな美人な子を助けた記憶がないから、多分何か絡繰からくりがあるんじゃないかと思ってはいたけど……」


「美人ですか。嬉しいことをいいますね。今回はそれに免じて許してさしあげますわ」


「ありがと、ルーナ先生......チュッ」


「お返しです......チュッ♡レロレロ」


「チュパッ……実は、知らないのも当然ですわ。わたくし、魔道具で姿を変えてましたから」


「やっぱり……そうだよね。公爵令嬢が助けを求める状況が想像できなかったから」


「あれっ……そうなると……僕のずっと近くにいたとか言わないよね......チュッ」


「うふふ、実は私達……小さい頃からよく一緒に遊んでましたのよ......チュッ♡レロレロ」


「チュパッ......嘘っ......じゃ~なさそうだよね......チュッ♡」


「ええ、今更嘘はつきませんわ......チュッ♡チュッ♡......打ち明ける時が訪れて良かったですわ。ようやく今まで抱えていた肩の荷が下ろせそうです」


 そう言うとルカテリーナ様は、キスの合間に、今まで内緒にいていたことを打ち明けてくれた。


「今まで黙っていましたけど、わたくしはエルシアの姉のアリシアをずっと演じてましたの」


 そう言い終えると、魔道具を起動した光がルカテリーナ様を包み込み、光が晴れると目の前にその人が現れた。


 変化したその人は、小さい頃の面影をのこした──アリシア姉さん。

 ルカテリーナ様が……アリシア姉さん?

 幼馴染だったエルシアのお姉さんがいきなり目の前に現れて動転してしまった。


「……えっ……アリシア姉さん?」

「そう、今まで騙しててごめんね。クロウ。実わね……」


 僕の幼馴染だったエルシアの姉として、幼い頃に紹介されたアリシア姉さんが、実は姉ではなくて、魔道具で姿を変えたルカテリーナ様だったという。


 アリシアさんはエルシアを少し大きくした見た目だったんだけど、目の前にいるアリシア姉さんは、ネックレスとして身につけた魔道具の効果でそう映るそうで、実際に話した声のトーンも全然違って聴こえている。


 セシリアは伯爵家のご令嬢で、聖属性魔力値が高かったから神殿から役目を押し付けられ聖女になったんだけど、幼い頃は、社交シーズンである冬から春先にかけて、毎日のように王都のシルベスタ伯爵家にきては、一緒に鬼ごっことか隠れんぼをしてたりして遊んでいたんだ。


 因みにセシリアは僕の初恋相手。

 幼い頃に大人になったら結婚しようと約束しあった仲。

 だけど、今のセシリアは、大国の民衆から崇め奉られる聖女様の1人。

 聖女様ともなると、この国の王子様との結婚も視野に入る雲の上の存在になってしまい、幼い頃の子供の約束なんか、最初から無かったも同然の扱いになった。


 噂では第5王子と婚約したという話を耳にしていた。

 そう、僕の初恋は辛くも敗れ去ったという訳なんだ。

 だから、もう破れかぶれになって無茶しようと計画を立てていたんだけど。

 巡り巡ってセシリアと瓜2つだったアリシア姉さんが、僕の目の前に現れた。

 幼い頃、王都の屋敷にいる時は、姉のアリシア姉さんも、毎回セシリアと一緒に遊びに来てたのは覚えているけど、ルカテリーナ様はオスカ義母さんからも紹介された事はなく、ルカテリーナ様と小さい頃から一緒に遊んでいただなんて、僕には一切知らされてなかった。

 

 今語られた真実によると、もうその頃からルカテリーナ様の許婚候補に僕の名前が挙がっていたようで、僕の人間性を間近で見たり、2人の相性を大人達が図ろうと、水面下での工作が始まっていたそうだ。


 確かにエルシアとアリシア姉さんと街に繰り出したときとか、2人が護衛を伴った馬車で移動している時とかに、何度か命を狙った危険な目に遭いそうになっていて、その時に結果的に何度か助けたことがある。


 ルカテリーナ様がアリシア姉さんだと打ち明けられたら、小さい頃にいつも楽しく遊んで駆けずり回った情景が頭に次々と浮かび、もっと親近感が湧いてきた。


「まさかアリシア姉さんがルーナ先生だとは思わなかったよ」

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