第20話 ルテカリーナ視点 過去の出来事
首飾りの中央にある水晶石に魔力を込めたから、今の私の姿はアリシアになっている。
首飾りの名称は──
このアリシアの姿はクロウの初恋の相手──エルシアの姿を真似た外見に変身できるのよ。
中央についた水晶石は親友からの大切な贈り物。
何故、そんな物を持っているのかと思うでしょうね。
理由は公爵令嬢じゃない自分になりたくて、自由な居場所が欲しかったから。
そう、幼い頃は毎日そればかり考えていたわ。
あの頃は、まだ学校にいく年じゃないから、周りに友達もいないし。
学校に通うまでに、全ての授業内容を前もって一通り教わる為にカリキュラムが組まれ。
毎日が
でも、神様ってちゃんと見ててくれるものなのね。
私の願いを聞き届けてくれて、しっかり叶えてくれたもの。
あれは、幼い頃の思い出だったわね。
今じゃぁ、私の大事な心の宝物。
片時も忘れられない素敵な思い出。
◆◇◆◇◆◇◆
──そう、あれは私が7歳の時だったかしら。
「ルーナお嬢様、次は宮廷作法のお勉強ですよ」
ご令嬢の言葉遣いに始まり、身だしなみ、立ち振る舞い、お茶会の作法を学ぶ。
それが毎日休みなく続く。
「よく出来ました。明日はお手紙の書き方をお教え致しますわ」
「えぇ、わかったわ」
やっと作法の時間が終わったと安心する間もなく、次の家庭教師が待っていた。
「ルーナお嬢様、次は歴史のお勉強ですよ」
幼い頃から、気づけば毎日お稽古事をして1日を過ごす。
朝から晩まで決められたカリキュラムをこなす日々。
決められた毎日。規則正しい日常。自由時間は唯一就寝前のほんの僅かな時間。
息が詰まる。重苦しい。
自室を彩る煌びやかな調度品や絵画も私の心を圧迫し、心安らぐ部屋とは言い難い。
内心では、豪華な屋敷は牢獄に思え、いつも逃げ出したい想いで一杯だった。
貴族の娘という環境下で生活する内に、辛い目にあっても内心を隠す事が貴族令嬢の
つい暇が出来ると
自由に飛びまわる野鳥の姿に憧れて。
──それが毎日の日課だった。
食事の席につくと、遅れて2人の姉が座り、最後にお父様が席につく。
そこが家族の限られた
この食卓を囲むテーブルに座れるのは、ちゃんと毎日ローテーションが決まっていて、今日お父様とお食事する家族は私達3人とお父様だけ。
因みに私の兄弟姉妹は、成人前だと総勢15人。成人後も含めると25人。
お母様は10人もいて名前を覚えるのも一苦労している。
お父様──バストーワ=ルーダ=ラージベルト公爵からは、
「ルーナ、よく勉強を頑張っているそうじゃないか。もう社交界のお披露目も問題なさそうだと報告を受けている。この調子で頑張りなさい」
「はい、お父様」
「ヒメリアとシンディもルーナに負けないように励みなさい」
ヒメリア姉様──ヒメルトリキア=アレイ=ラージベルトは私の7つ上の歳。
シンディ姉様──シンディリアナ=リンス=ラージベルトは私の5つ上の歳。
私達3人はそれぞれ、違うお母様のお腹から生まれている。
まだ他にも兄弟姉妹といるけど、大家族だからそれぞれの部屋で食事をとったり、家族間で食卓を囲んで交流を図っているみたいよ。全員が揃って食事をするのは年に数回だけ。
私と面識のある3人の兄様は、いつも3人揃って別の部屋でお食事をしているみたいね。
「はいはい、お父様っていつも会うたびに勉強勉強と、そればっかり口にしますけど、他の話題はないのかしら」
「そうですわ。わたくし達にも、お兄様達と相談なさるように政治の話を聞かせてくださいませんか」
「貴族の女性が政治に口出しするのは、あまり感心できないな。女性の噂ずきにはほとほと手を焼いているからな、尚の事、あまり口にしたくないんだが……」
「話題よ。別に詳しく話してなんて言わないわ」
お父様と姉様達が食事の席で真面目な政治談義を話し始める。
お父様の教育方針なのか、公爵家では女性達にも政治の話題がよく持ち上がって話される。
他の家では、こうは上手くいかないらしい。
政治の世界に女性はしゃしゃり出るなという風習が色濃く残っているそうだ。
まだ幼い私には何を話しているか、全く解らなかったけど。
真剣になって話をするお姉様達を見ながら食事をするのが、これまた私の日常風景だったわね。
「ルーナ、今日は一緒に舞踏会にいく約束をしていただろ。どのドレスを着ていくのか決めたのかい」
「まだよ。お父様」
「ソリア、どのドレスを着ていけばいいかしら」
側に控える専属メイドのソニアに話を振る。
「注文していた青いレースのドレスが届きましたわ。そのドレスは大変お似合いでしたから、新しいドレスを着ていかれたら、いかがでしょうか」
「では、新しいドレスを着ていくわ」
「はい、では用意致します」
幼い頃の私は、両親に共に馬車に乗せられると、よく舞踏会の席上で見世物にされていたわ。
舞踏会は華やかな場ではあるんだけど、私は好きにはなれないわ。
私の目には豪華な服をきた大人達の自慢話の場にしか思えなかったから。
しかも、お父様がいうには、誰もが嘘で塗り固めた自慢話をしているそうよ。
何だか滑稽ね。大人って馬鹿なのかしら。
まあ、いいわ。今日も立派にお人形を演じてあげる。
お父様の周りには、いつも大人達がひっきりなしに挨拶に訪れる。
私はその都度に引っ張り出され、両手でスカートの裾を軽く持ち上げるカーテシーの姿勢で挨拶させられた。
「初めまして、ルカテリーナ=ラウ=ラージベルトと申します。どうぞお見知りおきを」
「何とも礼儀正しいお子様だ。私達の長男の許婚になってくれないものだろうか」
「公爵家のご令嬢はやはり、教育が行き届いておりますわね」
「このまま健やかにお育ちなされば、王族に嫁ぐこともありうるのではないか」
「できれば他国の王族に嫁いでほしいものだ。そうすれば他国と国交が開けるからな」
貴族である大人達の品定めしている声が、嫌が応にも耳に入ってきて気持ち悪い。
ねちっこく撫で回すように見つけてくる大人達の視線も気づかないように装うと、笑顔の仮面を被って質問に答えていく。
ああ、最悪。
ずっとこんな場所にいたら吐き気がしてくるわ。
当時はそんな場所に居続けるのが嫌でしょうがなかったから、貴族の幼い子供達が預けられる子供部屋に魅力を感じたの。
「ねーぇ、お父様、私、大人の話を聞いててもつまらないわ。だから、お父様が迎えに来るまで、子供部屋で待っててもいいかしら。子供達で集まる社交も経験してみたいし、同じぐらいの子達と仲良くしたいの。いいでしょ。お父様」
両親に頼み込んだら、次の舞踏会からは子供部屋に預けられることになって、その時寂しそうにしてたエルシアに声を掛けたのが、私とエルシアの初めての出会いになるわね。
小さな整った顔立ち。光沢のある長くて美しい銀髪。
私を魅了した大きな金色の瞳。
そして、傷一つない艶がある白い柔肌。
精霊の子供と言われても信じてしまうでしょうね。
あの子を目の前にしては。
私は寂しそうにしているエルシアに声を掛けたわ。
「貴女、暇そうね」
「うん。暇だよ~」
「私も暇なのよ。暇人同士、同じ席についてもいいかしら」
「いいよ。じゃあ、ここに座って。何か面白い話しを聞かせてくれたら嬉しいな」
「では、お互いに面白い話しを言い合いましょうか」
「それって、なんだか面白そうかも。それじゃあ、まずは私から話そうか。ん~んとね……」
エルシアは何でも自分のことを話してくれ、私のことも気に掛けてくれる優しい子だった。
やがて私達は両親達の計らいで一緒にお稽古事をするようになって、それから心を許せる親友といえる間柄になっていったわ。
自由になれる居場所がほしいと愚痴をいったら、エルシアは次の日には私の居場所を作ってくれた。
「ルーナの願いを叶えたいと思ったら、こんなの出来ちゃった」
何て事のないように話すエルシア。
いつものようにお茶会をしていたら、綺麗な水晶石をテーブルの上に無造作に置いて、
「これを使えばルーナは別人になれるよ」
と言うと水晶石の使い方を嬉嬉として話し出した。
言われた通りに魔力をそそぎ、雁字搦めにされた鎖が解けるようにイメージしてみると。
私の身体が光りだして、驚いている内に光が収まったら……なんだか、変な気分でフラフラする。
エルシアが手鏡を差し出してくれて、それをみると。
鏡に現れたのは……別人。
息苦しい自分の身体じゃない。鏡に映ったのは新しい自分の身体。
嬉しさのあまり自然に流れる涙をそのままに、鏡に映る自分を隅々まで観察する。
見慣れた水色の髪は銀色に変わり、顔形や瞳の色も変わってる。
その容姿は隣でニヤニヤしてる親友に瓜二つ。
エヘヘと笑みを浮かべるエルシアそっくりの容姿に変化してしまい、思わず唖然とする私。
「へー、ルーナが魔力を込めるとちょっと背が高くなるんだね。そうだ、今日からその石で変身してる時は私のお姉ちゃんになってよ。私、ず~っと、お姉ちゃんが欲しかったんだ~」
そう、何でもないことのように話すエルシアに、私は無意識に崇高の眼差しで見つめ、初めてできた同性の親友に生まれて初めて心酔した。
ドキドキする。こんな感情は初めてよ。
エルシアの目を見つめるのが、とっても気恥ずかしいわ。
何故そんな感情を抱いてしまったのかは、神のみぞ知るってところかしら。
この感情が一目惚れという恋心なんだと気づくと、私はどうしたらいいか分からなくて、ドキドキした感情を覆い隠す。親友相手に恋心を抱くなんて、なんて罪深い事なのかしら……。
そして、咄嗟に……。
「これ、どうしたのよ。わけわかんない。魔法陣も描かれてないのに……どんな原理なの!魔法陣は!ルーンは!何処の商人から買ったもの!!」
そう言って言い繕い、何とか心に抱く罪深い感情を覆い隠したわ。
普通の魔道具だったら、魔法陣やルーンが刻印されているのが当たり前。そうしないと魔法が発動しないのに、この水晶は綺麗なままで、傷一つない。普通ならこんな風に魔法が発動しないはずなのに。
好奇心に負けたように演じた私は、色々聞き出そうと詰め寄って、質問攻めにした。
エルシアは、ほんわかした様子のままで、
「う~ん、この石に願いを込めたらこうなったの。原理なんて言われても、そんな難しい言葉の意味なんてわかんないよ」
「これルーナにあげるから。これ使って色々遊ぼっか」
この頃からエルシアは、願いを叶える力を無意識に使っていて、この力がのちに聖女となる原因になろうとは、その時は、全然思いもよらなかったわ。
◆◇◆◇◆◇◆
夢にまでみた贈り物をされてから1年が経った。
私はこの水晶石の力を使って、エルシアの姉──アリシアを演じるようになった。
冬の社交シーズンには、エルシアは決まってシルベスタ伯爵家に遊びにいくのが日課で、私も姉という立場を利用して一緒に付いていった。
シルベスタ伯爵家にはエルシアと同じ歳のクロウがいて、クロウともお友達になったから遊びに行きたいと頼んだら、お父様は最初は渋面になってとっても怖かったけど。
だけど、素行調査が済んだあたりから、クロウの能力を常日頃から観察して、解ったことを全部報告することを条件に許可されるようになったんだ。
私の内心では、いうまでもなくエルシアが1番大好きで、2番目に好きなのがクロウだったけど、どちらも私の大切な親友なのは、変わりはなかったわ。
「今日は何して遊ぶつもり」
馬車の中で揺られてながら、エルシアと隣り合う椅子に座った私が聞くと、
「やっぱり、勇者魔王ごっこがいいなぁ。クロウに助けてもらう時って嬉しいもん」
こんな風に笑顔で答えるエルシアだったけど、それは暗に私に魔王役をやれって言ってるようなもの。
「はいはい、お姫様の為に、今日も最強の魔王が立ちはだかってあげるわよ」
「それで、魔王に助けられた聖女様と勇者のラブシーン、今日こそしっかりしなさいよ」
「無理よ。クロウとキスなんて。恥ずかしいじゃない」
「それなら、クロウとしっかりキスできるように、お姉ちゃんと一緒にお勉強しましょうか」
「はい、先生。お願いします」
そういうのを待っていた私は、エルシアを優しく押し倒すと、情熱的なキスをする。
これは聞き分けのいい子になるように、1年をかけてエルシアを開発した結果なのよ。
どーお、凄いでしょ。この子は私の女神。まさしくそれよ。
私をあの豪華な牢獄から救い出してくれた救いの女神。
こんなに素直で優しくて、何でも言うことを叶えてくれるから、愛おしくなって、心がエルシア成分を求めてしまって、どうにも感情の制御が効かなくなるのが日常なんだけど。
そうまでしても私の親友でいてくれる存在は、もう、女神としか考えられない。
「んんん……チュッ……あん……先生、気持ちいい……」
「もっと、力を抜いて……後、大きな声は出したら駄目よ……バレたら嫌でしょ……チュッ…レロレロ」
「はい、先生……チュッレロレロ」
悶えて震えるエルシアを押さえつけて、キスするのが何より燃える。
こんな風に、エルシアの淫らな行為が出来るのは、この馬車の中が密閉された空間だから。
馬車内にいれば、外から中の様子が全くわからないから、こんな事も容易に出来てしまう。
この空間でエルシアと戯れるのが、何より私のご褒美となっている。
この頃の私達は、恋人未満の親友といった関係性。
でもエルシアは私の受講生の中では、かなり貪欲なほうでとっても真面目な生徒になるわ。
エルシアがクロウに恋心を抱いているのは知っているわ。
私もクロウに恋心を抱いているから私達はいわば同志といえそうね。
そんな私はエルシアに恋心を持っているのをひた隠しにして、クロウとの関係を進展させる名目でキスを迫り、計画通りにやりとげた。
初キッスの思い出は、彼女の脳の片隅に永遠に残って、きっと私達2人だけの甘い秘密の思い出となるはずよ。
私とエルシアの間には、どうやっても子供は作れないから、エルシアと子供を作る権利だけはクロウに譲るけど、その他の初めては全て私がいただくことにするわ。
そう思えるくらい、私はエルシアを愛していて、それはこれからもきっと変わらないから。
「先生……とっても熱くなって……先生の身体にもキスしてもいいですか」
「まずは私が手本を見せるわ。しっかり学びなさい」
「はい、先生」
エルシアの開発は、なかなかいい具合になってきたわね。
クロウとエルシアとの行為が成功するよう、今からしっかり仕込んであげるわ。
ごめんなさいね。クロウ。クロウのことも大好きだから許してね。
いつか3人で心ゆくまで楽しみましょうね。
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