第21話 ダンスレッスンを受け、休憩時間に話しあった僕 ②

「ようやく、驚いた顔が見れました。嬉しいですわ。因みにエルシアの姉役を演じる経緯は公爵家令嬢の名が重すぎて誰もがかしずいてくるのが嫌だったから、その事をエルシアに相談したのが始まりですわ。そうしたら、2人で遊ぶときには姉になったらってエルシア本人から提案されまして。それで演じていた訳ですの。これからは昔みたいにアリシア姉さんって呼んでもいいですわよ」


アリシア姉さん?はにっこりと微笑んだ。


「イヤイヤ、幼馴染だったのは嬉しいけど、解ったからにはもうアリシア姉さんって呼ぶのは難しいよ」


「なんでですの、よろしいでしょ。昔のように呼ばれたかっただけですのに」


 笑顔は一転して、膨れっ面に変わる。


「ムリムリ、そんな口調で話されたら、昔のようにアリシア姉さんって呼ぶ訳にもいかないよ。せめて口調を昔のように軽い感じで話してくれたら考えるけど。普段は姿と声も全然違うし、それに、ルーナ先生のほうが今はしっくりくるからさ、もうこの呼び方でいいんじゃないの」


 昔のアリシア姉さんとの付き合いは、もっとフレンドリーな関係だったからなぁ。

 アリシア姉さんだったとバラしたからには、昔のような関係に戻れたらいいんだけど。


 幼馴染だったルカテルーナ様、もとい幼馴染ってことでルーナは、暫く考える素振りをみせると、決心したのか頭をコクンと頷くようにし、


「いいわよ。クロウの頼みだもの、口調は昔に戻すわ。息抜きできる空間って必要だしね。でも、この口調は2人のときだけだから……覚えておいてね……チュッ♡」


「了解…チュッ♡」


 アリシア姉さんの姿でキスすると、エルシアに申し訳ない気持ちと罪悪感に苛まれる気持ちも芽生えた。でも中身がルーナだと解ると、この一連の行為事態もエロスの講義になるんだろうなとドギマギする感情もあって心が掻き乱される。


「所でさ、クロウもいつの間にか先生呼びしてるじゃない。みんなして私のことを先生って呼ぶんだもん。本当はさ、皆の前で先生って言われるのは、何だか恥ずかしくって……出来れば皆の前では、普通にルーナって呼んでくれないかな。私、先生って柄じゃないんだよ。ねえ、お願い、駄目かな~」


 あれれ、ルーナは先生って人前で呼ばれるのが、どうやら大変ご立腹だったらしい。

 確かにさっきまでのは強い女性って感じのキャラ作ってた感じがしてたけど。

 まあ、それなら、僕が他のネーミングをプレゼントしてあげよう。

 長年僕に嘘をついてたから、その罰として……。


「ただのルーナって全然面白くないから、そんなの却下だよ。いい案あるんだ。マスタールーナってどうかなぁ。これ良くない?これを広めて、その呼び名で統一したらいいんじゃない?キスがマスタークラスだからマスタールーナ。これって、結構いいネーミングだと思うけど?」


 でも呼ばれたほうがどう思うかは、本人次第。


「それは嫌~、やめてよ、絶対駄目だから!!みんなが真似したら最悪!!絶対やめてよね」


 案のじょう嫌がった。

 しめしめ。ここは僕のターンだ。


「それじゃぁ、僕の質問に答えてくれたらね。まず最初の質問だけど、さっき見たウエディングドレス姿って、誰の発案だったの」


 と何気に聞いてみると、


「もう、あれはエストフィリ王女とエルシアの3人でお茶会をした時に、その場の勢いで撮った映像よ。私達3人は普段から定期的にお茶会を開く仲なの。ねぇ、答えたんだから、その呼び名、絶対に広めないでよね」


 あっさりゲロった。そんなに嫌なんだ。これは、まだまだ僕のターンってことだよね。

 これは感じからして色々隠してそうだから、この際、徹底的に問い詰めてやろうかな。


「どうしようかなぁ~、それじゃあさ、マスタールーナって呼び名、ご令嬢達の前で言ってほしくなかったら、他にも僕に隠してる事を話してごらんよ。有益な情報だったら考えてあげてもいいんだけどなぁ」


「も─ぉ、しょうがないなぁ。だったら、取って置きの情報を話してあげるわよ」


「なになに、どんなこと」


「どれがいいかしらね。迷うわね」


「へー、そんなに内緒にしてることあるんだ」


「うん、クロウったら、エルシアが神殿に入ってから全然私と遊ばなくなったから、その期間、色々裏でコソコソしてたんだよね。だから話すことは山ほどあるんだよ」


「えっ…マジで」


 何隠れてストーカーしてるぞ発言まで、ポロっと言ってくれてるの。

 マジ怖いんですけど……。


「うふふん。これなんかどうかなぁ。クロウの初恋だったエルシアとの淡い恋を叶えて上げる為に、私が色々と骨を折ってコソコソ動いていたとか」


 嘘!!これは夢?じゃない。現実だけど、到底信じられない言葉がルーナから飛び出した。

 恋のキューピットをしていたというルーナの話に俄然興味が引かれたけど、許婚となってもいいと思うほど心を許したルーナに、僕の想い人の話をするのはやっぱり躊躇われたから、次の言葉を返した。


「セシリアとって……まず、どうして初恋だって知ってるんだよ?」


 ふふふ~んとふんぞり返ったアリシア姉さんの姿のままでいるルーナは、勿体ぶって、長い銀色に見える髪を手ですいてみせると、


「そんなの、知っていて当然じゃない。2人していつも私のこと無視して、初々しいピンク色の世界に浸ってたし。それを毎回見せられたら誰だってわかるでしょ。そもそも私は、セシリアの姉の役を演じていた間柄なんだよ。小さい頃から一緒に悪巧みしあった仲なんだから、エルシアとは何でも話せる親友なのは当然だと思わないかなぁ。実際に、セシリアの恋愛相談には全部乗ってたし、甘い恋の話は幾らでも聞いてたよ。反対にセシリアには、私の恋愛相談にも乗ってもらってたから。そういう訳で、エルシアと私は同じ人を愛する同志なのよね」


「てことは、つまり……」


「えぇ、神殿とは水面下で、もう話は纏まったよ。おめでとう、クロウ。エルシアも嬉しいって言ってたよ」


 エルシアとの恋は幕引きしたんだと諦めていた。

 でも諦める必要はなかったとわかると、心の闇が一気に晴れ光がさしていく。

 感情を高ぶらせた僕は、ルーナを力いっぱい抱きしめた。


「ありがとう……ルーナ」


「もう、痛いってば。そこまで嬉しそうにされると流石にやけるわね。エルシアとの想いをずっと引きずって辛い思いをしてたのは知ってるから、そこはまあ、多めには見てあげるけどさ……どうせだから事の経緯を簡単に説明してくとねぇ………」


 そういうとルーナは順序だてて説明をしだした。

 話を簡単に纏めると、神殿派閥としても信徒達の巡礼において、街道整備は必要不可欠な事だそうで、僕とのパイプをしっかり持っておきたいっていう思惑とか、スキルの付与効果を実験していく費用を融通したいという神殿側からの提案内容とか、比較的スムーズに話が進んだという交渉内容もわかりやすく説明してくれた。


 でも、今の僕にそんな説明をされても全く耳に入っていかない。

 心の中はもうエルシアとの再会に胸を膨らませていた。

 それは、自然に言葉となって出てしまった。


「本当に……逢えるの」


「まだ、信じてないの。本当だからね。そんな風に満面の笑みを浮かべたクロウに向かって嘘なんて言えるわけないよ。そうそう、10日後には、ここのホールで行う予定のゲートタワー完成式典とその後の舞踏晩餐会があるんだけど」


 10日後に舞踏晩餐会?ここのホールで?


「パーティーには、エルシアが出席するように手筈は整えたし、その時に逢えるようにセッティングしてあるから、そこで男を見せなさいよね。クロウはその記念日に社交界デビューするんだから、頑張りなさいよ」


「逢えるんだ。ようやく……」


 嘘じゃない。夢じゃない。現実だった。

 百花繚乱の花が咲くかのように、心が踊る。 


「そうよ。嬉しいでしょ。もう、そこで告っちゃえば。何なら押し倒して既成事実をつくっちゃえばいいんじゃないの。そうすれば、クロウの初恋は間違いなく叶うはずよ」


「無理!!押し倒すなんて出来るわけないって。聖女を押し倒したら僕の首が飛んじゃうよ」


「もう、まだそんな後ろ向きな発言ばっかして。少しはかっこいいところ見せてあげたらどうかしら。セシリアもきっと喜ぶと思うわよ」


 すっかり自信を喪失していた僕を前にして、いきなり前向きになれだなんて言われても。


「そんな事言われたってわかんないよ。そもそも、かっこいいって人それぞれの感性だろ。どんな風にすればいいか、勿体ぶらずに教えてくれよ」


「カッコいいところを見せたかったら、ダンスでしっかりセシリアをリードしてあげることね」


 やっぱエルシアともダンスする機会を作ってくれてるんだ。

 気分がぐいぐいと上向いていくのが、自分でも解かる。


「わかった。ダンスをしっかり踊りきれればいいんだな。ルーナ、それまでにしっかり鍛えてくれ。頼んだぞ」


「わかってるわ。任せなさい。チュッ、ペロペロ」


 アリシア姉さんの姿でキスされるのは、ちょっと照れるけど。

 姿が似てるから、エルシアとキスしてる気分に浸れ、こんなキスもありだと思う。

 

 アッ……そうだ。王子の件はどうなったんだ。

 ややこしい事態に発展したら、ブチ切れる自身があるから聞いとかないと。


「なあ。ルーナ、確か噂によれば、エルシアと第5王子が婚約してたはずだよな。それって第5王子にとって致命的になるんじゃないのか」


「そんなの知らないわよ。ディラン兄様も別に王位を狙ってないし。そもそもエルシアが第5王子と結婚したくないから、私が色々頑張ったんだから……」


 ここでまたルーナの解説、もとい愚痴がでるわ、でるわ。溢れ出る。

 溜まりきった感情がどんどんルーナの口から吐き出されていく。

 大まかに愚痴の内容を纏めると、第5王子であるディランドル王子は、顔はいいが性格は怒りっぽくて典型的な貴族の思想をもった扱いづらい人格らしく、ルーナを可愛がる反面、尋常じゃない聖女フェチなんだそう。

 聖女に並々ならぬ敬愛の情を持つ王子は、毎日のようにエルシアにしつこく付きまとってきて、神殿にも訪ねて来てたらしいが、エルシア自身は第5王子に会いたくないからと聖女の仕事を言い訳にし、聖殿の奥に引きこもっていたそうだ。

 毎回エルシアが魔道具を使ってSOSを出してきて、ルーナが2人の間を取り持っていたらしい。


「そうなんだ……」


 そりゃあ、損な役回りだったな。

 アスフィール神聖王国では、聖女の任期は10歳~20歳までの10年間。

 その後の聖女は王家に嫁にいくか、公爵家か侯爵家に養女として引き取られ、政略結婚の道具にされるか、または聖者と婚姻させられるのが一般的だ。

 ただ、例外もあってアスフィール神教に特に貢献した人物には、教皇から特別に黄綬褒章として聖杯のレプリカが授与され、同時に18歳まで任期を務めた聖女を娶る権利が与えられるという。

 聖者は聖女と違って任期はないから、何人かの聖女を娶って、いずれ教皇となる出世街道まっしぐらの道を歩んでいく者で、教会からは枢機卿の地位に任命され、教皇を直接に補佐する「枢機卿団」を構成する一員でもある。

 現在の王国では、10名の聖女がいて、王都大神殿には5人が常駐し地方神殿には5人配属された体制らしい。

 聖女の役目は魔の穢れを祓うことや、大地の豊穣を祈ることなど、並外れた聖属性魔力をもつ女性達がその役目を担っている。


「まあ、聖女好きのディラン兄様には、他の聖女をあてがってあげたら、思ったよりも満足してるみたいよ。だから心配しないでもいいわ。そうなるように私達の派閥の総力をあげて裏工作頑張ったんだから、もう大丈夫なはずよ。感謝しなさいよ、本当に。てことで、クロウとエルシアの為に頑張ったアリシア姉さんに、昔みたいにいい子いい子と撫でてちょうだい」


「ルーナ、本当御免、僕達の為に苦労かけてさ。じゃあ、ご希望のご褒美タイムだ。頭向けてくれる?撫でたげるよ」


「イヤッホー」


 いまだアリシア姉さんの姿のままのルーナに、思いっきり愛情を込めていい子いい子と撫でてあげると子猫みたいに甘えだした。


「ふあぁ~、ゴロニャン。やっぱクロウに撫でてもれえるって最高ね。生きてて良かったって思えるもん」


 そういえば、幼い時は何かある度に、アリシア姉さんの頭を撫でてたな。

 そんなに嬉しかったんだ。知らなかった。

 これは、僕を貞操の危機から守ってくれる大いなる武器になるかもな。

 

「それで、エルシアって何処まで知ってるの。僕ってハーレム街道をまっしぐらに突き進んでる様にしかみえないんだけど。こんな場面を見つかったら嫌われるんじゃないかなぁ」


「もう、相変わらずのヘタレ的思考ね。クロウって貴族の血、それもドラグロア王族の血を引いているのよ。優秀な血統を持つ男子はねぇ、優秀な子種を残すことさえ考えていればいいんだよ。それが貴族なんだから。もし、そういう風に割り切れないんだったら、私達だってクロウを利用してるって考えてみたらどうかしら。私だって貴族の一員だけど、私や許婚のご令嬢も家の中では地位がかなり低いのよ。女性の持つ権力は圧倒的に男性よりも弱いって知ってるでしょ。だから私達は、女性貴族が表舞台に立つのが当たり前の世の中にする為に、エストフィリ王女を頂点にして新たに女性派閥を立ち上げようと奮闘してるのよ。クロウは、当然貴族社会の派閥のことなんか興味がなさそうだから、全然、知らなかったと思うけど」


 女性貴族の地位向上か。

 簡単に言うと王権派閥の中に新たな派閥を立ち上げるって話だろうけど、僕が関わるには話の規模がどでかすぎないかい。そんな規模のどでかい話に、これから強制的に巻き込まれていくのかと思うとうんざりしてくるなぁ。


「それに、クロウも女性の地位は男性に比べて格段に低すぎるって昔、そう言ってたじゃない」


「確かに3人でそういう話題を話し合ったことあったよな。でも、それと僕のハーレムにどう関係してくるのさ」


「関係ありまくりだよ。エルシアも私達の派閥の一員なんだよ。だから、クロウを今更嫌うことなんかないし、エルシアなりに納得してるっぽいよ。許嫁の令嬢達が女性派閥の一員だっていうことをさ。そういう訳だから、クロウも関係者ってことで、女性貴族達の地位向上の為に、私達の旗頭マスコットになってもらうからね」


 はい、巻き込まれ案件が確定しちゃいました。トホホ。


「エルシアも納得してるならいいんだけど、その旗頭っては、ちょっと強引過ぎだろ」


「もう、喚かない、喚かない。旗頭の件はもう素直に諦めてよね。それとエルシアにねちねち言われるのも。これが私達が実行したWINWINの方法なんだよ。私って皆の意見を取り入れて、落とし所を調整したりして、結構頑張ったんだから。あとさ、エルシアに会いに行く度にクロウの事を根掘り葉掘りと聞かれたりして、右往左往していたあの場の気苦労、少しはそんな私のことも気に掛けてくれてもいいんじゃないの」


 エルシアに会えなくなって荒れた心になっていた僕と同じように、エルシアも神殿内で大分荒れていたようだ。


「それはなんか色々御免……」


「まあクロウに謝ってもらってもね。それに、もうエルシアとのじゃれ合いも慣れちゃった。ふーぅ、もう色々話疲れたよ。クロウ、話はまたにして、そろそろまた踊ろっか」


 ルーナの言葉でまた僕らは、踊りだす。

 今度はアリシア姉さんの姿で。

 この姿で踊るのはエルシア対策だと言われたら、断ることもできず、エルシアの幻想の姿をしたルーナとじゃれあいながらも、新しい関係に進展した僕らはダンスを心ゆくまで楽しんだ。


 その後は、続々とドレスに着替えて集まってきた許婚予定のご令嬢達とも次々と踊らされ、このような日々が数日続くことになった。

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