第9話 ゲートタワーを起動させた僕

「ふぅ…ようやくたどり着いた......向こうのパレードはどんな具合だろ」


 王都で行われているパレードが終了しだい『紅龍の牙』の主力メンバーが転移してくる予定だけど。


 もう、パレードが終わったんだろうか?

 迷宮を潜っていると、時間間隔が全く解らない。

 

 そう言えば、ここでの暮らしぶりをミッシュさんに聞いてみたら「今は何日なのかも解らないわ。もう、早く迷宮から抜け出して普通の生活に戻りたい」って愚痴をこぼしていたっけ。


 ミッシュさんの言う通り、こんなところに1ヶ月もいたら、日にち感覚が麻痺するのも理解出来る。

 

 そんな情景を想像しただけで、僕もここから逃げ出したくなってきた。

 いかん、自己逃避は仕事をやり終えてからにしよう。

 早く魔力供給炉を起動しないとやばいんだよ。

 塔の入口は鍵が掛かってはいるけど....。

 建物を保護する結界が、まだ機能してないから。

 魔力供給炉が起動して、初めて結界も起動する。

 このままの状態が長引くと、冒険者達が強引に入ろうと思えば、出入り口の扉を破壊して『ゲートタワー』内部に簡単に侵入することが出来てしまう。


 冒険者達が国の施設を破壊したら、きっと、ややこしい事態に発展しかねない。

 それは僕の望むことでは決してないからね。

 状況を悪化させない為に、塔の出入り口を甲羅化して出入り出来ないようにも出来たけど……。


 でも、その手段は取らなかった。


 あんまり、僕のスキルを見せびらかすことはしたくなかったのが、主な理由ではあるんだけど。


 もっと具体的にいうと、これからの迷宮生活は何が起こるか予測がつかないってのもあって。


 いざという時のアドバンテージを、しっかり余裕も持ってとっておきたかったんだ。


 まあ、そのことは、済んだことだからいいとして。

 兎に角、出来るだけ早く魔力供給をして『ゲートタワー』を起動しないと。

 あまり猶予はないという考えを持ったほうがいいかもしれない。


 転移陣のある部屋に入った僕は、冒険者達が押し寄せてくる前にとっとと終わらせようと、塔の起動作業に取り掛かる工程を思い起こしてみる。


 塔を起動するのに魔力供給が必要となるのは、さっきまで設置してた建屋と同じ仕組み。


 魔力供給の場所と作業方法はわかっている。


 何故かと言えば、王国にもここと似通った建物があって、その場所で研修を受けたから。


 魔力供給が出来る制御室は塔の最上階にある。

 僕は最上階まで昇って魔力供給をするのが、次の作業になる。

 

「え~と、確かここの部屋に最上階にいく昇降機があるって説明があったけど」


 部屋の入口から壁伝いに進むと、円形台座の形状をした昇降機が、壁の端一面に並べられていた。


「......あった、あれだっ!」


 確か、昇降機の床面に昇降魔法陣が刻印されていて、その魔法陣に魔力を注ぎ込めば昇降機が動き出すという説明を受けた記憶がある。


 円形型の昇降機に塗装された色合いが、それぞれ違って見える。

 一番近くに置かれた黄色の昇降機に足を向けて進む。

 階段を数段上がると、落下防止の柵と一体化した扉を開け閉めして、昇降機に乗り込む。


 昇降機に乗り込むと、僕はその場でしゃがみ込み、両手をかざす。

 翳した両手から魔力を放出し、魔法陣に直接魔力を供給していく。

 そうすると、魔力を注ぎ込んだ魔法陣にまばゆい光が灯る。


「......えっ」


 次の瞬間には、可愛い女性の等身大の立体映像が、床面から浮かび上がってきた。

 魔力供給した複雑な刻印魔法陣には、立体映像魔法陣が刻みこまれていたようだ。

 僕の視線は自然と惹きつけられるように、立体映像化された女性に向いていく。

 立体映像化された女性が着飾る衣装のスカートは、丈の短いミニスカートだった。

 しゃがみ込み、魔方陣に手をかざす僕には、至福の光景が目に焼き付いた。


「.....マジかよっ、神だろ。これ考えた奴は.....」


 下から見上げると、そのお姉さんの魅惑のパンティーが丸見えだった。

 レースの刺繍が入った純白のパンティー。

 いい眺めだ。これぞ神秘の探索。

 男のロマンをくすぐる巧みな演出。

 素晴らしい。憂鬱な気分も全てかき消えた。

 実在の女性相手にこんな真似をすると、痴漢犯人扱いされるのは間違いない。

 でも、こんな風な映像媒体だからこそ、許される。

 しばらくこの体勢を維持して、このまま至福の時を過ごそう。


「この体勢を維持しないと昇降機が動かない....そう...だから仕方がないんだ」


 そう、自分に言い聞かせながら。

 

 3D映像で透けてみえるロリ風なお姉さんが、笑顔を見せて話しかけてきた。

 

「クロウル様、ご利用ありがとうございま~す。どちらに向かいますか~?」


 お姉さんは首をコテンと傾ける仕草を見せた。

 可愛い!!こんな所にも隠れてた。僕の好みの女の子がさ。

 多分、王国の諜報部が調べた情報をもとに、僕の好みの女性を採用したと思われる。


 投影された映像だから、心臓がドキドキする感じはない。

 奥手な僕の性格を、よく熟知した賢いやり方だ。

 こんな趣向があるんだったら、ここの管理者になるのも悪くはないかも。

 さすが王国。いい仕事をしてくれる。

 

「中央管理制御室まで....急いでくれ」


「は~い♡......上に参りま~す♪」


 丸い形状をした昇降機は、僕を乗せたまま宙に浮き上がると、吹き抜けになった天井部から上層階層へ向けて進路をとり、グイグイ上昇していった。


 凄いスピートで昇降通路を上昇していくけど、揺れもなく風も全く感じなかった。

 おそらく刻印魔術で空調制御してるんじゃないかと思うけど。

 魔法のことは詳しくは知らないんだ。


 上層階層へ上昇する間の時間、昇降機内では、空間に立体映像として映写された女の子が勝手に自己紹介をはじめていた。


「クロウル様~、よろしくね!

 わたしっ、メビアナっていいま~す!

 クロウル様のファン第1号だよぉ♡」


 これが噂にきく立体映像の刻印魔術か。

 いい趣味してるよ。ホントに。

 誰だろ。こんな神計画をプロデュースした奴は。

 是非とも親友になりたいな。


「仕事は魔術師ギルドの新人魔術師をしってま~すぅ。

 趣味は、魔道具作製でぇ。

 子供大好きっ子で、料理も大好きっ!

 現在は恋人募集中なんですよ~♡

 この際、思い切って──。

 クロウル様の彼女に立候補しま~す♡」


 嘘っ……映像越しの告白って....。

 映像越しでもドキドキしてきたんだけど....。


「このクエストが終わったら~。

 絶対、絶対に私に逢いに来てよ~。

 クロウルさんのことを思って待ってるから~♡

 早く私をブラックな職場から連れだしてね♪」


 映像越しのメビアナさんは、天真爛漫てんしんらんまんな振る舞いをする。

 演技なのか?本心なのか?

 今の僕には判断の仕様がない。

  

「という風に、こんな感じで他の昇降機にも、

 クロウル様が好きそうな子達をモデルにした、

 個性溢れる映像が収めれれてますよ」


 映像越しのメビアナさんは、すっと真面目な顔に変わる。

 と思ったら、突然ウインクしてくるし……。

 僕の心は映像越しのメビアナさんに翻弄ほんろうされっぱなし。

 小悪魔のように振る舞うメビアナさんの心をつかむのは難しそうだ。


「他の昇降機もチェックしてみてね~」

 

 まじっすか、それは聞き捨てならない。

 全部の昇降機をコンプリートしないと、気がすまなそうに思う。


「私の記録映像も全部で10バージョンあるんだ~!!全部見てくれたら嬉しいな~ぁ」


 見たい。全部見たい。

 全部のパンティーをコンプリートしたい。

 

「チ──ン!!クロウル様、

 到着で~す♡チャオチャオ~、

 また私をご指名してね」


 映像越しのメビアナさんは両手をぶんぶん振って、笑顔で見送ってくれた。


 あっという間に最上階に着いた気がする。

 

「これはハマる!……異世界への扉をついに見つけてしまった」


 仕事のことは関係無く何度も昇降機に乗っていたい気分だ。


 イカン、早く作業を終わらせないと。

 後ろ髪が惹かれる思いを断ち切って、何とか昇降機を降り立った。


 降り立った最上階層は、広々とした円形空間だった。

 一定間隔でクリスタル状の柱が天井部まで伸びている。

 天井部は円状のガラス格子で覆われ、ガラスを通り抜けた迷宮の明かりが部屋を照らす。


 空間の中央部は吹き抜けとなっていて、吹き抜けの中央に静止した状態のクリスタルが浮かぶ。


 吹き抜け部分には、クリスタルに突き出すような細い通路の構造物が見えるけど、先端部が吹き抜けの途中で区切れている。

 

 広々とした最上階層にも、大小様々なクリスタルが宙に浮かぶ。

 ガラスのような外壁には、ガラスの材質で加工された魔道機器が外壁を囲うように設置してあった。


 僕は吹き抜け空間にある突き出すような細い通路をゆっくりと手すりに掴まりながら歩いていき、そのまま先端部まで進んでいく。


 通路の先端部の床には、魔法陣が設置してある。

 床面に設置されたこの魔法陣が、魔力供給専用の魔法陣だと聞いていた。


「大きいな.....圧倒されそう」


 クリスタルは、思わず声が漏れ出るほどの大きさだった。

 だいたい大人10人分ぐらいの高さがある。

 形状は縦に長い楕円型で、その色合いは黒ずみ闇色のような光を透さないように見える。

 

 このクリスタルが『ゲートタワー』の核となるらしい。


「さてと....やりますか」


 僕は魔力供給魔法陣の上に立った。

 

「契約者クロウルが命ずる.....魔力供給魔法陣展開。魔力供給魔法陣起動」

 

 予め登録された魔法言語マジックワードを詠唱すると、魔法陣が光だすのと同時に魔力を吸い取られる不快な気分を味わう。


 かなりの量の魔力を吸い取られる気がするけど、僕の身体からは、吸い取られた分だけ魔力が溢れ出していくのがわかる。


 僕はただ突っ立っているだけだけど、魔力供給の効果は目に見える形となって現れ、正面に見えるクリスタルの色がどんどん澄み切った色に成っていった。


 クリスタルの透明度が増して、クリスタル中央に光の輝きが灯ると、天井部には無数の透明パネルが浮かび上がり、そのパネル上に映像が映し出される。


 その映像には、ゲートタワー内部の映像が、リアルタイムで流れる様子が見て取れる。


 他の映像には、ゲートタワー出入り口付近に詰めかけた、大勢の冒険者達の姿も映し出す。


 その中の1つの映像には、宮廷魔術師団長──オスカラフィ=マナ=シルベスタの姿も映し出されていた。


 この映像に映し出された女性はシルベスタ伯爵夫人でもあり、僕の義理の母親にあたる人でもある。


 今は別々に暮らしていて、久しぶりに顔を合わせることになる。

 オスカ義母さんは僕の産みの母親であるミラスティナ=リナ=シルベスタの姉にあたる人。

 ミラス母さんは、もう故人になってこの世にいない。

 ミラス母さんは、外国の王族の第8夫人として嫁いだそうだ。


 僕が生まれてしばらく経った年に幼い僕を連れて、実家に帰省したそうだけど、その時を見計らっていたかのように病気を発症して、看病の甲斐もないままに敢え無く亡くなったらしい。


 死後の解剖の結果によれば、心臓に時限式の刻印魔術が見つかったそうだ。 


 詳しい経緯までは、まだ詳しく教えてもらえていないけど、ミラス母さんは王族内の権力闘争の煽りを受けて、時限式の呪いを掛けられていたらしく、そういう事実もあったからか、僕は外国の王族に引き渡されることはなかった。


 戸籍の上では、僕はシルベスタ伯爵家の養子にあたり、シルベスタ伯爵領内の屋敷において5人兄弟(男3人・女2人)の末子として育てられたんだ。


 今の僕は、今年15歳になって成人したのを契機にして、1人暮らしをし始めてるんだけど、それを盾にとって、実家との縁を徐々に途切れるように仕向けていたんだけどな。


 オスカ義母さんは、僕が思う苦手な人間の上位にくる人なんだ。

 仕事上の上司と部下として、お互いに顔を合わせることになろうとは。

 出来れば、もう少し距離をとって離れていたかったのに。


 本当に.....僕の人生ってままならないな。

 

 久しぶりに顔を合わせたオスカ義母さんは、僕の元気な姿を目にしたからか、安堵の表情を浮かべると、僕に話しかけてきた。


「ようやく繋がった......クロウル、遅かったじゃないの」 

  

「御免......先に『紅龍の牙』から依頼された仕事をやり終えた後に取り掛かったから、時間が掛かったんだ」


「嘘でしょ。....そういう見え見えの嘘は直ぐにわかるんだから」


「どうせ、時間ギリギリまでさぼってたんでしょう」


「迷宮の中に好みの子はいたかしら。クロウルのことだから、時間ギリギリまで女の子と楽しくお喋りでもしてたんじゃないかしら」


「........うっ」


「あら、図星だったみたいね」


「どう、目星い子は居たのかしら。いい子が居たら、その子を遊びに誘って一度家に連れていらっしゃい。私がクロウルに相応しい子か見定めてあげますからね」


「まだ、そんな関係にもなってないし、なってたとしてもオスカ義母さんには絶対に会わせないよ」


「あら~、残念だわ。私に口答えするような勝気な女性を、ボコボコにするのを楽しみにしてたのに」


 オスカ義母さんは、僕の恋路の前に立ち塞がる鉄壁の要塞。

 僕が育てた恋路が上手くいきそうになると、いつもこの要塞が邪魔をする。


「あ~あ、奥手なクロウルらしいわ。これならまだ私にも勝算がありそうね」


「オスカ義母さんが持ってくるお見合い話なんか、受ける気はないって前に言わなかったっけ」


 僕は貴族になるつもりはない。

 普通に平民として生きていきたいから、オスカ義母さんの話を聞く気はない。


「そんなダダを捏ねるような事、いつまでも言わないの」


「お見合い相手も見もしないで断るなんて、お相手の子に対して失礼ですからね」


「折角クロウルのいるゲートタワーに、お見合い相手の映像が流れる仕組みを取り付けたんだから、しっかり見ておきなさい」


「それって、どういう事?」


「あれ、クロウル、まさか見てないの?そんなわけ無いでしょ。昇降機に乗って最上階まで昇ってきたなら、映像に現れた子を見たはずよ。その子達は私が選んだ子なんだから。映像を見て上で好みの子が居たら教えてちょうだい」


「アレの仕業はオスカ義母さんだったのか!」


「そうよ。ちゃんとクロウルのいる立ち位置も意識した立体映像なんだから。気に入ってもらえたかしら。中には過激な子もいるみたいよ。昇降機の他にも、趣向を凝らしてみたわ。どうせ、しばらくそこで寝泊りするんだから、よ──く見て気に入った子をしっかり撰んでちょうだい」


 神の正体は、オスカ義母さんだった。

 なんてアグレッシブな人なんだ。

 この人は、僕に見せるお見合いプロフィール映像をゲートタワーに組み入れて作り上げてきた。


 国からの予算を湯水のように無駄遣いして。

 こんなのが宮廷魔術師団長なんだけど、これでこの国は本当に大丈夫なんだろうか?

 

「今は、その話はいいだろ。転移陣を起動するって話はどうするんだよ。いつまでも家族の話をしていて大丈夫なのか?」


「ええ大丈夫よ、心配いらないわ。今は私の部下達が、私が居なくてもしっかりお役目を果たしてくれるから問題ないわ」


 そうだ。いまだ魔法陣に、魔力が吸われ続けていたんだった。

 話に熱中しすぎて忘れてた。

 転移陣の起動はどうなったか、気になった僕は他の透明パネルに投影された映像を見てみる。


 天井部に映し出されたパネル映像の1つには、転移魔法陣の部屋も映し出されていた。

 転移魔法陣の部屋には、沢山の人達が次々に転移してくる様子が映っていた。

『紅龍の牙』の主力メンバーの姿も確認できたし、神聖騎士団の追加人員の姿も確認出来た。

 

 画像映像ごしだと少し判別しずらいが、空間に映写されたと一目で解る立体映像の女性が、次々に転移してきた人達の案内役として機能している様子も見て取れた。


「クロウル、この子が気に入ったの。この子はラージベルト公爵家の3女のルカテリーナ様よ。気にいったなら、ゲートタワー内のお見合い室で会えるように手配するわよ」


「お見合い室って何?」


「何ってお見合い室はお見合い室よ。お義母さんがクロウルのことを考えて、女の子達と共同生活できる居住区も各階層に作っておいたわ。沢山の女の子を連れ込んでも大丈夫なようにもしてあるから安心しなさい」


 どんだけ職権を乱用してくれちゃってるの。

 オスカ義母さんの話を聞いていたら、頭が痛くなってきた。

 これから『紅龍の牙』の主要メンバーに挨拶に行こうと思ってたけど取りやめだ。

 気が削がれたから、今日の仕事はもうやめよう。

 居住区とやらで、寝て起きてから、挨拶に行けばいいでしょ。

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