第7話 『紅龍の牙』サポーター視点 迷宮安全地帯に到着してから

 ここは安全地帯セーフティーエリアに建てられた掘っ立て小屋。

 掘っ立て小屋は冒険者達の心のオアシス──酒場のようだ。


 小屋の中には、冒険者達が入り浸り、酒の匂いと嘔吐の匂いが充満し、かなり独特の異臭がする。


 だが、ここに入り浸る冒険者達は、その匂いもまるで気にならないらしい。


 彼らは、慣れ親しんだ憩いの場に手持ちの金をつぎ込み馬鹿騒ぎに興じていた。


 賑やかに盛り上がる冒険者達の飲み比べや、一番の酒豪を予想する掛けなどもあって、ランプの光に照らされた空間は、陽気に歌う声が響く中で大小の笑い声が絶えないようだ。

 

 酒場には『紅龍の牙』のサポーターの一団も入り浸り、酒と女におぼれていた。


『紅龍の牙』の団員達は、同じ赤く染められた服を着ていた。

 他の冒険者達の着ている使い古した装備品とは違い、真新しい衣装だった。


 周りで酒を飲んでいる冒険者達からは、充分過ぎる程浮いていたが本人達は全く気付く様子がみられない。


 それもそのはず。


「あぁ~ん。もっと激しくんで」


『紅龍の牙』の団員達は、このような声に答えようと、一心不乱に女に酔いしれていた。


「キスしていいだろ?」

「ええ、いいわ。激しいのを頂戴」


『紅龍の牙』の一団は、高額の金を支払う金回りの良い上客だ。

 女性冒険者等も、金回りのよい上客に対して、質の良いサービスを提供している。


 今の時間帯はお触り自由タイムらしく、団員達の目は真剣だ。

 先発サポーターの一団は、男共が恋焦がれる情報収集に精をだしていた。


『紅龍の牙』先発隊リーダーであるトーマスも、質の良いサービスに酔いしれているようだ。

 

「トーマス、アンタ元気だね~。ビンビンじゃないの」

「触ってみてもいいかい」

「ああ、いいぜ」


 トーマスは女性冒険者──アレイシャといちゃつきあっていた。

 トーマスは上半身は何も着ていない。

 サポーターとはいえ、かなり鍛えられた体付きだ。

 仕事の心労によるものか、頭頂部が大分禿げてきている。

 対するアレイシャも上半身に何も着ていない。

 体付きは男と同じくらいの筋肉量があり、鍛え抜かれた身体をしている。


「あん、あぁ~ん」


 たわわな胸が大きく揺れ動いている。

 トーマスはアレイシャを抱え込む様に座り、アレイシャの胸に顔をうずめていた。


「おい、トーマス。もうそろそろ戻らなくていいのかよ。新人に全部押し付けて来たのがばれたら、俺等全員が怒られるんだぞ」


 声を掛けた人物の名はロックス。

 先発隊の副リーダーであった。

 ロックスは、肥太った豊満な身体だった。

 腹も大きく突き出している。

 そのロックスも同じく女性の胸に顔をうずめていた。

 他の団員も同じ様なことをしつつ、情報収集に精をだしているようだ。


「ロックス、今更何言ってんだ。俺らは俺らの仕事があるだろ。情報収集もサポーターの重要な仕事になるんじゃねえのか」


 トーマスはニヤリと笑うと、アレイシャの胸を揉みながら片手間に話した。


「大丈夫だって。もう少し時間あるだろ。それによ、俺らのアイテムボックスには、何も入れてねえの忘れたのか?新人の力を見るために新人のアイテムボックスに全ての荷物を入れるように仕向けたじゃねえか。新人が荷物を全部取り出さねえと、俺ら何も出来ねえだからな」


 トーマスは新人──クロウルを嫌っていた。

 王国からの推薦で『紅龍の牙』に加入出来たのが気にいらない。


 クロウルの黒髪も、日焼けしたイケメンな顔立ちも、細い体格も、話す声も全てが気に食わない。


 散々嫌がらせをしたのに、平気な顔をしていたのもトーマスの感に触った。


 何よりトーマスは自分よりも高性能なアイテムボックスを持つクロウルに嫉妬していた。


 クロウルへの嫌がらせも、トーマスが手動的役割を担っていた。


 トーマスは其れでも飽き足らず、悪意をもってクロウルをこけにしてやろうと画策していた。


「あの新人が荷物を全部出し終えた所に、堂々と顔をだして、仕事をやってるように装えばいいんだよ。押し付けた仕事が出来てなかったら叱ってやればいいだろ。俺らはここにいる奴らから、仕事を押し付けれて必死に働いてたことにすりゃあよぉ、団長のお叱りはねえはずだ。ロックス、もう少し頭を使いな」


「そうだぜ、あの新人はよ、王家から参加要請があるほどの力を持ってるんだぜ。俺達とは、仕事の質が違うんだからな。任せときゃいいんだよ」


 他の団員からも同意の声が上がった。


「だもんで、仕事が出来る奴に全部任せてよ、俺らは先輩風をふかしてりゃいいんだよ」


 トーマスはそう言ってロックスを諭す。


「いいよな~、仕事が出来る奴はよ。あんなによ、高レベルのアイテムボックス持ちなんて、そうそうお目に掛からねえもんな。奴ぐらいのレベルだと、商人からの依頼が殺到して、ぜってえに儲かってるはずだぜ。あぁ~あ、ちくしょう、羨ましいぜ」


 ロックスは、女性冒険者の胸をむしゃぶりつきながら、クロウルを褒めちぎるように話す。

 その話を聞かされたトーマスは、苦虫を噛み殺したような顔になる。


「あん、あ~ん......御免よ、トーマス、ちょっといいかい」


 するとそこへ演技の悶え声を上げていたアレイシャが、素の表情に戻ると、団員達の話しに割り込んできた。


「何やら、凄い人物がここに送られてきたみたいじゃないか。アタイラにも、その情報を少し教えちゃくれないかい。教えてくれたら、もっと凄いサービスしてやるからさ」

 

 その言葉に男達の目がギラつく。

 

「教えてもいいが、この情報が相当高いぜ。どんなサービスしてくれんだ」


 トーマスはアレイシャをニヤつきながら見つめて問う。


「ここで生き残るには、何より最新の情報が命なんだからね。その感じじゃあ、相当いい情報みたいだね。ここはアタイラの身体でどうだい。ここの酒場を出た先にそれ用のテントがあるからさ。そこでお互いに満足するまで楽しまないかい」


 アレイシャが自分の身体をしならせ、トーマスに抱きつく。

 筋肉質な身体のアレイシャに抱きつかれても、トーマスの表情に変化はない。

 トーマスはアレイシャに提案を持ちかけた。

 

「だったら、もう少し若い女はいないのかよ、アレイシャ!どうせなら極めの細かい肌の若い娘にしてくれねえか」


 筋肉質の女がお気に召さなかったトーマスは、チェンジを要求する。


「アタイだってまだまだ現役なんだけどね。まあ、いいさ。ここにはよ、戦うことの出来ないハンパ者達が沢山いるから、そんなかから好きなのを選びな」


「おいおい、ハンパ者って何だよ。手足を切り落とされた奴の面倒をみるのは御免だぜ」


「大切な情報提供者にそんな真似しねえよ。安心しなって。手足はついてるからよ」


「ここにはよ、パーティが全滅して辛うじて生き残った溢れもん共が、大勢いるのさ。ゲートを使うにも金が掛かるだろ。ハンパ者はその金を持っちゃいねえ奴らで、ここから抜け出す手段がねえ溢れ者なんだよ。アンタ等みたいに金使いの良い上客だったら、何度でも股を広げるんじゃないのかい。まあ、今回はアタイの奢りってことにしとくからよ」


「それでどうだい?」


「よし、それでいいぜ。じゃあよ、俺の知ってる情報を洗いざらい話してやるぜ」


 その言葉の通り、トーマスはクロウルに関して知ってる情報をアレイシャに話していく。


 アレイシャは妙にトーマスの話す情報に関心を寄せていた。

 何度もクロウルの特徴を聴き直していた。

 ここでクロウルの身に何が起ころうと関係ないと割り切るトーマスは、知っている内容を洗いざらい打ち明けた。


 ニヤリと笑ったアレイシャがトーマスに言った。


「トーマス、アンタが話してくれた情報は、いい情報だったよ。礼をいうよ。お礼と言っちゃなんだけどよ、小屋をでた先にあるテントの中でしっぽり楽しんできな。約束どうり私の奢りだよ」


 アレイシャは側に控えていた子分に何やら、小声で指図する。


「俺こそ礼を言うぜ。ありがとよ、アレイシャ。あいつの情報なら幾らでも仕入れてきてやるからよ、またその時には頼むぜ」 


「そうだねえ、持ってくる情報にもよるけどさ、いい情報だったらまた奢ってやるよ。また来なっ!」


『紅龍の牙』先発メンバー達は、アレイシャの子分に付いて行き、小屋を出てお楽しみの場所に向かっていった。


『紅龍の牙』が離れていったのを見送ったアレイシャは、側に近づいてきた部下に言った。


「おい、聞いてただろ。ようやくお出ましになられたぜ。さっさと本国に連絡をしにいきな。このまま計画を続行するかどうか、一応指示をきいてくるんだよ。分かったら、サッサと確かめてきな」


「.....わかったぜ、姉御」


 部下は言いつけに従って、この場から離れていった。


「アタイにも運が回ってきたのかもしれないねえ」 

「こりゃあ、ドデカイ仕事になりそうだ」

「どうやって殺るか、綿密な段取りを立てなきゃねえ」

「一世一代の仕事になりそうだ。気合い入れていくか!!」

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