第15話 ルカテリーナ様との話し合いに臨む僕 ①

 メビアナさんをお姫様抱っこして抱える僕は、さっきまでいた居住区画の寝室の部屋に戻ってきた。


 そう、あんなに大変な思いをしたのに、また帰って来たんだ。

 誰もがそうだと思うけど、あの体験は衝撃的だった。

 これまでにない最高の感動を覚えた。

 童貞にいきなりあの連続キス攻撃はヤバすぎるって。

 あんなに大勢の女の子達とキスをしたのは、勿論初めてだったし。

 あの快楽を一度経験してしまうと、また、もう一度体験したいという思いが頭から離れない。


 でも、大勢のメイドさんを前にして、自分をさらけ出すなんて小っ恥ずかしすぎて、頭を柱にガンガン打ち付けたい気分になってしまう。

 そうではあるけど、もう一度あの快楽を体験したくて、メビアナさんを運ばなきゃいけないから仕方がないと自分に言い訳を用意してまで、ここにまた戻ってきてしまった。

 これは一種の麻薬だと思う。

『快楽』という誰しも求めてやまない甘美な麻薬。

 僕も男だから、女の子とあんな事やこんな事といった素晴らしい世界を知りたい気持ちは確かにある。


 一方で、純粋な恋を体験したいと思うピュアな自分もいる。

 男心は繊細で非常に分かりにくい。

 多分童貞だからこそ、一度体験した快楽に余計に流されやすいのかもしれない。

 

 内心では、まだビクビク怯えてしまう感情もあるけど、ワクワクしてしまう相反する感情もあって、僕は本当に愚かな人間だと思う。

 

「はー、気が重い」


 正面の扉の前に立つと中から扉が開けられる。


「「「クロウル様、お帰りなさいませ」」」


 寝室の部屋に帰るなり、メイドさん達の掛け声が響く。

 室内を見渡すと、半数ほど倒れ込んでいたメイドさん達は、その場にいなかった。

 どうやら、他の部屋に移されたんだろう。


「御免、メビアナさんが倒れたんだけど。どうしたらいいかな?」


 どうして倒れたのかを伏せて、客観的な事実だけを話し助けを求める。


 ルカテリーナ様がお姫様抱っこをしているメビアナさんに視線を合わせると、僕に話しかけてきた。


「まあ、メビアナも失神させたのですか?

 あらあら、メビアナも幸せそうな顔をして」


 倒れた理由を簡単に予測されてしまう。

 まあ、あんだけメイドさん達を昇天させれば、すぐにわかるよね。


「気絶した女性に手をだした様子もなさそうですし。

 ヘタレなクロウル様にしては、素晴らしいエスコートですわ。

 普通に貴族の御子息でしたら、確実に危険な目に遭うところでしたが、よく理性を保たれました。

 ご立派ですわ。褒めて差し上げます」


「いえいえ、ルーナ先生のご指導のおかげです」


 トイレで休養してきた僕は、ルカテリーナ様の恐怖を克服するための方法も考えてみたんだ。


 なずけて『ルーナ先生大作戦』。

 簡単に説明するとルカテリーナ様を持ち上げて、下手にでて、いい気分にさせて、怒られないようにする3段階の工程を含んだ方法で、ルカテリーナ様に注意されればされるだけ、苦手意識がムクムクでてきてしまうから、せめて怒られないようにしようという消極的な作戦だった。


「女性を大事にする男性は、女性からの好意を得やすくなりますわ。

 ですから、今後共、紳士的に振舞うようになさいませ」


「はい、ルーナ先生のいうように精進してみます」


 先生と言われたら、きっと悪い気はしないはず。


「それと.....こちらは忠告とアドバイスになりますが、女性を満足させる技を覚えて使いたい気持ちは分かりますが、少しは自重なさいませ。女性としても殿方を満足させようと必死なのですから。次からはもう少し女性の立場に立って、女性からの好意を素直に受け止めてください。それと、早く羞恥心を捨てて女性を紳士的にエスコートすることです。キス1つ取っても、愛情表現は無限大です。これからも精進なさいませ」


「はい、ルーナ先生、ご指導ありがとうございます」


 と言ってみたはいいけれど。

 女性の立場って言われても、よくわからないよな。

 まあ、いっか。


「うふふふ、それでは、わたくしがメビアナを引き取りますわ。

 クロウル様は、そのままお支えに成っていてください」


 ルカテリーナ様は、僕が素直なのが喜ばしいようだ。

 そういう風な女王様的なオーラが、僕の目にありありと浮かぶ。

 そのままメビアナさんをベッドに寝かしつけると思っていたら、そうではなかった。


 側に近づいてきたルカテリーナ様がメビアナさんの頭に手を添えると、小さな声で呪文を詠唱し始めた。


 すると忽ち変化が起き始める。


 お姫様抱っこをしていたメビアナさんの重さが感じられなくなったかと思えば、メビアナさんが少し浮き上がり、空間に溶け込むように消えていった。


「ルーナ先生、メビアナさんが....消えた....どういうこと?」


 僕が何故これほど慌てているかといえば、普通では考えられないことが起こったから。


 普段の日常で使われる刻印魔法陣を使わないで行う、呪文による迷宮階層転移は起動するまでに、結構時間を要するのが常識だった。


 時間がかかるのは、呪文詠唱に時間が掛かるからなんだけど。

 詠唱時間で言うと一回の起動につき、大体早くて30分ぐらいは掛かるものなんだ。

 それが、呪文を詠唱してからすぐに消えるなんて、常識では絶対にありえないことなんだ。


 今の転移が成功したのか失敗したのか、それすら僕にはわからない。

 突然の現象に慌てた僕は、気持ちを少し昂ぶらせ、ルカテリーナ様に詰め寄った。

 目元を細め頬を緩めたルカテリーナ様は僕に言った。


「そんな泣きそうな目を為さらないでくださいませ」


「泣きそうって....突然消えたから驚いただけです。それでメビアナさんは何処に....」


「心配いりませんよ。メビアナは彼女の部屋のベッドに転送させました。後は彼女の側使いに任せておけばよいでしょう」


 嘘をついてるような顔には見えない。

 驚いているのは僕だけ...。

 周りにいるメイドさん達の態度も平然としている。

 各々のメイドさんが落ち着くように優しく声を掛けてきた。

 僕を安心させようと言ってくれたのがわかる。


「そっか....ふぅ」


 気持ちの昂ぶりも落ち着いた。


「こんなに簡単な呪文だけで転移するなんて、普通はありえないですよね。少しクロウル様の驚いた顔が見たくなったから、何も説明せずにしてしまいました。面白いように引っかかってくれて、わたくし的には大満足ですわ」


「はぁ、もう止めてくださいね。心臓に悪いですから」


「えぇ、わかりましたわ。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」


「全然怒ってませんよ」


「そうですか、目元がまだ怒っているように見えますけど....。

 まあ、いいでしょう。

 種明かしをすればクロウル様も納得なさるでしょうから、わたくしの話をお聞きください」


 ルカテリーナ様は、そういうと僕に分かりやすく解説してくれた。

 話をきくと、やはりさっきの転移は普通の方法とは違う手段を用いた転移だという。

 普段通りの手順を踏んだ上で転移するのであれば、必ず失敗するみたいだが、僕の魔力が注ぎ込まれたゲートクリスタルの魔力を使えば楽に出来るらしく、このような短距離転移も失敗することなくできるそうだ。


 ただ、ゲートクリスタルの魔力を使用するには、専用端末が必要らしい。


 それが、さっきメビアナさんが少しだけ話の話題に上げてくれた端末、名称は『魔導水晶版クリスタルデバイス』というそうだ。


「へ─、メビアナから少しは話を聞いてたんですね。でも、実物はまだ見せてもらってないようですね。こちらが実物になりますわ。どうぞ、手に取ってみてください」


 実物を僕に見せてくれた。

 形状は長方形の少し厚みのあるカード型。クリスタルの端の部分は黒い特殊魔導金属がはめ込まれていてクリスタルが割れにくいような工夫がされている。

 スタイリッシュなデザインだった。

 手に取ってみると、すごく軽い。


「これって僕でも使えるの?」


「えぇ、魔力がある人だったら、誰でも簡単に使える魔道具ですわ」


 なんでも古代魔道具を研究して作り上げた試作品がこの魔導水晶版クリスタルデバイスで、まだ試作品段階だからそれほど数は多くなく、まだ一部の貴族しか持っていないらしい。


 この魔導水晶版クリスタルデバイスに簡単な転移刻印魔法陣を表示するように音声認識機能を使って操作して、後は魔力を注げば魔法陣が起動でき、その操作によって楽に時間を掛けずに転移できるそうだ。


 ここの安全地帯セーフティーエリア内はどこでも魔力圏内だそうで、魔力切れで使えなくなることはないらしい。


 もちろん大元の最上階にある巨大クリスタルの魔力が尽きてしまえば、魔導水晶版クリスタルデバイスの機能は大幅に制限されるそうだが。


「今持っている魔導水晶版クリスタルデバイスはわたくしからクロウル様にプレゼントとしてさしあげますわ。ですからクロウル様は、これから普段からお持ちになっていてください。親しくなったわたくし達と文字でやりとりもできる機能もついてますし、魔導水晶版クリスタルデバイスを通じて言葉のやりとりもできますのよ。騙されたと思って一度試しにお使いになってみてください」


 そう言い終わると同時にルカテリーナ様は僕にも魔導水晶版クリスタルデバイスを渡してくれた。


 他のメイドさん達も加わってきて、簡単な使い方の説明を受けた。

 四方八方から、言葉が飛び交うから中々集中できないんだけど。

 

「へ─、凄いね。こんな高そうなの、プレゼントとして貰ってもいいのかな?なんだか悪い気がするんだけど」


「気にしないでくださいませ。この魔導水晶版クリスタルデバイスを使えば、お互いの心の距離を近づけられるそうですよ。クロウル様に差し上げるのは、わたくしの為でもあるのですから、悪いと思うなら、大事に扱ってください」


 この魔導水晶版クリスタルデバイスを使って各種連絡事項のやり取りをするらしい。

 他にも色々細かい機能があるそうで、例えば時刻表示機能もあって、これは嬉しい。

 後は追々使いながら説明していくそうだ。

 メイドさん達と僕は、魔導水晶版クリスタルデバイスを使ってコミニュケーションを取ってみると、メイドさん達の声が魔導水晶版クリスタルデバイスから聞こえてきたりして、思いのほか楽しめた。メイドさん達はもっとこの魔導具を使って一緒に遊びたそうだったけど、ルカテリーナ様がそこはビシッと閉めて、使い方の説明は一応終わったようだ。


 一通りの説明が終わったところでルカテリーナ様と他のメイドさん達にお礼を言っておく。


「ルーナ先生、それに皆さん、解説ありがと」


「いいえ、素直に聞いてもらえましたから、わたくしも満足のいく時間でした。ふふふ、それにしてもメビアナは凄いですわ、もう、クロウル様の心の隙間に入り込んだようですから。流石メビアナといったところでしょうか。クロウル様もメビアナを今後共大事になさいませ」


 説明が一段落したルカテリーナ様は話題を変えてきた。


「.....大事にはしたいと思うけど.....そうするとルーナ先生達は....どうなるの?」


 もしメビアナさんを彼女にしたら、他の女性達との交際関係は終わりになると思うんだけど。


 という僕の甘すぎる考えを最初から見抜いたように振舞うルカテリーナ様は、今更だという態度で僕に更なる追い打ちを掛けた。


「どうもなりませんわ。何を仰っているのですか。当然わたくし達も大事にするのは当然のことですわ。何せ、ここにいる全員、クロウル様の許嫁になるのですから。そして、このまま何事も無く進めば、クロウル様は、いずれはわたくし達全員の夫になるのです。ですから、わたくし達全員に極上の愛を注いでくださればよいのです」


 えぇっ許婚ってどういうこと。お見合い相手じゃなかったの?

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