14‐幽霊と桜と鎮魂歌

 もう春とはいえ、夕方からは少し冷える。

 俺はカーディガンを羽織りながら、ごうちゃんは寒くないのと訊いた。彼女は笑って、幽霊に暑いとか寒いなんてないよ、と答えた。


 レジャーシートなんて持ってなかったので、芝生の上に直接座る。


 向かって右手に街灯、左手に月。その真ん中に桜の木。

 ロケーションはいい感じだ。

 そしてやっぱり半透明の白ワンピの幽霊と桜の相性は抜群で、そこに佇むごうちゃんは、一枚の絵みたいに馴染んでた。


 思わずスマホを構えて撮る俺に、ごうちゃんがびっくりした顔をする。

 そういえば今まで一度も写真撮らなかったな。あんま写真映えするようなとこ行ってないし、もともと俺がよく撮るほうでもないし。


「やだ撮ったの? ていうか私、写ってる?」

「や、だめだったわ。ただの風景写真」

「よかった」


 いやよくないよ、これじゃ記念にならないじゃん。

 まあ、でも、そうか。ピアスのときに言ってたもんな、形に残るものはだめだって。


 けどさ、ごうちゃん。それなら歌だって残るだろ。


 俺はノートを広げて歌詞の仕上げをする。

 律儀なごうちゃんは、こっちの手許を見ないように気を遣ってか、夜桜を見上げていた。


 ひらひらと舞い落ちた花びらが、そのまま彼女の中をすり抜けていく。

 ごうちゃん自身もそれを気に留めてもいない。桜も彼女もお互いにそれが当たり前で、なんか寂しい。


「あ、そうだ!」


 何か思いついたって感じの声が聞こえた。

 また何か笑えるイタズラでもしてくれたかな、と思って顔を上げると、そこにごうちゃんはいない。


「あれ、どこ行った?」

「こっちだよー。上見て、上っ」


 指示に従って視線を持ち上げる。


 なんか違和感あるな、と思ってじっと見てみると、桜の中にぼんやりごうちゃんの顔が混ざっていた。


 しかしただでさえシースルー系なのに、似たような薄ピンクの群れに埋もれられると、半透明女子はめちゃくちゃ見つけづらいことになっている。

 なんかあれみたい。「この絵の中に隠れている動物は何匹?」みたいな画像クイズ状態。


「何やってんの」

「このさ、桜のもこもこってしてるとこに一回入ってみたかったんだ。今ならできると思って」

「はは。それで実行してみてどう?」

「んー……見た目ほどもこもこしてない」

「そりゃそうだ。中はぜんぶ枝でしょ。……そんなとこいると俺が見失いそうだから、下りといで」


 俺がそう言って手を広げると、ごうちゃんがふわりと桜から抜け出た。

 実体なんてないのに、ごうちゃんがそういう気分だったのか、一緒に桜の枝が少し揺れる。その振動でまた花びらがいくつもひらひら舞った。

 その中をゆっくりと降りてくる彼女を見て、桜の精みたいだと思った。


 妖精はそのまま俺の腕の中にすっぽり収まる。花びらよりも軽くて薄い女の子。

 感触がなくても、温もりを感じられなくても、たしかに今ここにいる。


「捕まえたー」

「捕まったー、でもすぐ逃げられるよー」

「あーそれズルい。……ね、キスしていい?」

「え、……何いきなり、びっくりするじゃん嫌じゃないけど!」

「訊かずにするより紳士でしょ? はい、眼つぶって」

「……もう」


 まあ前回は訊いてないけど。お互い酔ってたし。

 それにさ、今日はこのためにソフトドリンクにしたんだよね。実を言えば。


 ……わかってる。こんなことをしてると、このあと余計に別れるのが辛くなるってことくらい。

 形がなくても思い出は残る。歌は残る。この世に俺がいるかぎり、絶対にごうちゃんを忘れたりはできないから。


「……なんか、他の子に申し訳なくなってきた」


 顔が離れた瞬間、ごうちゃんはぽつりとそんなことを呟く。


「え、何?」

「いや……死んでるくせにイオを独占して、歌まで作らせてる挙句こんなにあれこれしてもらってさ……冷静に考えなくてもやばいなって……」

「なんもやばくないでしょ、彼女ならふつうだよ。つーかめちゃくちゃ今さらだな」

「……彼女?」


 ごうちゃんが真顔になる。つられて俺も真顔になった。

 もしかして今までの俺の態度をファンサービスの一環だとでも思ってたんだろうかこの子は。さすがにファンサの域を超えてるよ。

 いくら俺でもファン相手にそこまでしないし、ていうかまずガンちゃんに殺される。


 だけどまあ、たしかに俺も言ってはなかったよね。それっぽいことは一言も。


 そして今さらながらに思う、……俺って、いつからごうちゃんを、ファンじゃなくて恋人カノジョとして扱ってたんだろう。

 いつから彼女をひとりの女の子として好きになってたんだろう。

 わからないけど、でも、


「俺はそう思ってたんだけど」

「え、わた、私が、イオの彼女って、こと……?」

「うん。……ヤだった?」


 ごうちゃんの眼がきゅっと開いて、震えた。

 そこから涙が溢れてくることはないけれど、見えない何かが零れていることは、俺にもわかった。


「……ヤなわけ……ないじゃん……ッ」

「もー、……なんで泣くの」

「だって、そんなこと、言われたら……、い、きたかった、って、おも、っちゃ……」

「……ごめんね」

「イオのバカ! ……生きて……ほんとに、彼女になりたい……なりたかった……ッ」


 俺も、なってほしかったよ。


 ごうちゃんはたぶん、生身ならわんわん泣いてるような状態だったんだろう。幽霊の身体はそれすらもできないから、ただ俺にしがみついて震えていた。

 この腕の心もとない感触には自信持てないけど、俺、きみを上手に抱き締められてるかな。



 しばらくそうしてた。どれくらいかはわからない。俺も時間の感覚がなくなっちゃったみたいだ。

 夜の闇が少しだけ濃くなって、俺の身体にだけ桜の花びらが降り積もった。


 落ち着きを取り戻したごうちゃんが、俺の腕からするりと抜ける。


 背景には夜桜と月。それが彼女の輪郭に沿って透けている。

 なんだか薄さが増しているように思えるのはあたりが暗いせいなんだろうか。


「……歌、もうほとんど完成してるんでしょ?」


 俺は頷いた。もう暗くてノートの文字は読めないけれど、見なくても頭にぜんぶ入ってる。


「ラストのCメロだけ、まだ悩んでるけどね。気付いてたんだ」

「毎日ずっと一緒にいたから、なんとなくね」

「そっか」


 たぶんもう、わかってるよね。

 最後のフレーズは決められないんだよ。


 だってこれが完成したら、きみはいなくなっちゃうんだろ。


「イオ。……あのね、私、もうひとつ嘘吐いてたの」


 ごうちゃんの足が地面についた。裸足の小さな白いそれは、けれど汚れることはない。


「ほんとはね、歌なんかなくたって、いつでも成仏できるんだ」

「……どういうこと?」

「引っ張られるって話をしたでしょ? あれね、たしかに怖いグループもいるけど、もっと上のほうから呼んでるような気配もあるんだ。

 なんとなくわかるの。あの声のほうに行けばいいんだって……」


 ああ、そうか。


 その話には俺も納得した。だってごうちゃんはいつも、俺が目を覚ますころ、窓辺で空の向こうを見つめていたから。

 きっと天が彼女を呼んでたんだろう。

 そっちに行きたいのを、俺のためにずっと我慢してくれたんだろう、と。


「だから無理に作らなくていいよ。……ほんと、とんでもない嘘吐きでごめんね」

「ううん……じゃあ、これは俺からのリクエスト」


 俺はギターケースからアコギを出した。

 弦に触れて、調律の具合を確かめる。こいつを弾くのにピックは使わない。


 これが初めて買ったギターで、俺の相棒で、半身で、真の存在。

 俺にとってはこいつこそが『イオ』で、俺はこいつの付属品の演奏用パーツ。バンドではエレキを使うけど、そっちでも同じ気持ちでいる。


 だって俺は、ピックを握って生まれてきました、みたいな生粋のギタリストじゃない。

 始めた動機が不純なら、音楽の知識もほとんどなかった。馬鹿で下手くそで、人に聴かせられるレベルになるのに何年もかかったし、今でもステージの上では卒倒しそうなくらいに緊張する。

 だから――主役はギターで、俺は裏方なんだと思ったほうが、少しだけ気が楽になる。


 でもそんな俺を、他にもギターの上手いバンドマンなんてごまんといるのに、ごうちゃんは見つけてくれた。

 面と向かって、俺のファンだなんて言ってくれた。こんな俺に。


「……聴いてもらっていいかな。餞別に」

「うん、……聴かせて。私たちの、思い出の歌……」



 いきなり君は現れた、灰色の俺の部屋に


 捉えどころがなくて自由気まま

 薄めすぎたカルピスみたいに半透明

 でも存在感はそれ以上

 冷えきった俺の人生に、温かい春の風が吹き込んだ


 君が観たいと言った映画を

 俺は無様に寝過ごした

 なのに君は怒りもせず、ただの無邪気な批評家だった


 カフェでのランチは傑作だった

 今後はショーケースに並んだケーキを見るたびに

 君のイタズラを思い出すんだろう


 俺の夢はね、君にピアスを買ってあげること

 りんごの形したかわいいやつさ

 それを着けて会いにきてくれ、最前列は確約するから



 渇ききってザラザラで、擦り傷だらけで

 代わり映えのしない毎日だとしても

 君の笑顔と「おはよう」さえあれば

 今日も太陽は黄金に輝く


 待たせてばかりだったけど

 君はどんな気持ちで俺の寝顔なんて眺めてたのか


 幕を引くのは俺の手で

 別れを告げるのは俺の歌で

 日取りも場所も決めたってのに、心だけは決まんない弱っちい俺だ


 街灯に照らされた笑顔がやけに胸に残ってる

 焼き付けられたみたいに


 あの日酔ってた君のことが忘れられなくて

 キスの感触もわからない、なのにどうしようもなく幸せで

 ずっとそんな日を繰り返したかった

 春のままでいたかった


 ……


 またいつかどっかで逢えないか、なんてバカな夢をまだ見てるんだ

 だから言わない

 四文字の挨拶はなしだ、許してくれ


 バカな夢をまだ見てたいんだ

 バカみたいな夢を



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