07‐幽霊と朝飯と失踪疑惑
結論から言うと、その日のデートでは完結できなかった。
つまり俺は歌詞を完成させられないまま夜のバイトに行かねばならなくなった。すまんゴーちゃん。
そんで、一日じゅう一緒はお互い疲れるよねって話になったので、バイトの間ゴーちゃんはうちで留守番だ。
ついてきても面白くないだろうしね。どこにでもあるチェーンの居酒屋なんてさ。
俺の髪色で働ける場所ってそんなに選べない。
ちなみにシフトがずれ込んだ理由もなかなか春だった。
通常営業のかたわら花見向けに料理や酒の宅配をやってる店なんだけど、そっちで大口の注文が入ったので別のバイトが駆り出されてるんだそうな。
俺はその話を聞いて、花見もいいかもしれない、とちょっと思っていた。
ゴーちゃんは花には興味ない可能性もあるけど。むろん俺も見るくらいなら良いねぇと思う程度で、わざわざ花見に行こうとは今まで思ったことはない。
でもなんか、透き通った白ワンピの幽霊って、絵的に桜と相性よさそうじゃない?
なんにせよすぐには行けないけど。
スケジュール的都合もあるし、あと騒がしい酔っ払いがいなさそうな場所を探さんとね。
とりあえずバイト中、他のバイト仲間にちらっと聞いてみたがいい案はいただけず。
逆に某公園は絶対やめたほうがいいと念を押された。存じてます。春になると必ず変態が出るいわくつきの場所なんて俺もやだ。
でもゴーちゃんは生身の女の子じゃないからそういう危険はあんまないのか。
……現役JK(恐らく)なのに夜中連れ出そうが何しようが絶対誰にも怒られないんだな、とか一瞬思ってしまったが、俺も触れないから何もしようがない。
逆に考えて生身なら危険って女の子も大変だ。中には男狙いの特殊な変態もいるらしいけど、レアすぎて気にしたことがない。
ともかく収穫がないまま家路につく。
アパートの近くの川沿いも桜並木ではあったな、と今さら思い、そちらを意識しながら歩いた。
河川敷にはちらほらレジャーシートの群れがいて、この辺は微妙な感じ。
まあすでに明け方なので、どれも場所取りさせられてる可哀想な人たちなんだけど。こんな時間から粘るとか意外と人気スポットだったのか。
家に帰ると、ゴーちゃんはなぜか部屋の真ん中で正座をしながら浮いていた。礼儀正しい。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「……なんかいいなぁ、それ」
ずっと独り暮らししてるから、返事があるのちょっと新鮮だなと思って、ほっこりしてしまった。
相手が幽霊だと思うとホラーな絵面だけどもね。
そんな俺とは対照的に、ゴーちゃんは表情が固い。
「こんな時間までお仕事なんだね」
「居酒屋だからね。……今日はもう寝るわ、続きは明日ね……いや日付的には今日だけど……ふぁぁ」
俺はそう言い残して撃沈した。のだと思う、そこから先の記憶がない。
自分で思ってたより疲れていたみたいだ。
心地よく爆睡したので夢も見なかった。おかげさまで寝起きもさっぱりしていて、いい感じの朝を迎えた。
いや時間的には昼のが近いくらいだったけど、朝帰りしたようなもんだからね、仕方ないね。
しかし、目が醒めるなりゴーちゃんの顔が間近にあったもんだから、俺はビビった。
「……うぉ!? ……お、おはよ、ゴーちゃん」
「おはよう……」
ゴーちゃんもびっくりしていた。俺が声出してビビったもんだから。
「ごめん、暇だったから寝顔見てたの……」
「あ、そう……それって楽しいの?」
「うん。楽しいっていうか、まあその……えへへ」
えへへ #とは。
まあゴーちゃんが楽しかったならいいけど。額に肉とか書かれてなければ。
というかそもそも、寝顔は昨日も見られていたわけだし。
俺としては、わりとわかりやすく好かれてるっぽいことに、なんかむずむずしてしまう。
そういう意味じゃなくて。ダイレクトに好意を向けられることにあんま慣れてないというか、なんか照れくさい。
もちろん、すごく嬉しい。
今日も飯代わりにコーヒーを飲みながら、普段から使ってる歌詞ノートを広げる。どこにでも売ってるふっつーの大学ノートだ。
まだ形にできるものは少ないが、思いついた単語をメモしておきたかった。
「朝っていつもコーヒーだけなの?」
「うん、ごくたまーに気が向いたらパン食べる程度」
「ちゃんと食べなきゃだめだよー」
「ならゴーちゃん作ってー。って、無理かー」
「……うー」
なぜ唸る。かわいいけど。
言わんとすることはわかるんだ。毎日きちんと朝食を摂りましょう、三食でもっとも大切なのは朝食です、なんて生きてるうちに何度も見聞きするフレーズだし。
でもこう昼夜バイトで合間にライブや合同練習ってな具合の不規則な暮らししてると、ちゃんとした食生活しようなんて気は失せる。つかしたくても無理。
それで残念ながら今日も一日シフトが入っておりましてね……さすがに二日連続では休めない。
「てなわけでまた留守番しててね」
「うん、わかった。……あ、待ってる間ノート見ててもいい?」
「いいけどページめくれる?」
「がんばるっ」
はは、かわいい。がんばれ。
とまあ、この日の朝は平和だったのだが、俺がふたたびバイトから帰ってきたところで予想外の展開になった。
ちなみに昼と夜のバイト先が近いのと、時間的な都合で俺は途中で家に帰らない。なので居酒屋でのバイトが終わってから、つまり日付的には翌日の明け方だ。
端的に言うと、家にゴーちゃんがいなかった。
「ただいまー。……あれ? ゴーちゃーん」
むろんアパートの部屋は狭い。寝るとこと風呂トイレのふた部屋しかないけど、そのどちらにも彼女の姿はなかった。
ローテーブルの上に置かれたノートは適当なページを開いたまま。
俺は、なぜだか愕然とした。
いやなぜかも何もない、とっくに俺の生活にはシースルー幽霊女子が馴染んでしまっていたのだ。
そもそも普段は家に帰ってもただいまなんて言わない。独り暮らしなんだから、返事がないことなんてわかりきってるから。
つまり俺は「おかえり」を期待してしまっていた。
どういうことだろう。
まだ歌が完成してないのに成仏できたんだろうか?
……いや、それより、もしもまた引っ張られて、抗いきれずに攫われてしまったのだとしたら。
どっちの可能性のほうがありえるのかはゴーちゃんにしかわからない。けれど頼むから後者であってほしくはない。
成仏したがってたゴーちゃんが、そのために俺に会いにきてくれたあの子が、恨みつらみを抱えて彷徨える亡霊の仲間入りなんて嫌だ。
俺がその場にいたら絶対そんなことはさせない。させなかったのに。
マジかよと呟いて、俺はへたり込んだ。
それに……仮に成仏できたんだとしても、それを見送れなかったのは残念だ。寂しいし悔しい。
質量も濃さもなかったはずなのに、ゴーちゃんがいないと部屋が空っぽに感じる。
……。
気づいたら寝てた。そして、久しぶりに夢なんて見ていた。
夢の中で俺は、生身のゴーちゃんと一緒に歩いてた。ちゃんと手を繋いでる感触もあって、ゴーちゃんの耳には、あのりんごのピアスが揺れている。
見事なまでに俺の願望の塊みたいな夢だ。
なんでこんな夢を見てるんだろう、我ながら未練たらしさがすげーなと、夢の中で自分で自分に呆れていた。
そう、俺は、これが夢だってわかっていた。たまにある。
ふいにゴーちゃんが手を振り解いて、笑いながらどこかへ走って行こうとする。
その向かう先が黒ずんで見えない。止めなきゃと焦った俺は、彼女の名前を呼ぼうとして、気づいた。
生身の彼女は「ゴーストのゴーちゃん」じゃない。
だけど俺はほんとの名前を知らない、教えてもらえなかったから、呼び止められないんだ。
そこで目が覚めて、なんかもうやりきれなくて、俺は情けない声でうめいた。
「……大丈夫?」
そんな俺を、横から覗き込む顔。と声。がある。
「えっ……ゴーちゃん!?」
「そだよ? ……あ、ただいま」
「おかえり、じゃないよどこ行ってたんだよ!」
「え、えと、ごめんなさい、あの、ちょっと散歩に……怒ってる?」
「怒ってない。……ごめん、大きい声出して。怒ってないよ。
ただ、また引っ張られてどっかに連れてかれたんじゃないかと思って、すげー心配だったから……よかった……」
それにしても騒ぎすぎだと自分でも思うけど。あーもー恰好悪い、何してんだ俺。
「それにもしかしたら、俺がいない間に成仏しちゃったかとも思った」
「それはないよー。イオのオリジナル曲聴くまでは絶対死ねない……じゃなかった、成仏できないから。
心配かけてごめんなさい。あと……あ、ありがと……」
ゴーちゃんは微笑んでたけど、ちょっと困ってるようにも見えた。
俺も思った。今からもうこんな調子で、俺たち、ちゃんとお別れができるんだろうか。俺たちっていうか主に俺。
ともかくコーヒーを淹れて朝飯にする。今日はゴーちゃんのためにもトーストを焼こう。
ああ。もしかしたらこの先、つまりゴーちゃんが無事に成仏できたあとの話なんだけどさ、朝こうしてパンを焼くたびにこの子のことを思い出しちゃったりしそう。
でもさ。思い出すこと自体は悪いことじゃないよな。
だって死んだらもう、誰かの記憶の中でしか生きられないんだから。……俺はゴーちゃんが生きてたときのことをほぼ知らないけど。
それでも、ゴーちゃんのことを忘れてしまうよりは、たまに思い出してしんみりするほうがいい。
だってこの世で唯一かもしれない俺のファンなんだから。
……あの世か? ここにいるうちはこの世でいいか?
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