12‐幽霊と公園ランチ
「髪真っ白だし、バンドマンだし、もっとチャラチャラした人だと思ってたの」
「あー……そうね、見た目はね」
たしかに外見と中身のギャップがすごいってよく言われるほうだったな俺。と、ゴーちゃんに指摘されながら思い出す。
いやこの頭にも涙ぐましい理由があるの。俺って顔の作りが控えめに言っても地味だから。
ユウロとカリみたいなタイプの違うイケメンに挟まれて、さらに背後にはガチムチがいるとね、髪色くらい明るくしないと
フライヤーとかで集合写真載ったりすると、もうそれが顕著なわけ。
「だから女の子とも遊び慣れてて、私なんか絶対相手にされないだろうなって……ふふ、だから最初はね、歌も断られると思ってたんだ。
でもぜんぶ、いい意味で想像と違った」
「そか。いや……相手にされないは言いすぎでしょ」
「ほんとにそう思ってたんだもん」
何を言う、たとえ俺が想像どおりのチャラ男だったとしても、絶対ゴーちゃんを放っておかないって。
卑下する必要はぜんぜんない。ゴーちゃんはふつうにかわいい子だ。
あとはまあ……これ言っちゃうのはアレなんで口には出さないけど、ぶっちゃけ若い女の子ってそれだけで訴求力あるから。
「ゴーちゃんはわりと印象変わんないな。最初と今で。見た目どおりのザ・お嬢さんって感じ」
「そう? ザ・幽霊って感じじゃない?」
「……言われるとたしかに黒髪ロングに白ワンピって幽霊のテンプレじゃん。あー……でもぜんぜん怖い感じしなかったからかな、一度もそう思わなかったわ」
まったく貞子感ないよね。基本いつもニコニコしてるし。
あと顔が呪怨みたく青くないから、むしろ透けてないと幽霊にすら思えないくらい。それどころかすぐ照れて赤くなっちゃうし。
ほんと活き活きしてるから、……ほんとうに死んでるのかなとか思いたくなる。透けてるし浮いてるけど。
「あ、しいていえば『ゴーちゃん』って名前の印象は変わったかも」
「……え?」
「最初はさぁ、ゴーって音が男名前だし、女の子をそう呼ぶの変な感じだったんだけど、なんかずっと言ってるうちに慣れてきたっていうか。むしろ今はちょっとかわいく感じる。
それこそ見た目は男っぽい系統とは真逆だから、そのギャップがいいというかね」
言ってて、俺もけっこう変な感性かもしんないなこれ、とちょっと思った。ゴーちゃんのことを言えない。
まあでもあれだよ、これ、俺すでにゴーちゃんに対してフィルターかかってるから。たぶんゴーちゃんに関わることだったら何見ても好意的に受け止められるよ今なら。
……いや俺ちょろいな。まだ会って一週間ちょいの相手にメロメロかよ。
ゴーちゃんはというと、一瞬黙った。
それからにこっと笑った。
「……ありがと!」
つられて俺も、にへらと笑った。
・・・+
さて、イラストレーターがこっそりSNS更新してるのに気付いたので、俺たちはそそくさとギャラリーを後にした。
というかフォローしてるから俺にも通知くるっつの。ツメの甘さまでユウロと同じかい。
これは飯も近場にしたら誰かに遭遇しそうだなと思い、どうせ寄る予定のあった楽器屋の近くに、地下鉄で移動した。
そこは駅前にちょっと洒落たスタンドがあるので、昼用にサンドイッチとコーヒーを買って、南に向かって歩く。
楽器屋は学生時代からの行きつけなんで、このへんは俺の庭。
だからちょっと行ったところに、人気がなくていい感じの公園があることも知ってる。
植え込みにぐるりと囲まれて、ベンチがふたつあるだけ、あとは噴水も遊具のひとつもない。ほんとに小さくて寂れた公園だ。
近くには他にもっと大きくて充実したとこがあるから、近くに住んでる園児もこんなとこには遊びにこない。
お陰さまで、昔はここが俺の練習場所だった。
「のんびりしたとこだねぇ」
ゴーちゃんはおっとりとそう言って、幽霊なのに腕を伸ばすような仕草をした。
「いいとこでしょ?
ここに桜さえあったら花見もここでしたかったんだけどね。樹はぜんぶ紅葉だか楓だったか、とりあえず秋はけっこうキレイなんだけど、春はそこの花壇くらいしかないから」
「そだね。でも花壇もちゃんとお手入れされててかわいい」
そうだね。俺としてはお手入れっていう言いかたがかわいいと思ったね。
「この辺りって来たことなかったな。なんていうか、理由がなくて」
「そうだよね。俺も楽器屋なかったらこっち方面に用ないわ。逆にもっと五駅くらい乗ってくとまたいろいろあるけどさ」
「ちょうど繁華街の間だもんね」
「ね。……あ、やべ」
喋りながら食べてたら、サンドイッチのソースが下から垂れてきた。
まったくこれだから照り焼きチキンってやつは。でもこのソースが旨いんだよなぁ。
それにたぶんあの店の中でいちばん香りが強いのはこれで、ゴーちゃんは匂いを嗅ぐしかできないから、できるだけ彼女の満足度が高そうなのを選んでみた。
ともかく手についたソースをその場で舐めとった俺を、ゴーちゃんがガン見している。
……ごめん、俺きみほどお行儀よく育ってないんだわ。
「ほんと指なっが……」
え、あれ、そっち?
「そう? 骨ばってるから余計そう見えるのかね」
「かなぁ……」
「……、もしかしてゴーちゃん、手フェチ?」
「え、あ、バレたっ」
はは。そりゃさ、そんな顔してじっと見られたらわかるよ。こんなんの何がいいのかはぜんぜんわからんけど。
わからんけど、あたふたして照れてんのはかわいい。
「ゴーちゃんの知られざる一面はっけーん。これは歌詞に追加ね」
「えー、やだ、それはだめ」
「どうしよっかなー」
「もーっ、絶対やだからね、そんなの入れたら成仏できなくなるからっ」
「そこまでか」
正直その脅しはまったく怖くも困りもしないけど、そこまで言うなら諦めざるをえませんな。
そんな感じで楽しくじゃれあってた俺たちだったが、ふいにゴーちゃんから笑顔が消えた。もともとあたりは静かだったから、俺たちが口を閉じると、途端にここは寂しい場所になる。
ゴーちゃんは俺の隣に降りてきて、形だけでもベンチに座るような体勢をとった。
酔ってたときみたいにくっついてはいない。俺たちの間には五センチくらいの隙間があった。
そうして、どこか躊躇うような口調でゴーちゃんが口を開く。
「……ねえイオ、ちょっと真面目な話していい?」
「うん」
「今朝思ったんだけど。……少し痩せすぎじゃないかなって」
「……え、あ、俺の話?」
ゴーちゃんは真剣な表情で頷いたけど、俺はてっきり彼女の今後の話でもするのかと思ってたもんだから、ちょっと拍子抜けしてしまった。
まあたしかに俺はムキムキ/ふつう/ヒョロガリでいったら、誰もが迷いなくヒョロガリだと言う体型をしてる。
でもこれ半分くらい体質なんだよね。食っても太らないし、筋肉もたぶん人よりつきづらいみたい。
……ということをゴーちゃんにも説明したけど、彼女は納得しなかった。
「体質もあるかもだけど……イオの生活って、健康的とは言い難いでしょ? ……私がこんなこと言っても鬱陶しいだろうけど、心配だよ……。
イオには長生きしてほしい」
そう言いながら、ゴーちゃんは自分の手のひらを見つめていた。
俺のと比べてずいぶん小さなそれで、彼女はほんとうなら、この先もいろんなものと触れ合うはずだった。
けれど今のゴーちゃんは、誰にも触れない。
まだ寿命の半分どころか四分の一も生きていないのに、ゴーちゃんの人生の幕は閉じた。
今は最後の猶予期間で、それももうすぐ終わってしまう。……俺がこの手で終わらせようとしている。
そうなったあと、残された俺にできることはたったひとつだけ。
彼女のぶんまで生きること――なんだかそう言われたような気がした。
それが悲しかった。俺だってゴーちゃんに長生きしてほしかったよ。ちゃんとした身体がある女の子として知り合いたかった。
他のやつらに紹介したかったし、チケット捌くの手伝ってって頼みたかった。いい席とっときたかった。
俺の知ってる、穴場の美味しい店に連れて行ってあげたかった。
一回くらい朝飯も作ってもらいたかった。
あのピアスを買ってあげたかった。着けてるところが見たかった。
手を繋いで歩きたかった。
キスしたかった。それ以上だってそれ以外だって、何だって、望みは尽きない。
だけど何を想ったところで、ひとつだって叶うことはないんだ。
初めからわかってたはずなのに、こんなことなら出逢わなければよかったんじゃないか、なんてさえ思ってしまう。
死んじゃった後でも俺を慕って訪ねてくれただけで、満足しておくべきだったのに。
だってさ。
これじゃあさ。
好きだよとすら、言えないじゃんか。
「……努力はするよ」
「絶対だよ。天国行ってもずっと見守ってるからね。あんまり早く
「うん……」
言葉に詰まりながら、なんとかそう言うしかできなかった。
追い返すは手厳しいなあ。そしたら俺、ゴーちゃんより質の悪い浮遊霊とかになっちゃう。
「……俺からもちょっと、真面目な話していいかな?」
「うん? 歌のこと?」
「いや」
いつ言おうか迷っていたけれど、いつになく空気が重いから、ここで便乗してしまうことにした。
傷つけたいわけじゃない、何かを責めたいわけでもない。
ただ、純粋に、きみのことが知りたかった。
「……ゴーちゃんさ、俺に、嘘吐いてるよね」
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