11‐幽霊とアヴァンギャルド

 それからまた代わり映えのない日々が始まる。

 ひたすら無心で働く俺には、木曜のお花見デートだけが生きがいだ。


 ……ってなんかシリアスに語っちゃったけど、要するにマジでなんも面白いできごととかなかったってだけなんだけどね。


 ゴーちゃんはちゃんと部屋で待っててくれた。前みたいにいなくなってるなんてことはなく、知らない間に出てるかもしれないけど、少なくとも俺が帰るときには戻っていた。

 それが嬉しくて、同時に当たり前みたいに勘違いしそうなのがちょっと怖い。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 会話はそれだけだ。夜勤のバイトを終えたあと、俺は帰ったらすぐ寝なきゃならない。

 時間が時間なもんだから風呂にも入れず、必然的に朝起きてからシャワーを浴びるのが俺のルーチンになっている。ゴーちゃんとゆっくり話せるのもそれからだ。


 ゴーちゃんは寝ない。というか眠ることができない。

 だから俺が寝ている間もずっと部屋でひとり、何も持ち上げられない不便な身体で、ひたすら時間がすぎるのを待っているんだろう。

 昼間もずっと待たせっぱなしなのに、またさらに放置ってわけだ。


 申し訳ないし、きっと相当暇だろうけど、俺もさすがに寝なきゃ身体がもたないことくらいはわかってるから無理はできない。

 ごめん、ゴーちゃん。


 今日も倒れるように眠り、そしていつの間にか日が昇っている。

 眼が醒めるとゴーちゃんの背中が見えた。窓辺に佇んで遠くの空を眺めていた彼女は、俺が起きたのに気付くとにっこり笑う。

 そっちに天国があるのかな。ゴーちゃんにはそれを感じられるのかもしんない。


「イオ、おはよ」

「おはよ、ゴーちゃん。……ふぁーあ……っ、やっと来たか、木曜」

「あ、そっか。今日だ」


 待たされすぎて慣れちゃったか、あるいは時間の感覚がないってのがほんとうなのか、ゴーちゃんはけろっとしている。

 まあこの部屋カレンダーとか貼ってないしね。日付とか曜日はスマホ見ればわかるからいいやと思って、そもそも買ってすらない。


 朝飯のあと、俺はまたフリマよろしく服を並べてから風呂場に向かう。今日はデートなのでゴーちゃんに選んでもらうのです。

 そしてシャワーを浴びながら、頭の中で予定の再確認をする。

 まず個展を見に行って、そのあと昼飯。次に俺の都合で楽器屋に寄って、そのまま繁華街をぶらついてから、スーパー行って花見用の買い出し。


 花見の場所は、いろんな人に聞きまくった結果余計にわからなくなったので、もううちの近所の河川敷で探すことにした。

 スポット化されてるような場所ではのんびりできないかもしれないから、人に教わった場所ほど避けるべきじゃないかなと思ったのもある。


 たぶん問題はないはずだよな、と自分に言い聞かせながら風呂を出たところで、はたと気付いた。

 ……服、ゴーちゃんに選ばせてるじゃん。こっち持ってきてないじゃん。


 辛うじてパンツはあるけどパン一で出るわけにはいかないだろうと思い、その上からタオルを巻いて出てきた俺を、ゴーちゃんはすごい顔で二度見した。そして眼を逸らした。


「な、ななななんでタオル一枚なの……!?」

「いやだって服こっちだし。で、どれ着ればいいの?」

「え、と……上はこれとこれ……下はそっち……」


 そんなにキョドることないじゃないの、たかが男の半裸で。と思ったけど、ゴーちゃん温室育ちっぽいしなあ。

 あと初日も服選んでもらったけどそのときは一回スウェット着て出てきたから、今日もそうだと思って油断してたのかもしれない。むしろなぜ今日もそうしなかったんだ俺。

 俺そういうとこ抜けてるんだよな、と思いつつ指定された服を持って風呂場に取って返した。


 無事に服を着て、ついでに髪のスタイリングもして戻ったところ、まだゴーちゃんは顔が赤い。かーわい。


「おまたせ」

「う、うん……」


 手を差し出すとおずおずと握り返してくれる。

 感触なんかなくたって、そこが繋がってるのはちゃんとわかるんだ。不思議なことに。



 ・・・+



 例の個展の会場は、繁華街にある雑居ビルの中のギャラリーでやっていた。ビル自体が小さいのでフロアをまるごと使っている。

 受付のとこにイラストレーター本人がいて、俺の顔を見るなりぱっと明るい顔をした。


「イオくん! 来てくれると思わんかったわ~!」


 ……なんで? 俺そんなに冷たい人だと思われてたわけ?


「こんちわ。いや顔くらい出すでしょふつう」

「でも今日が初日だもんさぁ、しかも一番乗りだよ! それにほらイオくんバリ忙しいって、いつもユウくんから聞いとるしよ~」

「あー、うん、今日たまたまオフだったからさ」


 あとゴーちゃんの提案だったからね。でなきゃマジで顔出すだけレベルだったかもしんない。


「この人だよね? なんか絵から想像してたのとぜんぜん違……テンションたっか……」


 横でゴーちゃんが気の抜けた口調でそんなことを言うので、俺は笑いそうになるのを堪えなきゃならなかった。他の人にはそれ聞こえてないんだから。


 でもめっちゃわかる。

 この人の絵、なんか根暗そうな感じするから、もっとどんよりした人が描いてそうだもん。

 俺も最初は描いてる人と宣伝してる人が別々にいるのかと思ってた。いやマジで二重人格なんじゃないのかな。


「あ、そうだ、イオくん来場ってSNSに上げんとな! いいよね?」

「……あーごめんそれはちょっと」

「えーなんで? ぜーったい集客効果ある! お願いッ!」


 ね、このノリね、ユウロが見つけてきたってのめちゃくちゃ納得できるでしょ。あいつと同族。

 むしろお互い押しが強すぎて合わないんじゃ? って気もするが。


 ていうか俺じゃ大した集客効果はないと思うけどな。

 あと見た感じけっこう人来てる(少なくとも俺が想像してたよりは)みたいだけど。まあでも即売会兼ねてるんならガッつくのも……いや初日に売れすぎたら後半スカスカにならない?


 とにかく断固として拒否だ。

 今日はゴーちゃんとの、予定の上では最後のデートの日なんだから。一分だろうと他の誰かの相手をして時間をとられたくない。

 ……そう思うとこの場所チョイス間違ってるんだけど、でもゴーちゃんの希望だしなぁ。


「そういうのは俺じゃなくてユウロとかカリが来てるときに盛大にやって。あいつらそういうの大好きだから、むしろ自ら進んで呟いて拡散してくだろーし。それなら俺も手伝うし。

 とにかく俺のことはオフレコで」

「ええ~ケチ~」


 この野郎。マジでユウロの分身かなんかか。


「……何、彼女できた? もしかしてここ来てるとか? 密会しちゃう感じ?」

「あのねぇ……」


 違うけど、違わないけど、でも違う。

 この人の性格からして変な誤解させると絶対テキトーな尾ひれつけて広められる。この場合なんて答えるのが正解なんだよ。


「あー、その……そんなんじゃないけど、このあと予定詰まってるからさ……ちょっと誰かに捕まる暇ないっつーか……」

「……あーはい。そう。わかったわ。うん」

「なんか誤解してないよね? マジで違うからね?」

「してないしてない~俺の絵だと雰囲気出ないと思うけど、ま、ごゆっくりどうぞ♪」


 絶対してるだろもう。まあいいか、めんどくさくなってきた……。

 ていうか彼女できた疑惑くらいでここまで遊ばれる俺という存在がもう悲しいわ、知ってるけど。


 俺はゴーちゃんに小声で、ちょっと早めに出ようか、と言った。

 彼女は今日がタイムリミットだとは知らない、とりあえず俺は伝えていないので意図はわからなかったろうけど、苦笑いして頷いた。まああの濃ゆい受付を見たら長居しようとは思わないよね。


 なんで最後だと言わなかったかって、それは単に俺の甘えだ。

 宣言してしまわなければ、なんだかんだで今日もやっぱり終われませんでした、という抜け道が残るような気がするから。絶対に終わらせるなんて強い意志が俺にはないからだ。

 我ながらほんと女々しい。


 最近はだから、歌詞ノートを彼女に見せないようにしている。

 本番までのお楽しみにしといてよ、とかそれらしいことを言いながら、ほんとうは進捗を知られたくなかっただけだった。


「なんか……本人見たあとだと、絵の印象も変わるね」


 なにやらグロテスクな色使いのイラストを眺めつつ、ゴーちゃんが呟く。


「ね。人は見かけによらないって言うけどさ、あそこまでいくと軽い詐欺じゃない?」

「詐欺って……イオはそれ、人のこと言えないからね? ふふ」

「え、どゆこと?」


 ゴーちゃんはくすくす笑う。その仕草も、思えば品がいい。

 これが最後だと思うと、今まで喉につかえていたいくつかの問いかけを、そろそろ投げかけてもいいんじゃないかという気がしてきた。

 彼女のことを何も知らないままお別れするのは、あまりにも寂しい気がする。


 でもそれは今じゃなくてもいい。

 今日は、一日まるごとぜんぶ、ゴーちゃんとの時間にするんだから。機会はまだある。



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