10‐幽霊とアルコール
「な……なんかきっつい……頭くらくらするぅ……」
ビールの匂いを嗅いだゴーちゃんは二日酔いみたいになってた。
駆け寄って抱き起そうとしたけれど、俺の手はスカスカと彼女をすり抜けてしまって、いつかの水を持てないゴーちゃんみたいなことになった。
なんで? 今まで感触はなくても触れてるっぽかったのに。
ゴーちゃんは結局自力で起き上がって、マジで二日酔いのときの俺みたいにローテーブルにしがみついた。
「大丈夫? 幽霊なのに酔っぱらってんのかな?」
「わかんないけど……アルコールがだめかも……私がっていうか幽霊が、かな……」
「あ、……そっか、お祓いのときお酒蒔いたりするアレか!」
「うぅぅ……それはよくわかんないけどぉ……」
でもあれ日本酒だろふつう。ビールでも効くのか? アルコールならなんでもいいのか?
……あーでもアルコール消毒スプレーで幽霊撃退みたいな話をたまにネットで見かけるから、あながち間違ってはないのかもしれん……あれネタじゃなくて事実だったのか……。
「ごめんね。危うく除霊しかけちゃったのかもしんない」
「だ、大丈夫……くらくらするのは治まってきたから……でもぜんぜんいい匂いじゃない。これが美味しいの?」
「美味しいというか、まあ、のどごしを楽しむものだから。高級なやつは味も美味しいらしいけど」
「大人の答えだー」
そうか? 相変わらず感性が謎だな、と思ったところで、ふと気づく。
ゴーちゃんがちょっと変だ。上手く言えないんだけどまた浮かびつつあるその身体が、こう、内側からほわぁと滲んでいるように見える。
それに眼もどことなくとろんとしてるような。
ゴーちゃんはふよふよと、これまたいつもの浮遊感とは違った動きで俺のほうに来た。
……やっぱり酔ってるのかな。ていうか酔えるのか幽霊って。
そして、そのまま俺の隣に座ったかと思うと、そのまま肩にもたれてきた。
「どした?」
「んー、一回ね、こうしてみたかったなーって思って、やってみた。重い?」
「ぜんぜん。お世辞じゃなくて体重とかないでしょ」
「そだねー」
あ、酔ってるわ。これ完全に酔ってるわ。幽霊って酔えるんだわ。
悲しいかな、もたれられても重くないどころか、やっぱり俺の側にはほとんど感触がない。
こうして目に見えてるのに。ここにいるのに。
それどころかまた俺の手は彼女をすり抜けて、肩を抱くこともできなかった。
「……いやおかしくね? 手は繋げたじゃん」
「あれはー、私が、そうしたからー」
「何それ。触れるかどうかゴーちゃんの意思でコントロールできるってこと?」
「みたいだよー。さっきは力入んなかっただけだけどねぇ、あはは」
なーにこれ。ふにょふにょに酔って笑ってるのめっちゃかわいいんですけど俺からは触れないってどんな嫌がらせ。
「……あれ、イオ、怒ってる?」
「怒ってない。ただゴーちゃんからしか触れないのはズルくねーかと思って」
「あはは。……んふふ。なにそれ。
……私はねぇ……正直ちょっと、安心かなぁ。こんな身体じゃなかったらイオに会おうって思わなかったもん」
「何それどーゆー意味」
「だって、絶対やらしいことできないじゃん。……やだ違うよー、イオがそういう人だと思ってたんじゃないのー。だって、こんな優しいって、知らなかったもん……」
違わないよ、と声に出さずに思う。
俺だって男だよ。ゴーちゃんがシースルー系じゃなかったら手出してたよ。だから触られなくて安心だって思うことは間違ってない。
今だって俺、めちゃくちゃ触りたくてどうにかなりそうなんだから。
ああ、俺ももう酔ってる。まだそんなに飲んでないのに、アルコールの回りかたは、けっこう気分次第。
「俺、ゴーちゃんが思ってるほど優しくないよ。……触らせて、って言ったらどうするの」
「ん……とね……イオになら……」
ゴーちゃんと眼が合う。
彼女の瞳は少し色が薄くて、灰色がかってた。
それをじっと覗き込んでるうちに、俺は魔法にかけられたように吸い込まれていく。
でも、やっぱり感触はない。すり抜けたかどうかすらわからない。
だけど俺の目の前でゴーちゃんは真っ赤になってて、泣いてはないけど泣きそうな顔してて、それが答えだ。
「っ……ま、って……やばい成仏しそう」
「え?」
「あっ違う、違うから! ほんとに成仏するわけじゃなくて、その、う、嬉しすぎて……それくらい……ッ」
口許をおさえてテンパるゴーちゃんに、俺はちょっと笑ってしまった。
「よかった。歌ができるまで待っててくんなきゃ」
「うぅ……な、なんでしたの……」
「したかったからだけど」
「……ぁう……なんかまた、頭くらくら、してきた……」
「……あっ!?」
しまった。ビール飲んだ直後だった。
ゴーちゃんはまたしても二日酔い状態(仮)に陥ってその場に崩れた。
そしてやっぱり俺が触れるようにできなかったので、俺は横に倒れた子がいるのを放置するクズ男みたいな図になった。
……クズじゃないもん。放置せざるをえないだけで。
つーか、……さっきちょっといい雰囲気だったのに台無しじゃねえかよ。
もっと台無しなこと言うと、倒れたときワンピの裾がちょっとめくれてしまい、今俺の真横には現役JK幽霊の太ももがございまして、すげー目に毒です。
ふと思ったけど幽霊ってパンツ穿いてんのかな。
……いや、ごめん、つい。口には出さないから許して。
それ以前に服どうなってんだろう。服の幽霊があるとも思えないし、これはゴーちゃんの魂の一部で、彼女のイメージ的なものが服の形してるだけなんだろうか。
とかどうとか考えてたらゴーちゃんが起き上がった。裾も直しつつの正座。
この子が胡座かくとこ見たことないし、やっぱりいいとこのお嬢さん感ある。お行儀がおよろしい。
「ゴーちゃん、気分直しにプリンはいかが」
「……もらう」
未だに顔が赤いゴーちゃんは、犬みたいにテーブルの縁に手を置いて、プリンをくんくんやっている。
もはや彼女というよりペットだな。とか思ってしまうのは我ながらちょっとクズだな。
俺はビールの残りを飲み干して、野菜炒めをつつきながら言った。
「ところで明日からの予定だけどね。木曜までは毎日昼夜シフト入ってて」
「……ほんとに働きすぎ! ボーカルさんたちの言うとおりだよ、死ぬは極端だけど身体壊しちゃうよ」
「そう言われてもねえ」
だって生きてるだけでも金かかるんだもん。俺の場合は生活費に加えて音楽活動の費用と、あとまあ個人的にいろいろ。
まあそりゃ、幸いカツカツまでいってないから減らす余地がまったくないわけじゃないけどさ。
「俺のことはいいの。……本題は、木曜に花見でもどうかなと思って」
「お花見かぁ……そういうの、ちっちゃいころに何度かやったきりかも。
そっか、春だもんね。いいよ」
「それだけだとなんだし、他に行きたいとこある?」
「んー……」
ピロン、という着信音がそこで俺たちを遮った。
見ればスマホのロック画面にSNSの更新通知が届いている。メンバーとの内輪のやりとり用ではなく、ファンを含めた公式アカウントのほうだ。
見ていいよとゴーちゃんに言われたので、ぶっちゃけ後でいいやと思ってたけど一応開く。
最初に目に入ったのは、個展開催のお知らせ、という予想外の文言だった。
何かと思えば、俺たちのCDのジャケットはいつも同じデザイナーに頼んでるんだけど、その彼のイラストレーターとしての作品展示即売会をするそうな。
要はビジネスパートナーなので宣伝するよってことだろう。それにジャケ画の原画もあったら、欲しいと思ううちのファンもいるだろうし。
こんなんだったよと画面を見せたら、ゴーちゃんはそれでよくない? と言った。はい?
「ほら日付、木曜から日曜だよ。ちょうどいい」
「あ、ほんとだ。土日じゃないんだ。なんつーピンポイントで微妙な日程……」
「ギャラリーの都合かなあ? とりあえず他に思いつかないし、私あのジャケ絵けっこう好きだよ」
そうなの? ユウロが見つけてきたイラストレーターなんだけど、あいつと趣味合うの?
いや俺も嫌いじゃないけどさ。好きなのもあるし。
そんでまあ、ご要望とあれば従いますよ。
そしてユウロの名前を浮かべたんで思い出したけど、そういやあの無茶ぶり王子は新曲がほしいとか言ってたんだった。
もー! 俺はゴーちゃんのための歌を作るので忙しいんだよー!
もうさ、ジャンル指定なかったし、歌詞だけ変えてユピテル用アレンジとかでいい? 短期間で同時並行して二曲仕上げられるほど俺の作曲能力は高くないの。
無理やりやれなくもないけど、そのぶんクオリティ下がるから。
それは絶対にだめ。俺のプライドが許さない。
とりあえず予定は決まった。
木曜まで何もしてあげられないけど、その代わり木曜は目いっぱいゴーちゃんとすごす。
そして、それで、曲を完成させる。タイムリミットにする。
最初は一日で済まそうと思っていたのに、少し引き延ばしすぎた。
たぶん俺は自分で思うより人恋しかったんだろう。たとえキスしてもわかんないくらい
だけど忘れちゃいけない。
ゴーちゃんは成仏したがってて、手伝えるのは俺だけで、いつかはやらなきゃいけないことなんだ。
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