05‐幽霊とイタズラとピアス
何やら機嫌の良さそうなゴーちゃんは、しゅるんと滑り台みたいなノリと動きで俺の向かいに座った。
なんかめちゃくちゃルンルンしてない? 俺の失言に傷ついてたわけじゃなかったのか?
その笑みになんかイタズラっ子みたいなものを感じた俺は、さりげなく聞いてみる。
「ただいまっ」
「おかえり。……ところで幽霊って鏡に映んの?」
「うっすーくね。そんで何してたと思う?」
「え、なんか身だしなみ整えてたとかじゃなくて?」
というか俺は、とりあえず俺から離れるための方便だと思ってたけど。
「ううん。実はね……鏡使ってる人の背後に立って、うらめしや〜ってやってきた」
「イタズラじゃん。ハハ、それ、誰か反応あった?」
「んーん。案外いないね霊感ある人」
「そっかー。いや俺もないはずだけどね。ゴーちゃん以外で見えたことない」
「そうなんだ。……よかったぁ」
ゴーちゃんは心底ホッとしてるみたいな顔でそう言った。たしかに、もし俺にも彼女が見えなかったら、他に行くとこあったんだろうか。
そういう意味では俺もよかったよ、見えて。
「あ、あとね、トイレのイタズラが不発でつまんなかったから」
「他にもなんかしたの?」
「いやぁ……この身体ね、多少はものを通り抜けられるのね。だからちょっとそこのショーケースに顔を入れてね。
ケーキの匂いをぜんぶ嗅ぎまくってきた」
「ふっ。……あははは、いや、そりゃ、とんでもない悪事働いてきたなぁ! あっはっはっは」
なんかツボってしまった俺は笑い転げた。さすがに周囲の視線を感じたので、なんとか震える手でスマホを耳にあてる。
「いやそんなに笑う?」
「だってさぁ……っはは、その発想はなかったわ、ゴーちゃん天才かよー、あははは」
「もー笑いすぎ! ……ふふ」
つられてゴーちゃんも笑っている。
なかなか賢いイタズラだ。幽霊が嗅いだところで味が変わるわけじゃないし、ゴーちゃんはケーキバイキング気分を味わえて一石二鳥ってわけ。
あー……こんなに笑ったの、いつぶりかな。
このごろ俺の生活はあんま余裕がなくて、つまりは金銭的にも精神的にも、ゆとりを持てなかった。だからもうずっと楽しいことってなかった気がする。
もちろんライブは好きだよ。好きだけど、俺はメンバーに言わせると、真剣になりすぎるらしいから。
いい曲作らなきゃ、いい演奏しなきゃ、いいライブにしなきゃってそればっか考えて頭がいっぱいになるから、それもある意味ゆとりがない。
だからなんか、なんも考えないでゲラゲラ笑えるのがすごく幸せな感じ。
これは絶対、歌詞に入れよう。
なんかやっとまともに思い出っぽいのができたな。内容はしょーもないけど。ふふ。
・・・+
ランチのあと、ふたたび目的のないウインドーショッピングの旅が始まった。
何買うか決めずにうろうろすることなんて普段ならまずしない。用のないフロアなら五分もかけずに通りすぎるけど、今日は隣でゴーちゃんがきょろきょろしてるので、進むも戻るも彼女次第。
もしかすると俺、独り言疑惑抜きでもそこそこ挙動不審に映ってるかもしれない。
ゴーちゃんが店先を覗いている間、俺はスマホをいじってるふりをして待つ。
ついでにこっそり「初めてのデート おすすめ」とかで検索してみたりもしたが、まあ参考にはならなさそう。
水族館とか美術館とかの鑑賞系なら俺的にありがたいんだけど(ソロでも目立たなさそうという意味で)、ゴーちゃんのお好みはどうだろうか。
といってもそれはまあ、この突貫デートが今日一日で完結しなかった場合の選択肢。
「おまたせー」
「はいよ。じっくり見てたけど、なんかいいのあったの?」
「え、……そんなに待たせてた? ごめん」
「いやそういう意味じゃないんだけど、なんかごめん」
「やだ、謝んないで」
謎に謝り合う俺たち。傍から見るとひとり謝罪するおかしな俺の図。
……実はさ、さっきググった内容に「初デートでショッピングモールは避けたほうがいい」って書いてあったりした。
そらそうよな。女の子はじっくり見たい、男は必要なものだけ見たいわけだし。
でも俺の場合、わりと人の買い物に付き合うのって嫌いじゃないんだけどね、ほんとは。
ゴーちゃんがシースルー系女子でなければ一緒に店に入ってもいいと思ってるし。よっぽど下着とかでなければ。
はー、どっかに上手いこと男女でも男ひとりでもウェルカムな感じのとこない?
たぶんここまでゴーちゃん任せにしすぎた。つまり彼女に入りたい店かどうかをジャッジさせるだけで、俺があんまり真面目に探そうとしてなかった。
今さらちょっと反省した俺はあたりをぐるりと見回す。
背だけはそこそこあるからね。人の頭を超えてわりと遠くまで見渡すくらいはできる。
「あ。……ゴーちゃん、あそこ行かない? アクセ売ってるとこ。興味ないんでなければ」
「うん、あそこなら一緒に入れるね」
「でしょ」
もちろんそこはお高い宝石屋などではない。まあそこそこのお値段から、学生でも買えるレベルの安いのまで置いている、ターゲット層の幅広いアクセサリーショップだ。
メンズ商品も取り扱ってるんで俺も入ったことある。ひとりでね。
もちろんそのときはメンズコーナーしか見なかったので、女子向けのところに踏み入れるのはこれが初めて。
入るなり、照明を反射してガラスやジルコンがキラキラ輝いているのが目に飛び込んでくる。
シルバー中心のメンズとはやはり空気が違う。若干怖気づきそうな俺だったが、ここは覚悟を決めて顔を作るしかない。
すなわち「彼女にプレゼントを買いに来ました」ってな顔だ。
まあやりすぎるとガチで買わされるので、あくまで下見という設定にしなければならない。
俺が売れっ子ギタリストで捨てるほど金持ってたら買ったげてもいいんだけど、現実はそれとは程遠いし、あと幽霊は何もつけられないし。
そういえばゴーちゃんは何もつけていない。あんまり好きじゃないとか?
いや、パンク服を着てみたかったとか言ってたとこからすると、それも親の制限がかかってたところなのかもな。
……そのへんが、じつはずっと少し気になってんだけど、まあ今は黙っておく。
「いらっしゃいませー。どなたかへのプレゼントですか?」
はい、来た。予想どおりの台詞とともに店員のお姉さんが登場したことに、たぶん生まれて初めてなんじゃないかと思うんだけど、安堵した俺であった。
普段なら正直ちょっと鬱陶しいくらいに思うとこだけど今は別だ。
なにせ俺は一見するとアウェイに単身乗り込んだ戦士だからな。ほんとは横に透けた彼女がいるんだけども。
つまり俺は、自分の「設定」ってやつを人に話したかった。けっこうここまでの挙動不審かつ独り言マシンガン状態の、客観的に見てやばめな自分に疲れていた。
「あー……と、彼女です」
「そうですかぁ、ご予算はどれくらいですかね? あと彼女さんの好みとかは……」
おおう、けっこうグイグイくるな。横でゴーちゃんも苦笑いしてる。
「いや今日はまだ下見っつーか……」
「あっそうなんですね。ごゆっくりどうぞー」
あ、思ったより早く解放されたっぽい。
もちろん俺の傍を離れただけで店員からの視線はそのあともビシビシ感じるけど、話しかけてこないんなら問題はない。あとこっちの話が聞かれないなら。
とにかく入店成功で俺は一息ついた。その横でゴーちゃんはガラスのテーブルにずらりと並んだアクセサリーをまじまじと覗き込んでいる。
その真剣な顔つきからすると、わりとこういうの好きっぽいな。
「ちなみにゴーちゃんはどういうのが好きなの?」
「え? んっとねー……このへんだったらあれかなー。ピアス。形がりんごのやつ」
「へー。メルヘン系か」
「そう言われるとなんか恥ずかしいんだけど……なんか、木の実とかのモチーフってかわいくない? お花とかより好き」
「んー……それは俺にはよくわかんない感覚だな」
言いながら、そのピアスを手に取る。
そのあたりのいくつかはシリーズもので、どれも左右で色の違うアシンメトリーなデザインだ。で、ゴーちゃんが選んだのは形がりんごなので、色は赤と緑になっていた。
俺はそれを、俺にしか見えない女の子の耳元に掲げる。
「うん、似合うよ。かわいい」
傷みのない自然な黒髪と、差し色のない真っ白なワンピースに、くっきりした赤と緑がよく映える。
ゴーちゃんはかわいい系の顔立ちだから、りんごの丸みとも相性がいい。
いや、言いたかったよね。これ買ってやるからライブに着けてこいよ、とかさ。
言ったところで恰好つくような値段の代物じゃないけど、形だけでもそういうの、やってみたかったよ、俺だってさ。
ゴーちゃんはというと、黙って俯いてしまった。……なんで?
あれ? 俺いま褒めたよね? これはセクハラにはあたらないよね?
「あの、ゴーちゃん? どうし――」
「……いから……」
「え?」
「うれ……嬉しすぎて恥ずかしいから、そういうの、だめ……っ」
震える声でそう言って、ゴーちゃんはまたしても、幽霊なのに赤くなっていた。
「えっ、褒めるなってこと?」
「ちが……あの……だっ……だって……ずっと憧れてた人に……かわいい、とか言われたらそんなの、めっちゃ嬉しい……」
「憧れ? てたの? 俺なんぞに?」
「ファンだって言ったじゃん! 信じてなかったの!?」
……うん、いや、えっと。
信じてたさ。信じてたけど、信じきれなかった的な。ほら。あるだろ、そういうの。
なんか、……そんなに照れられるとこっちも恥ずくなってくる。
俺がちょっと褒めただけでそんなに嬉しがられるとか、そんなの俺だって、嬉しくなっちまう。
もはやこの勢いだけでこのピアスをレジに持っていきたい。金なら出す。惜しくない。
と思って実際に行動に移しかけた俺だったが、ゴーちゃんに全力で引き留められた。
やはり掴まれても感触はないが、身体がぴくりとも動かない。どうやらゴーちゃんは金縛りが使えるらしい。幽霊らしくない幽霊だと思ってたけどやっぱり幽霊だ。
「だめだよっ、買っても無駄になっちゃうから」
「いやでも記念……」
「形に残るものはだめ。もしかしたらあとでイオが悲しくなったりとかしたら私が嫌だもん」
とまあ、身体が止められているうえに言葉でも説得されて俺が折れるしかなかった。
なんか逆じゃね? いろんな意味で。
そんなこんなで、やはり最後は店員からおかしい人を見る眼で見られる羽目になりながら、俺たちはアクセサリーショップをあとにした。
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