03‐幽霊とバンギャ遭遇

 ……きて、起きて。


「んぁ。……うわごめん、寝ちゃってた」

「もー」


 一時間半後に俺が目を覚ますと、場内はもう明るくなってしまっていた。目の前には困り顔のゴーちゃんがいる。


 やらかした。一緒に映画行って寝るっていちばんダメなやつじゃん。

 言い訳させてもらうと連日昼も夜もバイト漬けで疲れてたんだよぉ……とか、言えないよな。


 ともかく掃除の人が来る前に、半分くらい食べかけのポップコーンを掴んで出る。


「ほんっとごめん」

「……いやまぁ私が付き合わせた映画だし、もともとイオが観たかったやつじゃないし」

「でも人としての礼儀っつーか」

「だから怒ってないよ。いい映画だったから勿体ないなって思っただけ」


 シアター外のベンチでポップコーンの後始末をしつつ、そんな会話をする俺たち。傍からはめちゃくちゃ独り言の激しい俺。

 でも怒ってないっていうのがほんとなら助かった。


「よかったの? 内容」

「うん。主演ふたりの演技はちょっとビミョーだったけど、脇役と脚本と劇伴は文句なし」

「……いちばん大事なとこダメじゃない? それ」


 あとやっぱ絶対好きだよね、映画。


「最高はさすがに贔屓目入ってんなって思ったけど、めちゃくちゃ泣けるっていうのはわかった。てゆーか泣けた」

「泣けたの? その身体で?」

「ほんとには泣けないけど気持ち的に、泣けるーって感じした」

「そっか。楽しめたんならよかった」


 空になったポップコーンのカップをゴミ箱に放り、ギターを背負って再び立ち上がる。


 さて問題はこれからだ。

 映画の前は、終わったら適当にショッピングでもとか思っていたが、見た目では俺ひとり。

 さすがに女子向けの服屋とかにひとりで入るのは辛い。独り言野郎に見られるなら尚更に。


 どうしようかとゴーちゃんに聞くと、彼女もむーんと悩み出した。


「服も見たいけど着れないしなー」

「そりゃそうだ」

「あとイオがひとりで女の子の服見てる図、怖いよね」

「それなんですよ。……ん、怖い?」


 その感情は怖いなの?

 まいいや。とりあえず、俺は彼女にプレゼントするんすわーみたいな顔で乗り込んでいけるほど強靭なメンタルは持ち合わせてない。そもそも女の子に服あげたことないし。

 そういうのは相手の好みも知らんとね。俺好みの女にするぜ的な考えなら別だが。


 ゴーちゃんはどうだろう。今着てるのはまさしく清楚系の、しかもちょっとお高そうなワンピースだ。

 ぶっちゃけバンギャ感は薄い。

 まあうちはV系じゃあないからか、ファンもそこまでゴスロリパンク祭りではないけど。


「とりあえず歩こ。見て気になったら入るか決める」

「りょーかい」


 今さらながらこのデート、超絶ぐだぐだ。


 とりあえず映画館を出てお店のあるフロアに行こうとした俺たちは、しかしエスカレーターの前で妙な声に呼び止められた。

 もしかしてゴーちゃんが見えちゃったか、と思いながら振り向いたところ、背後に立っていたのはちょいギャルな感じの女の子ふたり組。

 しかも、どちらも見覚えのある顔。


「やっぱりイオくんだ!」

「えー、外で会うとか何気初じゃね? てかイオさんひとりなん?」

「うん。きみらも何、映画観にきたの?」

「そだよー!」


 キャッキャとはしゃいでいる彼女たちは、ありがたいことに熱心にライブに来てくれる、要するにうちのファンだ。たまに出待ちもしてるので顔も覚えている。

 まあこの子たちのお目当ては俺じゃないけどね。少なくとも「ひとりなん?」のほうは。


 ゴーちゃんとは対照的にちょいゴスパン風味のギャルたちも、どうやら同じ映画を観てたようだ。手にパンフを持っている。

 不思議とそれを何とも思わないのは、ゴーちゃんと違って俺のファンと名言されてないからだろうか。


 流れでふたりと一緒にエスカレーターを降りる。

 片方の子が俺の隣に来たので、ゴーちゃんはひょいと上に飛んでしまい、俺からは見えなくなってしまった。かといって無意味に見上げて変に思われてもあれだし。


 俺はというと、なんか変だな、と思っていた。

 半日でもうゴーちゃんの透け感に慣れてしまったのか、隣に生身の透けない女の子がいるのに違和感がある。

 逆だよ、俺。透けてないのがふつーだよ。


「ねーイオくん、このあと空いてる? よかったら一緒に店回ろうよ。そんでお昼うちらと食べよ?」


 隣に来てた子が、ちょっと上目遣いにそう言った。

 着てるシャツがオフショルダーだからか、この位置からだと微妙に谷間がチラチラしていて、なかなか目に毒だった。しかもまあまあ巨乳ときてる。


 ……いや待て。

 ちょっと待って。今日どうかしてない?

 皆さんお忘れだといけないからもう一回おさらいするけど、俺はしがないインディーズバンド所属、中でもいっっっちばん冷えてるギタリストよ?


 そもそもが外でファンに声かけられるだけでもレアケースだってのに食事のお誘い?

 朝から幽霊に取り憑かれてるだけでも正気じゃねーな俺って感じなのに、何でこう半日で畳みかけるようにイベントが起きるの?


 ちょっと混乱してしまったが、俺はそっとジーパンのポケットの中で拳を握って、言った。


「……ごめんねー、今日はちょっと先約あるから」

「えー残念ー」

「これから待ち合わせんの? メンバーと打ち合わせとか?」


 隣じゃないほうの子はまだお目当て(ちなみにベーシスト)との遭遇を諦めてないらしい。残念でした。

 頭上のゴーちゃんの顔が見れないのがちょっと惜しいと思いながら、俺はニヤけてしまうのを少しだけ抑えきれずに、こう答えた。


「いや、……女の子とね」

「……えーっ! 誰! ライブ来てる子!?」

「秘密。あ、てか誰にも言わないでね」

「えー、どんな子か見たいー! ついてっていい?」

「だめー」


 ていうかもういるし、見たくても見えてないよ。


 ちょうどエスカレーターを降り切ったところだったから、そこでギャルたちと別れた。

 もしかしたらついてくるかな、と一応振り返ってみたが、ふたりとも立ち止まって何か話しているようだった。予想でも立ててんのかな。


 適当に歩いていると、だんだん隣にもやっとしたものが降りてきて、見るとゴーちゃんと目が合った。


「……さすがだね!」

「いや違うから、こんなこと滅多にないからね。ギリ初めてではないけどレベル」

「そうなの? え、じゃあ、断ってよかったの?」

「あー、うんまあ、……だって先約あるのはほんとのことだし」


 おっと、スマホあてとかないと。独り言マンになってしまう。


「今日は俺、ゴーちゃんとデートしてるから」

「っそ……そうだったね」

「え、何、忘れてたの? 自分が言い出したのに」

「ちちち違うよ! 違うけど、っで、デートって思ってるの私だけかもって、ちょっと、思って、た……から……」

「え、なんで」

「だって、……女の子と遊び慣れてるから、こんなのデートのうちに入んないとかさ……」

「なーわーけーないじゃーん!」


 思わずデカい声を出してしまった俺に、周囲の怪訝な眼つきが集まってしまった。

 いかんいかん。


 でもほんとゴーちゃんきみはこの約三時間いったい何を見てたわけ? 俺のどこをどう見たら女の子と遊び慣れてるように思えるの?

 たしかに髪は色抜きまくってるけど派手なのはそこだけだよ? 中身はチャラくないよ?

 それとももしかしてバンドマンがみんなモテると思ってるのかな、それは昔の俺もそうだったけど勘違いもいいとこだったよ……。


「まあ一瞬思ったけどね。あの子たちがいたら、女の子の服屋とかも入りやすいかなとか」

「……あー、そうね」

「でも趣味合わなさそうだよね。ゴーちゃん見た感じゴスでもパンクでもないし。どっちかっていうとお嬢系なのかな、そのワンピとか、髪も染めてないし」

「まあ……親が厳しかったから。ほんとは染めたかったし、さっきの子たちみたいな服も着てみたかったけどけっこう高いんだよね。バイトも禁止で、お小遣いじゃ一式揃えるのも無理って感じ」

「へー」


 もう少し長生きしてたら、親から離れて自由になれたのにね。

 俺んちはそのへん超がつくほど適当だったから、締め付けが厳しい家の苦労はわかんないけど、ゴーちゃんくらいの歳っていちばん親がウザい時期だよな。その気持ちは理解できなくもない。


 そういえば、ゴーちゃんって何歳なんだろう。高校生くらいに見えるけど。

 若いのになんで死んじゃったんだろう。悲しくないのかなと思うけど、あまりそういう雰囲気ではないのは、出さないようにしてるからなのか、それとも忘れてるから気にならないだけだろうか。

 俺だったら悔しいけどな。つっても何も持たない人生だから、そんなに現世に未練もないかも。


 でもゴーちゃんは成仏できずに浮遊霊みたいになって、今こうして俺に取りついている。

 ならこう思ってもいいのかな。最初に聞いたことを信じるなら。


 ……俺のことを未練に思ってくれたんだって、ちょっとうぬぼれてみても、いいかな。



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