オフィーリアへの献歌

空烏 有架(カラクロアリカ)

01‐幽霊と即興ソング

 朝起きたら部屋に見知らぬ女の子がいた。


 ……ちょっと待ってくれ。俺の頭がおかしくなったとか寝ぼけてるとかじゃない。

 いけないクスリとかもキメてない。

 羨ましいリア充死ねとかはもっと違うから、待って、まだ帰らないで、とりあえず一回俺の話を聞いて。


 とにかくそこに女の子がいた。

 黒髪ロングに白いワンピースの絵に描いたような清楚系お嬢様みたいなJKだった。顔もふつうにイケるレベルの。

 ……ここまでの情報だけなら確かに俺でもなんだモテ自慢か死ねって思うとこだが、現実においてはもうひとつ重要なことがある。


 彼女の身体は、薄めすぎたカルピスみたいな半透明だった。


「あっ、おはよ! 意外と早起きなんだ」


 しかも彼女は俺の起床に気づくなり、思いのほかフランクな態度と声でそう言ったかと思うと、音も立てずに俺の枕元まで秒でスライド移動してきた。

 透けてる時点でわかってはいたけど生きた人間の動きじゃない。


 固まる俺(後になって思えば金縛りってやつだったのかもしれない)に、彼女は微笑んで続けた。


「いきなりで悪いけど、私を弔ってほしいの」



 こうして俺の、短くて長い、忘れられない悪い夢が始まったのだ。



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¶ オフィーリアへの献歌

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 それから彼女が説明したところによれば、やっぱり彼女は死んでいるらしい。

 ただ生前の記憶がほとんどなくて、自分がどこの誰なのか、いつどうして死んでしまったのかはわからないそうだ。

 とにかく成仏しなければと思った彼女は、幸いにもその場に止まってしまう地縛霊ではなかったようなので、こうして俺の部屋を訪ねたのだと。


「……いや、なんで見ず知らずの俺? ふつー家族とか友達とかじゃないの?」

「だから記憶がないんだってば。でもあなたのことだけは覚えてたの。

 あなた、ユピテルのイオでしょ?」

「え、……うん、一応」


 突然の横文字にキョトンとしている読者のみんなに説明すると、ユピテルというのは売れないインディーズバンドの名前です。

 俺はそのメンバーで、イオってのは俺のギタリストとしての芸名みたいなもん。


「まずよくユピテルなんか知ってるな……」

「生きてたときファンだったみたい。で、他に行くとこもないから、来ちゃった」


 それ、生きてる女の子に言われたら嬉しい科白なんだけどな。


「それで本題はね、歌を作ってほしいの。

 私に一曲捧げてほしい。成仏できるような弔いの歌を。それも激エモなやつ」


 それも彼女とかに言われたら嬉し……くはないか。

 なんだよ弔いの歌って。死人相手だから間違ってないけど。

 しかも激エモって。


 俺は朝飯代わりのコーヒーを啜りながら、改めてわけのわからない状況に頭をかいた。


「あのさ……事情はわかったような気がするけど、歌ならユウロのとこ行けばよくない? 俺はギタリスト……」

「誰?」

「うちのボーカル。……ファンだったんだよね?」

「ちょっと違う。厳密にいうとあなたのファンだったっぽくて、他のメンバーは覚えてない」

「……マジさっきからなんなんだよ」

「え?」


 無自覚にぶっ刺さる言葉の数々を食らわしてくれる彼女に、俺はひたすら項垂れた。


 今まで生きてる女には言われたことがない。ご多聞に漏れずモテたくてバンドマンになった俺だけど、売れないインディーズバンドの顔も腕も冴えないギタリストは、皆さんの想像以上に渇いた暮らしをしている。

 他はどうか知らないけど、俺はそう。

 ユウロとかは出待ちの女の子を持ち帰ってたけどね。毎回ではなくても。


「と、とにかく! あなたじゃなきゃダメなの!

 他になーんにも思い出せないのに、あなたの顔と名前と住所だけははっきり覚えてた。だからきっとあなたの歌でないとダメだと思う!

 よろしくお願いします! 成仏させて!!」


 幽霊女子に土下座の勢いで頭を下げられた俺は困惑したが、ちょっと思った。

 断ったら祟られそうだなと。そうなれば、ただでさえ彩り薄い俺の人生がますます悲惨になってしまう。


 それは勘弁願いたい俺は、とりあえず頷くしかなかった。



 幸か不幸か、バンドにおける曲作りの半分とちょっとくらいは俺の担当なので、作詞も作曲も慣れてはいる。

 しかし幽霊個人に捧げる歌であってバンドで使うものじゃないんだから、それほど本格的にやる必要もないだろう。

 つまりは即興でいいかと軽い気持ちでいた俺は、とりあえず愛用のアコギを手にした。もうかれこれ七年使ってる俺の相棒だ。


 ちなみにここ安アパートなんだけど、昼間どんだけギターを触っても一度も苦情が来たことがない。みんな真面目に働きにでも出てんだろうか。

 おかげさまでずっと住んでる。あと家賃安いし。


 俺の手元を期待いっぱいの眼差しで見つめてくる幽霊ちゃんは、ちょっとかわいい。


「きみの〜なま〜……そういや名前は?」

「変なとこで切らないでよ。だから覚えてないんだってば」

「そっかごめん」


 専用曲なら名前とか入れようかと思ったけど、わからないならナシでいくか。


♪――

 別れはいつだって寂しいもんさ

 だけどこれが僕ら 運命なんだろ

 赤い糸なら ちょっとはよかったけどさ

 出逢ったのも別れるのも 記念日はひとつだけ

――♪


 寝起きでちょっち声が掠れてるけど、逆に雰囲気あっていいかもしれない。


 幽霊ちゃんは目を瞑り、黙って俺の歌を聴いている。聴き入ってる、と言いたいところだが、そのわりに腕組みしてるし表情がなんか険しい。

 エモさが足りないか?


 やがて彼女は目を見開いて、ストップ、と言った。


「なんか違うんだよなぁ……とりあえず、ぜんぜん成仏できそうな感じしない」

「あーそう。じゃあメロディ変える?」

「ううん、曲は好き。しいて言えば歌詞かな。歌詞が刺さってこない」

「歌詞かー」


 急募、幽霊を満足させるエモい歌詞。激エモ希望。


 さすがに一発オーケーとは俺も思ってはなかったけど、いざボツくらうと悩むな。代案なんか用意してないし。

 なんかいいフレーズないかなぁ、とそろそろカフェインの回ってきた脳みそを俺がくるくるしていると、幽霊ちゃんが突然手を叩いた。

 閃いた、みたいな感じで。


「わかった。思い出が足りない!」


 そしてこうのたまった。そりゃ足りるはずがない、だって俺ら出逢ってまだ三十分くらいだし。


「思い出、って言われてもねえ」

「だってさっきの歌詞、死んでたら誰にでも当てはまるじゃん。もっとこう私のこと考えて作りましたって感じがほしい」

「でも俺きみのこと知らないし」

「それ。……もうこうなったら今から作るしかないよね? 私たちの思い出を。

 つまり、デートをする必要があるね!」


 果たしてそうかな?

 と思いはしても、やっぱり祟られるのが怖かった俺は、わかりましたと頷くしかない。

 いやズルいわ幽霊とか。対処法ないもん。


 それに死んでるとはいえ、見た目はまあまあかわいい女の子からのデートのお誘いだ。悪くはない。

 生きてる生身だったらもう最高だったんだけど。


 とにかく今日一日、俺は彼女と思い出作りのためのデートをすることになった。


 そのためにはひとつやらなきゃいけないことがある。ちょっと待ってて、と言い置いて、俺はスマホを取り出した。


「もしもし、あー、はい、戸村です。すいません今日のシフトなんすけど……はい、すいません。代わりに来週……。

 はい、すいません、失礼します」


 電話を切って一息吐くと、すぐ近くに俺の顔を覗き込む幽霊ちゃんがいたので、思わずびびって「うおっ」とか言ってしまった。

 ちょっと恥ずい。


 幽霊ちゃんは少し申し訳なさそうな顔をして言った。


「ほんとは今日、仕事だったの?」

「あー、まあ。バイト」

「ごめんなさい。私のせいで休ませちゃって」

「いやいいよべつに。一日くらい空けても回るし、俺もたまには休みたい」


 さて、とりあえず出かけられるように身支度を整えるか。まだパジャマ代わりのスウェットだしシャワーも浴びてない。

 髭も剃ったほうがいいかなと顎に手をやってふと、彼女の言うエモさってのに、演奏する俺の服装とかは影響するんだろうか、と少し思った。


「……あのさ、男の服の好みとかある?」

「え?」

「いやその。希望聞いといたほうが成仏しやすくならないかと思って」

「あ、……ありがと! じゃあ、じゃあ、顔洗うよね、その間に服選んでいい?」

「ならそこのタンスの二段目と三段目……」

「やったー! こういうのちょっと憧れっていうかやってみたかったんだよね、彼をコーディネート、みたいな」


 そうですか。

 俺としては、とりあえず楽しそうで(ひいては成仏できそうで)何よりだよ。



 ちなみに数分後シャワーを終えて戻ると、幽霊は「引き出しが開けられないの……」と呟きながら部屋の隅で三角座りをして拗ねていた。ちょっと怖かった。



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