独裁者の午後
大統領府の執務室に、心地よい午後の
白を基調とした部屋に入って来たのは、同じく白い軍服を着た大男であった。
大統領は席に坐ると、机のうえに置かれていた書類を無表情で眺めた。
書類は引き裂かれ、ところどころ穴が開いていた。
大統領が書類を手に取ったとき、室内で物音がした。
横目で見ると、老猫がひと鳴きした。
猫に視線を送りながら、大統領は受話器を手に取り、部下に指示を出した。
「マリオが執務室の中にいるぞ。中にいれるなと命じておいたはずだ。最近、党も軍も緊張感が欠けている。こんなことで我々の革命が成功すると君は考えているのか。ドアをしっかりとしめなかった秘書は銃殺だ。一罰百戒というやつだよ。……ゴメス将軍の親族だから、何だというのだ」
大統領は電話を静かに置き、再度、ぼろぼろになった書類へ目を落とした。
文頭の「反革命罪による処刑候補者リスト」の文字は、どうにか読めた。
だが、それに続く人名は……。
部下ならば、だれも今の大統領には近づかないだろう。
しかし、そのようなことは猫には関係がなかった。
猫は大統領の机の上に坐り、書類を手にしている飼い主の手を、ゆっくりとなめはじめた。
その様子をしばらく見つめたのち、大統領は、猫を追い払って受話器を手に取った。
「例のリストの件だがな、猫のせいで書類が読めなくなった。ああ、マリオのせいで。……いや、いい。私の母親の誕生日が近いから、今回は全員恩赦にしておけ。そうだ。恩赦だ」
受話器を置くと、大統領は窓の外に広がる青空を、無表情のまま、眺めつづけた。
今回恩赦を与えた若者が、やがて大統領の独裁を打倒することになる。
しかし、それを処刑の場で伝えられたところで、大統領は「だからなんだ」としか答えないであろう。
無表情のままで。
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