きびだんご

 散歩中にスーパーの前を通ると、移動販売車できびだんごが売られていた。

 食べたことのなかった私は、物は試しにと、きびだんごを5串買い求めた。


 きびだんごの袋をぶら下げて、川沿いの道を歩いていたところ、ふと背後の視線に気がついた。

 振り向くと白い犬がいた。

 私が無視をして再び歩きはじめると、困ったことに犬がついて来て、しまいにはきびだんごの袋にかみついた。

 どうやら、きびだんごの匂いにつられてついて来たようだ。

 ひとつやればどこかに行くような気もしたが、犬にだんごをやってよいものだろうか?

 まあいいやと、私はきびだんごの串を1本取り出し、首輪のない犬にやった。

 犬が食べはじめたのを確認して、私は小走りで場を去った。

 しかし、川沿いの長い道を歩いている私の後ろを、白い犬が小躍りしながらついて来た。

 事情を知らない人が私たちを見れば、マナーを守らない飼い主と、その愛犬に見えただろう。

 我の住んでいた市では、リードをつけない犬の散歩は条例違反であった。


 当ての外れた私がさてどうしたものかと考えていると、今度は目の前にある田んぼから、一羽のキジがこちらを目がけて飛んできた。

 キジは私の目の前に舞い降りると、てくてくときびだんごの袋に近づき、くれと言わんばかりに突っつきはじめた。

 はじめて野生の鳥と身近に接した私は、その迫力になすすべもなく、脅迫に応じてきびだんごを1串投げ与えた。


 走っても石を投げても、私はついて来る犬とキジを追い払うことができず、とうとう自宅のマンションへ着いてしまった。

 キジはマンションの中まで入って来なかったが、犬は当然のようについて来た。

 住民とすれ違ったが、ペットの飼えるマンションだったのでだれも気にしなかった。

 仕方なくそのまま自宅へ入ると、同棲中の恋人が犬を見て目を丸くした。

「どうしたの、この犬。まさか、飼うの?」

「どうしようかな。これだけなつかれると、保健所に連れて行くのもあれだな」

 犬が苦手な恋人にけいを説明すると、意外にも反対しなかった。

「よくわからないけど、この子は大丈夫な気がするわ」


 恋人が恐るおそる犬をなではじめた矢先、ベランダの窓ガラスをこつんこつんと突っつく音がした。

 振り向かなくてもそこに何がいるのかは分かっていたが、念のため確認してみた。

 やはり先ほどのキジがいた。

 飼う気は毛頭なかったが、ベランダに住みつくのを追い払う気力もなかった。


 くりっとした目に長い鼻下、そして大きな耳。

 サル顔美女の恋人にきびだんごの袋を渡すと、おいしそうに頬張りはじめた。

「それで私のお父さんに会ってくれる話、進めていいの?」

 きびだんごを口にしていた私は黙ってうなづいた。


「私のお父さん、勤めている警察署で鬼って呼ばれているけど、大丈夫?」

 問いかけに対して私は、隣で寝ている白い犬、心配そうに見つめているサル顔の彼女、ベランダでさっそく巣作りをはじめているキジを見た。

 「まあ、何とかなるよ」と、妙な自信とともに私はつぶやいた。

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