蜚語

 夕食を大学の帰り道ですませてアパートに戻ると、僕はベッドに横たわり体を左側に向けてスマートフォンをながめはじめた。

 するとどこからかヴィーという虫の鳴く音がしたが、そのままゲームを続けた。

 しばらくは静かだったが、また背中から聞こえてきた。

 どうやら僕に近づいているようだった。

 僕はスマホから目を離し、寝たまま体を反転させてベッドの右側を見ると、キリギリスと思われる虫が目に入った。

 その虫を窓から逃がしてやろうと手を伸ばした時のことだった。


「モリワキです」

 虫が同じサークルの森脇くんの声で口を開いた。

 状況を理解できないでいる僕が見つめつづける間、虫は話を続けたが内容はたいしたものではなかった。

 今週末に僕の家で麻雀をしようという話だったが、森脇くんの言葉を伝え終えた途端、虫の首が取れたので思わず声が出た。


 死骸をどうすればいいのか。

 そもそもこの虫は何なのか。


 森脇くんに電話をかけて教えてもらった話によると、彼はおんみょう末裔まつえいなのだが、ゆいいつできる術が虫を用いた伝言だった。

 たまにやらないと術が使えなくなるそうで、さいきん友人になった僕に送ってみたそうだ。



 週末、森脇くんが共通の友人である新村くんを連れて僕のアパートに来た。

 昼から三人打ちで麻雀をしていたら夕方になり、森脇くんが買い出しに出かけた。

 その間、新村くんとふたりで話をしていたら森脇くんの術の話になった。

 森脇くんは新村くんの家にも虫を送っていた。

 虫に詳しい新村くんによると、例の虫はクビキリギスとかクビキリバッタと呼ばれる昆虫とのことだった。


「しかし、まあ、すごいと言えばすごいが現代では何の役にも立たない術だね」

 言い終えた新村くんがタバコの煙で輪っかをつくった。

 その灰色の円をながめていた僕のスマートフォンに森脇くんから着信があった。

 メールを確認したところ、「氷まだある?」と書かれていた。

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