変身

 最初に伯父さんの異変に気がついたのは、小学校一年生の弟だった。

 弟がバアバの家に泊まった朝、洗面所で伯父さんの顔を見たところ、黒目が横に伸びていた。

 しかし、弟が目の話をしても、伯父さんは鏡を見ながら「ふむ、本当だ」と暢気そうに言うだけだった。

 台所で話を聞いていたバアバが心配そうに「病院に行って来たら」と声をかけたが、伯父さんはあいまいな返事をするだけで、病院には行かなかった。


 私の観察日記によると、次の変化は体の毛に起きた。

 ある日を境にその量が増えていき、巻き毛になっていった。

 色も段々と白くなった。

 この異変を受けて、伯父さんは大きな病院に入院したが、やがて全身が白いもこもこの毛に覆われてしまった。

 やがて、手足の関節が変形しだし、伯父さんは立ち上がることができなくなった。

 同時に、伯父さんの中指と薬指がだんだんと大きくなっていき、しまいには丈夫な蹄に変わった。

 顔もすっかりヒツジに化けてしまった伯父さんは、元気よく四つ足で歩きはじめた。

 この頃になると伯父さんは話すことができなくなり、横長の黒目を私たちに向けて、メエと鳴くだけだった。

 そんな伯父さんを見て、「こんなになっちゃって」とバアバは泣いた。



 ヒツジになってしまった伯父さんは、長らく休んでいた会社に復帰した。

 伯父さんの新しい仕事は、雑草の駆除だった。


 会社はバアバの家から十分ぐらいのところにあったので、伯父さんは毎日、会社へ歩いて出勤している。

 社内の雑草を食べ終わると、伯父さんは黄色の社員証をぶらさげて、近所の用水路に出向く。

 伯父さんが水路脇の草を食べれば、草刈りをする必要がなくなり、会社にしてみれば良い地域貢献になった。


 ある春の日、伯父さんと用水路沿いの橋の下で涼んでいると、高そうなスーツを着た人がやってきて、「何だか、今のが楽しそうだな」と伯父さんの頭をなでた。

 その時、伯父さんは大きく頷いてから、青空に向かってメエと鳴いた。


 晴れの日は学校から帰ってくると、私と弟は伯父さんと散歩に出かける。

 小学校二年生の弟を、伯父さんが背中に乗せながら。

 たまに公園でサッカーをするときは、私と弟がボールを蹴る姿を伯父さんはじっと見つめる。

 伯父さんの小屋にはテレビが置かれていて、一日中、サッカーの専門チャンネルが流れるようになっており、伯父さんはよく試合を見ているが、どうやら楽しいようだ。


 優しかった伯父さんはヒツジになっても変わらず、私や弟が乱暴なことをしても怒ることはなかった。

 でも、お父さんがいないことでいじめられた時、私もヒツジになりたいと伯父さんに泣きついたら、跡が残るほど腕を噛まれた。



 ヒツジは毛を刈らないと病気になるので、暑くなる前にバアバが伯父さんの毛を刈ったら、バリカンの操作を誤って血が出た。

 伯父さんは怒らず、「ごめんね」というバアバの手をなめた。

 

 秋が深まった頃、カアが伯父さんの毛で手袋やマフラーを編んだので、バアバの家へ届けに行くと、バアバが庭で伯父さんの背中を撫でながら、何か声をかけていた。

 バアバが伯父さんと話しているのを見かけたとき、私はふたりに近づかないことにしている。

 とくに理由はないが、何となく、そうしている。

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