短編集「神隠し」
青切
神隠し
中学生の時に母が失踪した。
できたばかりのショッピングモールへ出かけたきり、行方不明になってしまった。
警察に足取りを調べてもらったところ、店舗の監視カメラに母は姿を見せていたが、カメラの死角に入ったあと、そのまま消えてしまった。
ショッピングモールのすべての出入り口にカメラが設置されていたので、店を出たのならば、必ず姿が映るはずであった。
しかし、不思議なことに、母らしき人物の姿は確認できなかった。
忽然と消えた母に、警察も首をひねるばかりで、私たち家族は途方に暮れた。
現代に起きた神隠しであったが、父がおおごとにするのを嫌ったので、うわさが広まることはなかった。
母が消えてから毎日、そのショッピングモールに私は出かけた。
通い続けているうちに、財布を手にした母に会えるような気がしたのだ。
高校に入ってからは、その店舗でアルバイトをはじめ、卒業後は勧められるままに、そのショッピングモールを運営している会社に入った。
学校の成績は良かったので、大学へ行く手もあったが、母の消えたショッピングモールになるべくいたかったから、その選択はしなかった。
仕事が早番の日は夕方に仕事が終わるので、そのままテナントの飲食店で食事を取り、カフェで閉店まで時間を過ごした。
遅番の場合は、開店に合わせて入店し、テナントで時間をつぶした。
そんなふうなので、テナントのグチや要望を聞く機会が多く、もっともだと思った話は上司へ告げ、改善を進めた。
閉店後の暗い店内を歩いていると、ときおり母の匂いを感じることがあった。
ショッピングモールというのは、たくさんの人々が行き交う場である。
人が集まればごたごたがあるものだが、複数の店舗を渡り歩いてきた店長に言わせると、こんなにトラブルの少ない店舗は初めてとのことだった。
売り上げも全国にある店舗の中で常に上位をキープしていた。
とくに理由が見当たらなかったので、店長は不思議がっていたが、それは本社の偉い人たちも同じだったらしい。
入社五年目に、私は他の店舗へ異動となった。
高卒は異動がないと聞いていたが、上司の推薦による特例であった。
内心は嫌だったが、良かれと思ってしてくれたことなので、会社の指示に従った。
しかし、半年で元の店舗に戻ることになった。
新しい職場での働きが悪かったこともあるが、前にいた店舗の売り上げが下がり、テナントや客との間でトラブルが続発したため、私を元に戻そうという判断になったらしい。
私が出戻ると、とくに何をしたわけではないが、店舗内の揉めごとは減り、しばらくして売り上げは元に戻った。
そのまま母の消えたショッピングモールで、私が働き続けているうちに、会社は、あることを認めざるを得なかった。
私が店舗にいる間はどういうわけかあまり問題が起きず、私がいないときにトラブルが多いという事実に。
その後も店舗の売り上げは伸び続け、私は管理職になった。
人材育成と不正防止のため、管理職は定期的に職場を変えるルールがあったが、私の場合はずっと同じ場所で働き続けることができた。
そうでなければ、私を管理職にした意味がなかったからだ。
そして、そのまま店長の内示をもらった。
聞いたところによると、高卒ではかなり久しぶりのことだった。
店長に与えられた個室に入り、椅子に初めて坐った時の感触を、私は今でもおぼえている。
子供の頃、母の膝の上で坐っていたときと同じ感触を。
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