ギルル

 人間の少女の住む屋敷には彼女の好きな花が年中咲き乱れていました。

 今は初夏のため、青いバラがそこかしこで美を誇っています。

 少女は生まれた時からこの屋敷で暮らしていました。

 両親の顔は知りませんでしたがさみしくはありませんでした。

 アンドロイドの召使たちが彼女の世話をいつも優しくしてくれていたからです。


 毎日、少女は健康的な生活を規則正しく送ります。

 朝は早く起きて、お日さまの光を浴びながら軽い運動をします。

 走り回ったりはしません。

 けがをして体に黴菌ばいきんでも入ったら一大事です。


 昼は音楽や読書で清らかな心を養います。

 少女がストレスをためないように、アンドロイドの女中はハープを奏でたり詩を読み聞かせたりします。


 屋敷の隅にある池のほとりからは外の景色が一望できます。

 どこまでものどかな田園が広がっています。

 その景色は少女が物心ついた時からほとんど変わっていません。

 たまに遠くで農民を見かけることはありましたが、屋敷に近づいて来る者はいませんでした。


 少女は屋敷の外へ出たことがありません。

 屋敷のまわりは高い柵に囲まれており、彼女には乗り越えられませんでした。

 また、柵のうえを虫などが飛ぶと、レーザーで焼き焦げて下に落ちるようになっています。


「いけないらしいけれど、一度でもいいから外に出てみたいわ」

 ときおり、少女がそんなことをつぶやきますと、その晩には甘いお酒が食卓に並びます。

 ふしぎなことにその赤い液体を飲み干すと、いまの生活へのほんの少しの不満が彼女の中から溶けていくのでした。


 夜、湯あみの時間になると、召使いが少女の服を脱がせて体を隅々まで調べます。

 幼いころからの習慣でしたから、彼女は何も不思議に思いません。


 少女に羞恥心という感情はありませんでした。

 彼女は尿意をもよおすと、どこであろうとその場で、用意された金属の器に排尿します。

 それを恥ずかしい行為とは、少女のような器官を持たないアンドロイドたちは教えていません。


 少女の食事には厳選された食材が選ばれ、体に害のあるものや臭いの強いものはすべてはじかれています。


 少女の日々は何事もなく淡々と幸福の中で過ぎていました。

 ただ、毎朝の排便がなされないときは屋敷中が騒ぎになります。

 その場合は屋敷を管理しているコンピュータが原因を追及し、必要な処置をアンドロイドに命じます。

 たいていは食事や運動の内容を変える指示が出さてきました。

 それでも排便のない日が続いたり、その質が悪いままですと、少女は処分されます。



 カトロ星人の貴族が朝食の並べられている机の前に坐った。

 彼の皮膚は全身がただれており、その青緑色の皮膚からにじみ出る液体が、ポトポトと机や絨毯の上に落ちつづけていた。

 彼がスプーンを手に取ると背中の膨張していた皮膚がはじけ、破裂音とともにガスが辺りにただよった。

 その匂いをかいだ執事は思わず恍惚の笑みを浮かべた。


 皿に盛られた黄色い物体をカトロ星人はスプーンですくって口に入れた。

「やはり、朝はギルルのフェセスに限るな。金はかかるがこの味はやめられない」

 カトロ星人は満足げに言い終えると、グラスにそそがれた黄色い液体の匂いをしばらく楽しんだ。

 その後、グラスに口をつけて口内こうないで液体を転がした。

 最初こそ笑みを浮かべていたカトロ星人だが、しだいにただれている顔を苦いものへ変じさせた。

「このウリネは後味がわるいな。そろそろ新しいギルルに変えたほうがいいかもしれんぞ。成長しすぎたギルルの味だ」

 気がつかず申しわけありませんと執事が頭を下げた。

 すると彼の濃い緑色の体液が床へ落ちた。


「それで古いギルルはいかがいたしましょうか。精肉にしていつもお世話になっているカンニバリ星の商人に差し上げると、先方もお喜びになると思いますが?」

 執事の提案にカトル星人はひとつ頷いた。

「精肉ではなく生きたまま送ってやれ。奴らは生のままかじりつくのが好きだからな。しかし、星がちがえば文化はちがうと言えども、野蛮極まりない話だな」

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短編集「神隠し」 青切 @aogiri

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