第十五話 サルボラの集会

【アルマ帝国・王都サルボラ中央広場】

 

 ───敬虔なるスフィア教徒よ! どうか私の声に耳を傾けて欲しい!

 

 檀上に立つ聖職者の男の前には、千はくだらない民衆が集まっていた。 皆、真剣な眼差しで男に注目し、その言葉一つ一つを丁寧に聞き入れている。 そんな中、男は続けた。

 「この王都より遥か南方、ダンジョン出現地ルブクトスで、今何が起きているか貴方達は知っているか!」

 男が問うと、民衆は一斉に声を上げた。

 

 ───我々の神を否定する残虐行為だ!

 ───軍部の暴走そのものだ!

 ───将軍バースーカルに制裁を!

 

 民衆の言葉には怒りがこもっていた。 まるで自分の親を、あるいは子供を殺されたかのような、とても強い怒りを露にしている。

 男は一つ頷いた後、また続けた。

 「確かに、今ルブクトスでは我が国の軍部が天の御子であるアビスチルドレンを忌み子と罵り、魔獣が犇めくダンジョンで強制労働を行わせている。 しかしそれだけではない! 先日、軍部はさらなる罪を犯した!」

 ───それはなんだ!

 ───まさか先日行われたカンバラルルナの裁判と関係があるのか!?

 民衆の昂りは収まることを知らない。

 「そのとおり! 事の発端はカンバラルルナ伯爵の子息リチャルゴが家の権力を使いダンジョン視察に赴いたことにはじまる! 軍部は御子にリチャルゴを護衛させ、あろうことか万が一の時に備え彼らの装備に無線式爆弾を仕込んでいた! その結果、リチャルゴの軽率な行動が原因で一人の御子が犠牲になった!」

 

 ───軍部はいったい何を考えている!

 ───カンバラルルナ家に粛清が必要だ!

 ───粛清! 粛清! 粛清!

 

 民衆は拳を掲げ、示し合わせたかのようにその言葉を繰り返した。 その姿は怒りと共に狂気を孕む。 群がることで、まるで自分自身が大きくなったかのように錯覚してしまうのだ。 歪な正義感がその精神支柱にあることも関係あるだろう。

 「お静かに!」

 男の一声で民衆の怒号はピタリと止んだ。 皆、男の言葉を待ち望んでいるのだ。

 聖職者の男は国を真の正義に導くことが出来ると信じているからこそ、そこで黙ることが出来る。

 「……先日の裁判の結果、カンバラルルナ伯爵には全財産の罰金刑が言い渡された。 また、軍部内部の人事として僻地ホロクへの配流、爵位の剥奪も決定した。 我々の神は存在した。 カンバラルルナの横暴を見逃すはずもなかったのだ!」

 

 ───ウオオオオォォォォ!!!

 

 そのとき、民衆の叫びは怒号から歓声に変わった。 しかしその内の約半分程は腑に落ちないといって態度であった。 彼らはリチャルゴ本人への罰を望んでいた。

 しかしそれも男にとっては予想の範囲内なのだろう。 彼は誰にも気づかれないように小さく笑って、そして自身にとって正面、ダンジョン出現地ルブクトスがある南の方角を指差した。

 民衆はざわめき、釣られるようにして振り返った。

 すると、集団の後方には断頭台が設置されており、その傍らに拘束された一人の少年が顔面蒼白で立っていた。 でっぷりと出た醜い腹、卑しい目付き。 紛れもない、リチャルゴ本人だ。

 その両側にいた二人の執行官は、抵抗するリチャルゴを無理矢理引っ張って檀上に連れ、そして器具に手と首を設置した。

 板に挟まれたリチャルゴに民衆は指を差した。 ある者は怒りを、ある者は嘲笑を浴びせている。 これから起こるであろう現実に、昂らずにはいられないのだ。

 執行官の一人はリチャルゴの猿轡を外した。 途端にリチャルゴは叫ぶ。 「ふざけるな」「僕はカンバラルルナの者だぞ」「スフィア教徒が頭に乗るな」「何が光の御子だ」「奴らアビスチルドレンは忌み子、世界に仇なす存在だぞ」「ゴミをゴミ扱いして何が悪い」「早くこの拘束を外せ! 下民共!」。

 その言葉の一つ一つは民衆の心を強く刺激した。 リチャルゴも決してわざとではない。 彼は幼い頃からそのように教えられ、甘やかされ、自分が絶対だと信じて疑わずに生きてきただけなのだ。

 そしてボルテージは最高潮となり、再び粛清のコールがはじまる。 まるで言葉が通じない民衆の狂気を前にリチャルゴは言葉を失い。ただポツリと、「誰か助けて……」とだけ呟いた。 しかし誰もその言葉に応えない。

 「罪人リチャルゴ・カンバラルルナ。 汝は神の教えに逆らい、光の御子アビスチルドレンの尊い命を奪った。 これは重罪であり、極刑に値する。 聖刃による洗礼を受け入れ、その命を以て償うべし」

 執行官は読み上げた後、仲間に合図を送った。そして淡々と、それまでギロチンを止めていたロープにナイフを入れる。

 

 ───ワァァァァァ!

 

 歓声は約十分続いた。 聖職者の男はそれが止むまで静かに待ち、再び自分に注目が向いたことを確認して口を開く。

  「……皆、神の意志を見ただろう。 "大神災ゼ・ファーレン"が発生しておよそ百年。 "天月スフィア"は未だ軍部の管轄にある。 私は以前からこのことに抗議し続けてきた。 神は人の下にあってはならない。 戦争の道具であってもならない! 我々が神を上に祭るからこそ神は願いに応え民を救う! そうしてこの国は千年の安寧を築いてきたはずだ! だというのに! 軍部は己の愚かさにも気づかず御子を道具のように酷使している! もう、こんなことは終わりにしなければならない!」

 

 ───そうだ! そうだ!

 ───軍部は間違っている!

 ───将軍バースーカルに制裁を!

 

 民衆の訴えかけに応えるように男は続ける。

 「我々は今窮地に立たされている! "大神災ゼ・ファーレン"によって地殻変動が起き、その影響でダンジョンが発生し、地上の魔獣は増え、不作が続き、暗黒の時代が続いている。 全て軍部の責任だ! 奴らが神を軽んじるからこのような事態に陥っているのだ! 軍部が御子と天月を宗教部に譲らない限り、暗黒時代はこれからも続く! スフィア教徒よ! 大罪人を裁くことで神はその意志を見せたはずだ! ならば私達も今日のことを狼煙にし、神の後を続くべきではないだろうか!」

 

 リチャルゴ・カンバラルルナの公開処刑を含めた今日の出来事は、アルマ帝国宗教部・スフィア教会が台頭するきっかけを象徴するものとして、後に「サルボラの大集会」として語り継がれていくことになる。

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絶体絶命アビスチルドレン! ~地下世界に追放されたけどドラゴンパワーと双子の妹の力を合わせて成り上がる! お世話になった大人の皆さん、どうぞ覚悟していてください!~ ベッド=マン @BEDMAN

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