第二話 プラムとアンラ

 汗やら何やらが染み込んだ固いベッドの上、俺は黙々とナイフを研いでいた。一日の内わずか一時間だけ許された自由時間。他の皆はカード遊びをしたり手紙を書いたり、それぞれ好きにしている。

 そんな中で一人黙々と丹念にナイフを研いだりしている俺のことを真面目野郎だとか戦闘マニアだとか言ってくる奴は少なくない。

 けれど俺は真面目だからとか戦いが好きなんて理由でこんなことをしているんじゃない。こうやって単純作業をしていると、あの戦いの日々を忘れることが出来て落ち着くんだ。

 それを言うと、今度は変な奴だなんて言われてしまうから、最近はもう反論しないようにしている。

 数十分続いた作業に一通りの目処がつこうかというそのときだ。ノックもなく部屋のドアが開かれる。

 「おーい、プラムいるかー? って、また整備かよ、相変わらずだなおまえは……」

 「リオン。相変わらずはあまり良い響きじゃないな。君も少しは見習ってくれていいんだけど……」

 「そのうちな、そのうち! って、そうじゃねえ。おまえを呼んでくれって頼まれているんだった」

 そばかすが特徴的な赤髪の少年リオン。 彼は活発なのは良いが反面不真面目でもある。 訓練は隙を見てサボろうとするし、武器の整備もたまにしかやらない。

 そんなリオンが誰かからの頼みを素直に引き受けるなんて珍しい気もする。 いったい誰の遣いだというのだろう。

 「呼んでくれって、俺をか? いったい誰が?」

 「察しはつくだろ? アンラだよ。兄妹と言えど男子寮に女子は立ち入り禁止だからな」

 「アンラね。わかった、すぐ行くよ」

 俺はベッドの上に広げたナイフやら器材やらを片付けて部屋を後にする。

 「もうパシりはごめんだー!」 なんてリオンの言葉を聞き流しながら一階に降りると、建物の入り口に一人の少女が立っていた。

 「来たわねプラム。武器の整備は終わったの?」

 「アンラ、どうして俺が部屋で整備作業をしているって?」

 「プラムのことは何でもお見通しよ。 なんたって双子の兄妹なんだから」

 「君にはかなわないな…… それで、用件は何?」

 「ああ、そうそう。 実は話しておきたいことがあるんだけど。 ここじゃ何かと人目につくし、一先ずギルドに向かいましょう」

 「誰かに聞かれたらまずいこと?」

 「それもわたし一人じゃ判断しかねるの。これはそれを含めての話」

 「なるほど」

 そんな返事をしてみたが、実際のところほとんど要領を得ていなかった。 パーティーメンバーであるリオンにもすぐには言えない話っていったいなんだろう。

 男子寮を離れ、俺達はキャンプの中央にあるギルド棟へと向かった。

 「ベースキャンプの様子も5年前からずいぶん変わったよね」

 アンラは並ぶ建築物の数々を眺めながら言った。確かに、建物一つとっても5年前とはまるで違う。以前は木材で出来た建物が多かったけど、今はこんくりーとという石のような材質で出来た建物が多く並ぶようになった。

 こんくりーとは前まであの壁にしか用いられていなかったのに。

 「いったい、どこまで大きくなるのかしら」

 アンラは、その巨大な壁を見上げて言った。

 "防魔堤"。 政府が設置したこの円形の壁は、ダンジョンの入り口を中心に、このベースキャンプをぐるりと囲むように並び建っている。

 その目的はダンジョンから地上へのモンスターの侵出を防ぐこと。防魔堤の外周は四百キロメートル。高さが現時点で百メートル。それが今も増築され続けているというのだから驚きだ。

 「噂じゃ、十年後には天井が出来てここは完全に封鎖されるとか」

 俺がそう言うと、アンラの顔が途端に苦くなる。

 「堪ったものじゃない。 そうなったらわたし達はどうなるのよ。お天道様も拝めず、いずれモンスター達と心中しろとでも?」

 「本気にするなよ。 ただの噂だ。 もしそうなるんだとしても、俺達は一早く金を貯めて市民権を買い地上に戻る。 それで自分達のルーツを自分達の目で確かめにいくんだ。そうだろ?」

 「ええそうよ。 こんなところでは絶対に終われない」

 意気込むアンラの様子はここにいる誰よりもたくましい。

 地上に戻りリオンが教えてくれた俺達の故郷ジャミチャへ帰る。そして俺達のルーツを、両親はどんな人間だったのか、俺達が生まれ育った場所はどんなところだったのかを知る。 未だに記憶が戻らない俺達にとって、それは生きていく上で必要なことだ。

 そう言い出したのは他でもないこのアンラだ。頭が良くて、勇気も持ち合わせたしっかり者で、おまけに他の男子にモテるくらいには美人。双子の兄妹だというのに俺とはえらく出来が違う。

 「ここに来たときとは大違いだな」

 俺は感慨深くなってそう言った。

 「やめてよ、昔の話でしょ? わたしはもう弱い自分から卒業したのよ」

 「そりゃ頼もしいことで」

 そんな会話をしていたら、いつの間にかギルド棟の目の前まで来ていた。

 ここではパーティーメンバーの登録や冒険者ランクの認証、そして依頼の受注が出来る施設で、俺達が冒険者稼業をしていく上で欠かせない存在となっている。

 「にしても、どうしてギルドに? 人目につくという意味ではここも大差ないと思うけど」

 「着いてくればわかるわよ」

 言われるまま建物へ入り窓口へと向かった。

依頼受注に関する窓口だ。受付のお姉さんが「二人とも来ましたね」なんて言っているけどやはり俺は何が何やらわからない。

 そんな俺の心情を察したのか、アンラは早々に話題を切り出したのだった。

 「プラム、実は今私達を指名した特別依頼が来ているの」

 「特別依頼? 俺達を名指しで? すごいじゃないか、俺達スクエア隊結成以来の快挙だ」

 ギルドから受ける仕事には任務と依頼の二種類がある。 任務はギルドが直々に与える仕事で発注されればどれだけ危険だろうと冒険者側に拒否権はない。ついでに報酬も安い。

 依頼はクライアントが壁の外の人間であり、こちらは向こうからの指命が無い限りは受けたい依頼を自由に選んで受けることが出来る。

 その中で名指しの依頼というのはまず指命料が発生する分報酬が多くなる。 それに何より、指命されたというのはそのパーティーの実績が評価されているということであり今後の仕事にも繋がりやすい。 ご指名の依頼と聞いて俺は喜んだが、アンラの真剣な面持ちがとけることはなく、こう返してきた。

 「そうじゃないの。 この依頼はスクエア隊じゃなくて、わたしとあなた、二人だけを指名しているの」

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