第三話 奇妙な依頼
重々しく言われたアンラの言葉を、俺は上手く飲み込めなかった。
「俺とアンラだけ? スクエア隊は? リオンやピーツ、ついでにメランザーナも受けられないっていうのか?」
「そういうことになるわね」
「意味がわからない。 依頼主は誰だ? どうして俺達のことを知っているんだ」
畳み掛けるように俺が問うと、アンラは少しだけ困ったような顔をして答えた。
「落ち着いてよプラム。 仲間のことで熱くなりやすいのはあなたの長所でもあり短所でもある。まず、依頼主は"三日月"。 まあ、偽名でしょうね。 私達を選んだ理由も不明よ。 能力を買った、なんてわけでもないでしょうね」
アンラの言うとおり、俺達二人の能力が評価されたなんてことはない。俺達は冒険者になって5年になるが、機会に恵まれずまともな討伐任務を受けたことすらなく仕事内容はもっぱら採取や通路舗装だった。
先日のクロス隊合同のブルーホース討伐任務が初討伐任務で、それすらも俺達スクエア隊の役目は後方支援で戦力として扱われなかった。 能力だけで言うのなら、あの任務で死んでしまったポムをはじめとするクロス隊の人間の方がよっぽど上のはず。
だからこそ、俺達を名指しするのに特別な理由があるのではないかと考えるわけだが、どうやらここでそれを知ることは出来ないようだ。
「話はまだ終わってないわ。 お姉さん、プラムにも依頼内容を教えて上げて」
アンラが言うと、受付のお姉さんは依頼書を俺達に差し出してきてその内容を読み上げた。
「依頼内容、5階に出現するベアーザウルスの討伐及びドロップアイテム"恐熊の胆嚢"の納品。 依頼報酬は300万レギン、そしてライズストーンが二つです」
「ちなみにライズストーンは前報酬として支給されるそうよ」
「なんだそれ…… ますますふざけた依頼じゃないか……」
非常識、いや、あまりに非現実的なその依頼内容を聞いて俺は途端に馬鹿馬鹿しくなった。
まず、ベアーザウルスというモンスターは俺達にとってかなりの強敵だ。 先日の合同任務で失敗した7階層のブルーホース程ではないが、それでも俺達の手に余る存在に違いない。 採取任務で見かけたときにはなるべく回避するようにしている。
そして依頼報酬の三百万レギンとライズストーン。レギン通貨はこのベースキャンプ内でのみ使える通貨で、五百万レギンあれば市民権を買い地上に出ることが出来る。 1回の通常任務、つまり平均的な日給が千レギンであることを考えるとその値段は破格だろう。
極めつけはライズストーンだ。 これは価値にすると百万レギンはくだらない代物で、使用すれば俺達冒険者の能力を飛躍的に上昇させることが出来る貴重アイテムだ。
みんな、生き抜くために喉から手が出るほどほしい貴重アイテムを前報酬で寄越してくるなんてそんな話あり得るのだろうか?
「どうにも胡散臭い。 普通なら躊躇するような危険な依頼なのに、金と力がとにかく欲しい俺達なら必ず受けるだろうというクライアントの思惑を感じる。 何かの罠じゃないのか?」
「罠って、わたし達を陥れて外の人間の誰が得するっていうのよ。ライズストーン二つを手放してまですることではないわ」
「それは……」
アンラのもっともな指摘に、俺は言葉が詰まった。
「リオン達には相談しないのか? もしかすれば失敗して帰ってこれないなんてこともあり得る。 せめて一言だけでも……」
「いったい何を伝えるの? もしそんな事をして止められでもしたら? 先方は私達以外の参加は認めないって言ってるのに」
「けれどバレたらパーティーの信頼関係に傷がつく。 特にメランザーナは隠し事されるのを一番に嫌う奴だ」
「全部終わってから話せばいい。 大丈夫、危険なことに違いはないけどライズストーンの力があればベアーザウルスだって倒せない相手じゃないわ。 ねえプラム、あなただって力が欲しいって言っていたじゃない。 あの合同任務で何も出来なくて、そんな自分が不甲斐ない、皆を守れる力が欲しいって言ったあの言葉は嘘だったの?」
「嘘なことあるもんか。 スクエア隊だって他の皆だって、もうポムのような目にあってほしくない」
「なら、断るなんて選択肢はないはずじゃない? どん底から這い上がるために私達は手段を選んでなんかいられない、そうでしょう?」
「……ああ、そのとおりだ」
結局、俺は彼女の言い分に同意し依頼を受けた。まもなくライズストーンを受け取り、ギルド棟内の一室を借りてさっそく使うことにした。
「それで、これはどうやって使うんだ?」
俺達の眼前には台の上に石が二つ置かれている。
色はどちらも赤、大きさは多少異なるが効果は変わらないらしい。
「職員の説明によると口の中で色が無くなるまで舐めればいいそうよ。 中の成分が体内で吸収されて力に変わるんだって」
「へぇ…… そういえばリオンが言ってた飴ってお菓子もこんな感じなのかな?」
「そんなのわたしが知るわけないじゃない。 さあ、プラム、お好きな方をどうぞ」
「いやいや、ここはレディーファーストで、アンラが選んでいいよ」
俺がそう返すと、アンラの表情が得もいえないプレッシャーを伴う不自然な笑顔に変わった。
おまえが先に行け、そう言われた気がしたが俺はちょっとだけ悪戯したくなったので同じ笑顔で返した。
「……」
「……」
数秒後、先に動いたのはアンラだった。「じゃんけんぽん!」と掛け声を合わせ、結果俺が勝つ。
「そんな……」
「ははん、アンラが何の手を出すのかなんてお見通しさ。 なんせ、俺達は双子の兄妹なんだから」
いつだったか言われた言葉を、そっくりそのまま返してやった。そして何てことなくストーンを口に含むまでがワンセット。
「プラム、あなた少し性格が悪いわよ…… わたしがこういうの苦手ってわかってて遊んだんでしょ」
「しっけーな。アンラらすらおに先に食れれおりいちゃんと言ってるれれはそれでよらっらのに(失敬な。 アンラが素直に先に食べてお兄ちゃんと言ってくれればそれでよかったのに)」
「わたしはまだ自分が妹って認めたわけじゃない! プラムが弟だって可能性もあるでしょ!」
アンラが悔しそうに言っているのを愉快に聞きながら俺はストーンを舐め続けた。 すると突然、背中に刺すような痛みが走る。
「んっ!?」
「どうしたのプラム! 大丈夫!?」
「あ、熱い……! 背中が……!」
痛みのあまり俺はその場で這いつくばった。
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