第十話 実習訓練

 その日、俺の目覚めは最悪なものだった。

 「うっ、ぐぁぁぁぁ!」

 ライズストーンを使ったときと同じ、いや、それ以上の激痛が俺の背中を中心にして走る。 俺はそれを耐えること、ベッドの上でうずくまることしか出来ずにいた。

 「プラム! 大丈夫か!」

 俺の声で起こしてしまったか、向かいのベッドで寝ていたリオンは嫌な顔一つせず俺を介抱してくれる。 他のルームメイトは音を遮ろうと布団を深く被ったりうるさいと怒鳴ったり、その反応は様々だ。

 「あ、ありがとうリオン。 もう平気だ」

 「ライズストーンの副作用、日に日に酷くなってるな…… プラム、本当に大丈夫なのか? 今日の苦しみ方は尋常じゃなかったぞ」

 リオンが指摘したとおり、ここ最近俺の体に異常が起きている。 はじめは僅かな背中の痛みだった。 それが痛むごとに手や足まで痛むようになって、頻度も増えるようになってきた。

 ライズストーンを使ってから一ヶ月、特にここ一週間は痛みで起きることが日課となってしまっている。

 「大丈夫、死ぬほどじゃない。 君や他のルームメイトには悪いけど、もう少しだけ様子を見るよ。 だからリオン、くれぐれもアンラには……」

 「……わかったよ」

 リオンは俺以上に元気を無くして答えた。 きっと他人から見た俺の姿は酷く痛々しいものなのだろう。 けど、俺は今痛みを負うごとに新たな力が呼び起こされる予感を覚えている。

 今までの自分では無くなってしまうほどの、恐ろしくも強大な力の予感だ。 その力のために痛みが伴うというのだったら、俺は快く受け入れよう。

 「けど、アンラだっていつまで誤魔化せるか、 ライズストーンは使用時十人に一人の割合で死ぬってことすらアイツは知らないんだろ? はじめて使ったとき、これはヤバいと直感で気づいたおまえがアンラの分も取り上げたってことも」

 「まあ、時間の問題だろうね。 だけど死ななきゃ何も問題はない。 強くなれさえすればそれで良いんだ」

 「おまえはもう少し自分の体を労れよ……」

 「リオンはもう少し自分を追い込んだほうがいいと思うよ。 今日の実習訓練、いつもみたいにサボるなよ?」

 俺がそう返すと、リオンはばつの悪そうな顔をして誤魔化した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 それから三時間後、今日の予定では朝食を取った後すぐにグラウンドにて他のパーティー合同の実習訓練が開始されることになっている。

 実習訓練とはすなわちダンジョン内での移動、戦闘、運搬など様々な状況を想定したシミュレーションを行う訓練だ。

 その内容はとてもハードで、どんな場合でも常に三十キロの荷物を背負うというのだからとんでもない。

 けど、俺もここに来て五年が経つ。 最初こそついていくのでやっとだったが、鍛えに鍛えられた今となっては無理ってほどじゃない。

 それはアンラも同じなようで、負けず嫌いな彼女は他の誰よりも先を走っている。 俺も追いつきたいところだが、案の定リオンがへばっているのでそうもいかない。

 三十キロの荷物を背負って行う十キロメートル移動訓練。 二時間以内にゴール出来なかった者とその所属パーティーは、連帯責任として全員でペナルティを受けることになっているのだ。

 それだけは絶対に避けたい。 だから俺は彼に付き添って発破をかけていた。

 「リオン! 遅れてるぞ! まだ半分も進んでいないじゃないか!」

 「そ、そうは言ってもこんな重たい荷物…… 前までは二十五キロだったじゃねえか!」

 「大して変わらないだろ! ……まったく、どうしてこうも体力が無いかな」

 「俺からすればおまえ達の方がおかしいぜ! 誰も彼もどうして涼しい顔でこなせるかね! ……あー! ダメだ! ちょっと休憩!」

 リオンの体力の無さ、辛抱の無さは異常だ。 肥満体型のピーツやプラムをはじめとした女子達だって何とかついていっているのに、リオンは活発な性格の割に意外と運動が出来ない。

 俺は頭脳担当なんだよ。 なんてことを彼はよく言うが、それにしたってこの体たらくはどうかと思う。

 まあ、リオンほど運動が出来ない奴は少ないながらもそう珍しいわけじゃない。 だいたい一パーティーに一人はいる割合だろうか。 だからどのパーティーも俺みたいな見張り番がいる。

 「あれ、リオン達も休憩か?」

 「ゼブラ! おまえも休んでいけよ!」

 後ろから追いついてきたのは別パーティーではあるが俺達と同世代のゼブラとルークだった。 ゼブラもワイルドな風貌の割には体力が無く、度々パーティーメンバーを困らせている奴だ。 例のごとく付き添いの少年、ルークが嗜めているがゼブラはお構いなしにその場に転がった。

 「お互いモヤシ組には困ってしまうな、プラム?」

 「まったくだよルーク。 年も性別も変わらない同じ人間で、どうしてこうも違うかな?」

 俺がそう言うと、リオンはむっとした顔で口を挟んだ。

 「いやいや! プラムに関してはライズストーンで強化されているからな!? 一緒にされたら困るぜ!?」

 「そうだそうだ! ドーピング野郎にとやかく言われる筋合いはねえ!」

 「ドーピング野郎…… いい響きじゃない……」

 とまぁ、彼らに関してはああ言えばこう言う連中なので時間に遅れないかぎりは黙認して休ませる他ない。 鬼教官にバレるのが恐いがそのときはそのときだ。

 「そんな調子で再来月からの配属どうするんだ……」

 「俺は楽そうな環境管理隊に希望を出すつもりだ。 ゼブラもそうするよな?」

 「もちろんだ。 討伐隊や採取隊なんて危険な部隊死んでもごめんだね」

 三人が話しているのは俺達の今後の進路についてだ。

 このダンジョンに収容された子供達はまず新隊所属としてダンジョンに関わる様々な分野の経験を積む。 俺達スクエア隊も厳密には新隊所属で、先日のクロス隊合同任務もその一環だった。

 五年経つと、それぞれが希望する特別部隊に配属されることとなる。

 候補は五つ。 ダンジョン内のモンスター増加を防ぐための討伐隊。 鉱石や地下水等天然資源の採取、運搬を行う採取隊。 ダンジョン内の松明の設置や通路舗装を行う環境管理隊。 遭難者の救援を行う救援隊。 そしてダンジョンそのものの調査、最深部への到達を目的とした深層調査隊だ。

 「プラム、おまえはどうするつもりなんだ? たしか妹は討伐隊を希望するつもりなんだよな? おまえも同じところに行くのか?」

 「俺は……」

 実のところ、俺はまだ自分の配属希望を決めていなかった。 アンラとここを抜け出すための金は欲しい。 その事を考えれば危険は伴うがその分報酬の多い討伐隊や採取隊が望ましいのだろう。

 けれど、俺はスクエア隊の皆が好きだ。 出来ることなら今の五人のまま活動を続けたいと思うのは俺のわがままだろうか。

 そんな話をしていると、どういうわけか先を走っていたアンラ、ピーツ、メランザーナの三人が俺達のところにやってきた。

 「アンラ、いったいどうしたんだ?」

 「私達スクエア隊に緊急の召集みたい。 今すぐギルドに集まれって」

 「緊急の召集?」

 その後、俺達スクエア隊はとある特別依頼を受けることとなった。

 ……それが悲劇のはじまりだとも知らずに。

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