第八話 スクエア隊

 俺達が落ち着いて話が出来るようになったのはその日の夜、食堂スペースで夕食を取っているときのことだった。

 「つ、ま、り、 お前達バカ兄妹は俺達スクエア隊に黙って三百万レギンなんて破格の報酬の特別依頼を受けていたと?」

 「はい、そういうことになります……」

 「はあ~…… チクショウ。 なんだって黙って行っちゃうかなぁ……」

 俺の向かいの席に座る赤髪の少年、リオンは銀のプレートに盛られた蒸かし芋を潰したものをフォークで突っついていた。 怒っている、という感じではなくどこか寂しげな様子だ。

 そんなとき、彼の横に座る巨漢の少年、何よりも食べることが大好きなピーツが口を開いた。

  「リオン、食欲無いの? その蒸かし芋貰っていい?」

 「あ、うん、いいけど…… てかピーツよ。 おまえも食ってばっかいないで文句の一つくらい言ったっていいんだぞ」

 「んー、僕は別にいいかなぁ。 二人とも無事だったし、今日もご飯はおいしいし。 あっ、でもせっかく頑張ったのに報酬のお金貰えなかったのは残念だったなあ」

 ピーツが言ったように結局俺達は成功報酬の三百万レギンを貰うことは出来なかった。

 理由は単純、契約を破って二人じゃなく五人でベアーザウルスの討伐にあたったからだ。

 「んん! たしかに! ありゃ勿体なかったよなぁ! あんなバカ早い朝じゃなかったら、俺の頭ももうちょい回って関所の職員に上手い言い訳言えたのに!」

 「あのときのリオンの慌てぶりは傑作だったよ。 寝ている僕を引きずりながら女子寮に行って、男子は入れないから外から大声でメランザーナを呼ぶんだもん。 起こされた他の女の子達の突き刺さすような視線といったら……」

 ピーツがけらけら笑いながらそんなことを言うと、リオンは途端に表情を強ばらせた。

 「やめろよ、思い出しちまったじゃねえか。 ああくそ、これじゃあとうぶん女子達には近づけないな。 いいか二人とも、これもそれも全部お前達のせいなんだからな!」

 「おっしゃるとおりで……」

 「申し訳ございませんでした……」

 リオンが女子達から警戒されているのはもとからだけど、今の俺達にはただ謝ることしか出来なかった。

 なんだかんだいってリオンは優しい。 話を聞く限り、必死になって俺達のことを助けにきてくれたみたいだし、今だって俺達を責めすぎないように明るい雰囲気にしようとしてくれている。

 けど、たぶんメランザーナは簡単に許してくれない。

 「メランザーナも言いたいことがあるなら言ってやれ。 ここのパーティーでおまえが一番新しいからって遠慮することはないぞ」

 とうとうリオンがメランザーナに話を振った。 俺達が何を言われるのかと身構えていると、ラベンダーのような薄紫の髪の少女は、立ち上がり、似合わない笑顔を浮かべながらアンラの横に立った。

 そして次の瞬間、いきなり真顔になったかと思えば左手でアンラの頬を強く叩く。

 「……!」

 その場の空気が一気にピリつく。 揉め事が苦手なリオンとピーツは肩を震わせそこにいる誰よりも怯えていた。

 俺はというと、申し訳なさよりも妹に手を上げたことへの怒りが勝ってしまい、つい立ち上がって二人の間に割って入っていた。

 「……なに? その目は?」

 「責任は全て俺にある。 殴るなら俺を殴れ」

 「きひっ、きひひ…… やだぁ、こんなときまで兄妹愛の見せつけ? 言われなくたって、お望み通りにしてあげるわよ!」

 言葉と共に放たれた右手のボディブローは非常に重く強烈だった。 込み上げてくるものを我慢している間に、まるで躊躇のない二発目が放たれる。

 「ごふっ……!」

 「あーあー、スゴいスゴい。 今のは結構本気で殴ったのにぃ、この程度で済むなんてぇ。 仮に今のが妹さんの方だったら内蔵ぶちまけているところよ? ライズストーン様々ってところかしら?」

 うずくまる俺にメランザーナは構わず話しかけてくるが、今の俺に返事が出来る余裕なんてまるでない。 アンラは青ざめて俺の身を案じている様子だけど、俺とは違い冷静で非は自分達にあることを理解しているから何もしなかった。

 「メ、メランザーナ! 何もそこまでしなくても……」

 「あらぁ? 遠慮はいらないって言ったのはダーリンじゃない。 ワタシは二人ほど優しくないから、こうでもしないと腹の虫がおさまらなかったのぉ」

 もれなく俺とメランザーナは騒ぎに駆けつけた職員に捕り抑えられ、トラブルを起こした罰として凍えそうな夜を懲罰房で過ごすことになる。

 メランザーナ、半年前リオンがスカウトしてきたあの女のことが俺は少しが苦手だ。

 彼女はリオンのことしか言うことを聞かないし、俺達のことを絶対に名前で呼ばないし、 前のパーティーにいた頃の噂はどれもあまり良いものではない。

 なにより、アンラに手を上げるなんて以ての外だ!……まあ、今回に関しては完全に俺らが悪いんだけど。

 「ああ! なんだかもやもやする!」

 狭い懲罰の中で一人髪を掻き毟っていると、なんと隣の房からメランザーナの声が聞こえてきた。

 「きひひっ…… 聞こえてるわよぉ、おにーさぁん」

 「メ、メランザーナ!? いつからそこに!?」

 「最初からよぉ。 アナタ心の声だだ漏れだから、ワタシの悪口ぜーんぶ聞こえちゃった。 ねえ、いったいこれ何の罰ゲーム? ……あっ、懲罰房だからある意味何の問題もないのかしらぁ?」

 「ご、ごめん、気づかなかったんだよ。 けど、別に今のは悪口ってわけじゃ……」

 「気にしてないからアナタも気を遣う必要ないわぁ、 言われるだけの自覚もあるしねぇ」

 「自覚あったんだ……」

 そこで会話は途切れてしまった。 もとから雑談を交わすような間柄ではないのでそれが普通なのだが、今日のことがあるので気まずく感じる。

 それからしばらくして、もうどうしようもないので寝ようとすると、そういえばまだ食事の途中だったということを思い出してしまい空腹感を覚える。

 どうしよう、お腹が鳴ってしまう。隣にいるメランザーナに聞かれるのが恥ずかしい。

 そんなことを考えていたら、ぐぅぅぅ、と俺とメランザーナのお腹が同時に鳴った。

 「……」

 「……」

 「そういえば、メランザーナもまだ食べている途中だったっけ……?」

 「……」

 「つ、土でも食べてみたら空腹が紛れるくらいにはなるかも……」

 「……」

 俺がどれだけ話しかけてもメランザーナからの返事はなかった。 今、壁の向こうで彼女がどんな顔をしているのか気になる。 後が恐いのでたとえ見れたとしても見ないが。

 再び沈黙が続いていると、もう夜も深い時間なのに誰かがこっちにやって来る気配がした。

 「プラム、差し入れ持ってきたよ」

 それはスクエア隊の皆だった。 どうやら俺達の腹の具合を心配して食べ物を持ってきてくれたようだ。

 「ありがとうアンラ。 助かるよ」

 「お礼はピーツに言って、これ全部彼が溜め込んでいた秘蔵の非常食らしいから」

 「ほ゛く゛の゛お゛や゛つ゛、よ゛く゛あ゛し゛わ゛っ゛て゛た゛へ゛て゛ね゛っ゛……!゛」

 「やめろピーツ、プラム達が食べづらいだろ!」

 アンラの後ろではピーツが別れを惜しむように立ち尽くしていた。 リオンが言うとおり食べづらいけど、空腹はピークを迎えそうも言ってられない。 ピーツには今度埋め合わせをしておこう……

 「ほら、メランザーナも」

 「……ありがと」

 「あれ、なんだか顔が赤くない? なにかあった?」

 「な、なんでもないわよ……」

 お腹が空くわ気まずいわでどうにかなりそうな状況だったがアンラ達のおかげで九死に一生を得た。

 なお、食料が惜しくなったピーツが中々動けずにいたので見回りに来た職員に見つかってしまい、結局五人仲良く懲罰房に入れられることとなってしまった。

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