第十四話 赤竜覚醒

 数時間前、俺は五階層の入り口で痛みのあまり動けずにいた。

 「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 今にも死に絶えそうなくらい辛くて苦しいはずなのに、妙に思考だけがクリアだった。

 アンラ達は今頃三階層に上がったくらいだろうか。 無事に進めているといいんだけど。

 そんなことを考えていると、チェイスドッグの新たな追手の足音が地面を伝って聞こえてきた。

 嫌だ。 死にたくない。 俺は約束したんだ。 いつかアンラと一緒に地上を出るって、成り上がって、大きくなって、いつか大人達を見返してやるんだって!!!

 「糞犬共が……! 俺に手を出してみろ、 最初の一匹だけは焼き殺してやる。 さあ、どうした。来いよ!」

 そんな威勢を見せたって、仰向けの状態じゃ何の説得力もない。 現にモンスターは怯むこと無く俺を取り囲み、次の瞬間一斉に飛びかかってきた。

 そしていよいよ俺の喉元に牙が立てられる。 その瞬間、俺の意識は闇に消えた。 死んだとするにはあまりに不自然だった。 走馬灯なんてものを見ることもなくて、死の実感なんてものもなくて、なにより俺自身、諦めるつもりが殊更無かったからそう思ったのだろう。

 次に目が覚めたとき、何故か俺はその場に立ち尽くしていた。

 辺りにモンスターはおらず、火の粉と死灰が舞い、黒い煙が燻っていた。

 「これは……」

 俺が状況を理解出来ずにいると、奥の方から風が吹いた。 その風に乗って舞う死灰は、直感でモンスターのものではないと悟る。

 「そうだ、ピーツ……」

 俺は頼りない足取りで歩みを進めた。 そして、辺りに散った死灰を必死に集めて抱き締めた。

 こうなってしまえばもうどうにもならない。 あの爆発に巻き込まれて、やっぱりピーツは死んでしまったんだ。

 「ピーツ、ピーツ……! うわぁぁぁぁ……」

 俺は、ダンジョンが嫌いだ。

 俺は、モンスターが嫌いだ。

 大人が嫌いだ。 理不尽が嫌いだ。 自分勝手な奴が嫌いだ。 俺達にひどいことをするこの世界が大嫌いだ。

 ピーツは優しい奴だった。 食べることが好きな奴だった。 ときどき抜けた所もあるけど、温和で、能力があって、ユーモアがあって、そんなピーツに俺は何度も救われた。

 夢があったんだ。 生きたがっていたんだ。

 「なのにっ、どうして! どうしてピーツは死ななくちゃいけなかったんだッ!!!」

 俺の叫びは、心の昂りは、このダンジョン全てを轟かしたのように思えた。 体に異変を覚えたのはその直後だ。 どうしようもないあの痛みが、 今度は電流のようにほんの一瞬俺の体を襲った。

 そして眩んでしまいそうなほどの熱を覚える。 次に目を開いた時には、何故か十メートルはあった高さの天井がすぐ目の前にまで迫っていた。

 それが俺自身が大きくなったということだと理解するまで、さほど時間はかからなかった。

 ……ああ、そうか。 俺は今まで夢を見ていたんだ。

 自分の無力さに悲観し、ひたすらに理不尽に耐え続け、ただ指をくわえて仲間が死んでいくのを見ていることしか、 ただ力が欲しいと神に祈るしかなかった。 そんな悪夢をずっと見ていたんだ。

 けど、力の兆候は確かにあった。 今、このときのために、俺達はずっと理不尽や死の恐怖に堪え続けていた。

 ならばこの息吹、この叫び、この炎は、生まれ変わったプラムの産声に違いないだろう。

 「グアアアアアオ!!!」

 地上に出るため、俺は天井目掛けてブレスを吐いた。 轟く火炎は今までのそれとはまるで違う、血のように紅く、怒りを現したかのように赤い、とてつもなく禍々しい炎だった。

 異なるのは色味だけじゃない。 威力も熱量も以前の俺のものとは桁違いだ。

 そして天井にはいとも簡単に穴を空けられた。 俺はそのまま翼をはためかせ、階層の境を突破した。

 するとどうだろうか、何故かアンラがスライムに飲み込まれている。 だから、俺はスライムにありったけの敵意を送った。 それが有効だったのかは分からないが、スライムはアンラを吐き出し、こちらに注意を向けた。

 「……」

 お互いに間合いを測っていると、先に仕掛けたのはスライム。 一気に勝負を決める気なのだろう。 持てる体液の全てで俺に覆い被さろうとしてきた。

 しかし、水は俺にとって何の驚異でもない。アンラがいるから加減したブレスで迎え撃つと、スライムはその体積の三分の一を失っていた。

 けど、まだ死には至ってない。たしかスライム種はコアを破壊しなくちゃ倒せないんだっけか。

 ……めんどくさい。 だったら全部焼ききってしまえばいい!

 「ガアアアアア!!!」

 俺はスライムを足で押さえつけ、真上から火炎を浴びせてみせた。 スライムは抵抗することもなく、悲鳴を上げることもなく、ただ蒸気となって宙に消える。 最後に残ったコアは、もれなく死灰となって崩れ去った。

 俺は自分の勝利を確信した。 しかしそのとき、俺は力を使い果たしたかのように途端に意識が鈍くなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  

 

 しばらくして意識が戻ると、俺はダンジョンの外にいた。 どうやらアンラやリオンが救援隊を要請してくれていたらしい。

 リチャルゴは既に自分の家に帰ったとかで、俺は恨み言の一つも言えやしなかった。

 ……いや、これでよかったのかもしれない。 あのクソ野郎の顔を見て、正気を保っていられる自信がない。 もしも貴族階級の人間を殴ったともなれば、俺なんて簡単に処刑されてしまうだろう。

 俺達はその足でギルドに向かい、今回の報告を行った。 依頼は達成。 しかしリチャルゴを危険な目に遭わせたこと、メランザーナが祖祖をしでかしたということで俺達スクエア隊には二ヶ月の謹慎命令が下された。

 そしてまた、パーティーメンバーの一人であるピーツを失ったということで、ギルドから補償として五万レギンが支給された。

 「ハハハッ! ハハハハハッ!」

 受付カウンターの前、俺は笑わずにはいられなかった。

 五万レギン。謝罪の言葉一つなく、ピーツの命が、たったそれだけの対価で手打ちにされた。

 爆弾入りのプロテクターを寄越してきたのはコイツらギルドで、 それを黙っていたのもコイツらのはず。 おまえ達がピーツを殺したようなものなのに、こんなことなら、まだ何も無い方がマシだ。

 そのとき俺は思った。 このままじゃダメだと。 このまま大人達の言いなりになっていたら、俺達は地上に出ることも自由を勝ち取ることも出来ないまま、いずれピーツのようにボロ雑巾のように掃き捨てられてしまう。

 そうならないためには根本から考えを改めなければならない。 真っ当に金を稼ぐだけじゃダメなんだ。

 もっと、根本的な…… そう、例えばこの世界、あるいは秩序、あるいは文明そのものを壊してしまう、それくらいのアクションが必要なのかもしれない。

 だってそうだろう。 俺達の敵はダンジョンでもなくて、モンスターでもなくて、ずっと俺達を抑えつけている大人達なのだから。

 俺は戦う。 皆を守るために。 この、竜の力で……

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