第十三話 覚悟

 「プラム、どうしたの!? ねえ! プラム!」

 ピーツが爆破された直後、プラムが突然苦しみだした。 この反応はまるで、ライズストーンを使用した時のようだ。

 「どうしようリオン! プラムがっ……!」

 「……っ」

 「……リオン?」

 「……アンラ、落ち着いて聞いてくれ。 おそらく今の爆発ですぐに至る所からモンスターが集まってくるだろう。 だからここに留まることも、動けない奴を抱えて移動するなんてこともしている場合じゃない。 俺はリーダーだから、パーティーを全滅させるわけにはいかないんだ。 おまえは賢いから、わかるはずだ」

 「わからない、わからないよ…… それじゃあプラムはどうなるの?」

 「プラムは。 ……プラムはここに置いていく。 それがリーダーからの命令だ」

 リオンは絞り出すようにそう言った。 彼の言葉には、生への渇望と、仲間を見捨てることへの罪悪感と、それ以上に指揮官としての重責が混在されているように感じた。

 けど、わたしはそれに従う気になれなかった。 だってプラムはわたしの兄なんだ、唯一の肉親なんだ。 彼が支えてくれたからわたしは今も生きているわけで、彼を見捨てるなんてことわたしに出来るわけがない。

 「……本当に、イラつくわねぇ」

 後ろから声がした。 メランザーナが引き返して来たのだ。 爆発には巻き込まれなかったが顔は煤だらけで、その煤にまみれた表情は私に対する嫌悪感を物語っていた。

 「メランザーナ……」

 「あなた、これ以上犠牲を増やすつもり?」

 「けど、プラムは……!」

 「彼があなたにとって兄かどうかなんて関係無いのよ! ここはダンジョン! 今は護衛依頼の真っ最中! 状況は依然警戒が必要で、そんな時に彼は倒れてしまった! 運が悪かったの! 彼を庇って、ここで全滅するのが彼の本望なの!?」

 「それは……」

 「……生きて戦うしかないのよ。 私達は」

 それだけ言われて、もう反論の余地はなかった。 ライズストーンは得体の知れないアイテムだ。 何か副作用があるんじゃないかと思わなかったわけじゃない。 けれど、私の前ではプラムはいつも笑顔で、平気な様子でいるから、私は甘えて何も調べようとしなかった。

 その結果がこれだ。 現実から逃げたツケが、今私達に返ってきている。 それでどうしてリオンやメランザーナを巻き込むことが出来るだろうか。

 きっと、そんなことプラムは望んでいない。

 ならわたしがするべきことはここで立ち止まることではないはずだ。

 「わかったわ、行きましょう」

 わたしは自らパーティーの先頭を歩いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 それからどれだけの時間が経過したのだろう。 わたし達は今三階層の中部を進んでいる。

 幸い、新手のモンスターによる妨害がなく進行自体は順調だ。 懸念があるとすれば、あまりにモンスターがいなさすぎるということか。

 「お、おい……! まだ着かないのか!」

 「……カンバラルルナ様、お静かに願います。 周囲の状況がわからなくなるので」

 「なんだと!? おまえ、僕に口答えするのか!?」

 リオンはもう相手の身分に臆するなんてことはなかった。 仲間を二人失った。 その責任を受け入れた彼は、これ以上の被害を出さないため必死に指揮官としての責務を真っ当しようとしている。

 問題はリチャルゴだ。 彼はもう半狂乱となってしまっていて、状況を冷静に理解出来ていない。

 こいつがプラム達の代わりに死ねばよかったのに、そんな物騒な考えが頭を過ったときだった。

 殿を務めていたメランザーナが、突然リチャルゴの顔を口を塞ぐようにして掴んだ。

 「……ねぇ、ワタシとおっても機嫌が悪いのぉ。 誰かさんが勝手なことしてくれたおかげで隊はめちゃくちゃ、自分が助かる保証もない。 出来ることならそのお喋りな口とケツ穴にありったけの手榴弾を詰め込んでやりたいくらいなのよぉ。 けど、意味がないからそんなことしないわぁ。 アナタを今生かしているのは、それが依頼達成の条件だからというだけ。 ダーリンも、この子も、そしてワタシも、別にアナタに忠誠を誓っているだとか、殺されるのが怖いだとか、好いているだとかそんな理由で守っているわけじゃないって、理解しておいてくれるかしらァ ……」

 メランザーナの右手は相手の顎を砕きそうなくらい力がこもっていた。 わたしとリオンは何もせず黙ってそれを見ている。 少ししてリチャルゴが観念して目で訴えかけると、メランザーナは察して手を離した。

 「げほっ、げほっ……! お、おまえぇ……! 帰ったら覚えておけよ…… 父上に頼んで絶対に殺してやるからな……」

 リチャルゴが言い切る前にメランザーナは小銃のレバーを引いた。 リチャルゴは怯えて「ヒィィ……」なんて悲鳴を上げているが、その目的が彼を撃つことでも脅すことでもないことをわたしとリオンはすぐに気づいた。

 「……来るわね」

 「ええ」

 互いに背中を合わせて四方からの接近に備える。 モンスターの気配は僅かに、しかし確かに近づいていた。

 「上だ!」

 リオンが言った直後にそのモンスターは仕掛けてきた。 あと三秒遅れていればやられていたが、彼のおかげで助かった。

 「……ああ、これは。 こんな大物がいたんじゃモンスター達も顔を出さないわけねぇ」

 そのモンスターを前にしたメランザーナの声色はとても弱々しかった。

 床、壁、天井問わず這って進む無色透明の動く粘液。 嵩にすれば五十万リットルと言ったところか。 大スライム、三階層の主と称されるこのモンスターは、コア以外への物理攻撃を全て無効化する厄介者だ。 立ち塞がる壁としては打ってつけと言えるだろう。

 「大スライムか、まずいな……」

 リオンは作戦を考えているのだろうが、人数が少なすぎるが故に有効な手段を思いつかずにいるようだ。

 頼りのメランザーナもここまで殿を務めていたから消耗していてまともな戦闘が出来そうにない。

 ならば、取れる手段は一つだろう。

 「リオン、メランザーナ。 わたしが囮になるわ。 その間にリチャルゴを連れて逃げて」

 私が口にした提案に、二人からしばらく返事はなかった。

 「……クソッ!」

 リオンが自分の太ももを叩いた。 きっと彼の中で決心がついたのだろう。 なら、次に彼がすべきはそれを言葉として皆に伝えることだ。

 「……十分、十分耐えてくれ。 そうすれば俺達は三階層を抜けることが出来る。 そのときには合図としてメランザーナに空砲を撃たせる。 それが聞こえたらアンラも逃げてくれ」

 「了解。 リチャルゴに伝えておいて、大スライムに爆発は効かないからスイッチは押すなってね」

 「ああ」

 会話はそこまでだった。 リオン達は駆け出し、立ち塞がるようにモンスターの前に立った。

 大スライムは視覚が無く知能が低い。 基本的に温度感知で情報を取得し、近くの動物を優先的に補食しようとする。 また、スライム種の補食は少し特殊で、体内に取り込んだ対象を長い時間をかけて体液の僅かな酸で溶かして行う。 その間は動きが鈍くなる。 だから一人が囮になりさえすれば、他の皆は簡単に逃げられるというわけだ。

 「さあ、いくわよ!」

 相手の動きを見極め、触手のように伸びた体液を紙一重で避ける。 その拍子に突剣を差し込むが、やはりダメージになっている気配はない。やはりコアを探すしか……

 「しまっ……」

 いつの間にか大スライムの体液の一部はわたしの死角へと回っていた。 思考に気を取られていたほんの一瞬の隙を突かれ、わたしはまんまと捕らえられてしまった。

 「はは、かっこわるいなぁ」

 足を捕まれ宙に晒される。 頭が真っ白になったわたしの口から出たのは、もはや弱音なのかそれともただの戯れ言なのかもわからない。

 「プラム、やっぱりあなたがいないとわたしは何も出来ないみたい。 あなたのこと、今だけはどうにか忘れようと思っていたのに。 どうしてだろう、プラムのことが頭から離れないの」

 はじめて会ったときのこと、覚えている。

 守ると言ってくれたときのこと、覚えている。

 一緒に食べたごはんの味も、一緒に見た流れ星の煌めきも、 何気ないことで見せるあの笑顔も、あなたの優しさ、強さ、勇気。

 その全てに包まれて死ねるのなら、例え酸でじわじわと溶かされて死ぬくらい些細な事だ。 何の問題もないはず。

 何の問題もないはず、なのに……!

 ああ、どうして、わたしはまだ足掻こうとする……!

 

 はっとなって目を開いたとき、既にわたしはモンスターの体内に飲み込まれていた。

 けど、これはピンチでもありチャンスだ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。 体内こそが、もっともコアに近づける位置だからだ。

 コアは赤く淡い人の頭程の球体。 距離は五メートルもない。 粘度がある分、水中よりも体は重いけど、泳ぐように体を使えば進めないこともない。

 プラム、わたしは生きるよ。 この五年間、あなたと必死に生き抜いた。 ピーツだって、他の子供達だって、死のうとして死んだ人なんてただの一人もいなかった。

 あなただって、きっとそう。 苦しみながらもどうにか生き延びようともがいたはず。 だからわたしも生きようとする。 あなたと過ごしたこの五年間を、諦めて終わりになんてしたくないから。

 「……ッ!?」

 そのときだった。

 突如として、大スライムから少し離れた地表から巨大な火柱が吹き視界が赤に染まった。

 いや、火が吹いたのは厳密には下の階層からだ。 なぜならその炎の奥底からそれは現れたのだから。

 紅蓮の鱗、蝙蝠の翼。 蛇の顎に山羊の角。 羽の生えた蜥蜴と言ってしまえばそれまでだが、その雄大さの前ではどんな言葉も表現も然程意味の無いように思えてしまう。

 そのモンスターは、紛れもなくドラゴンそのものだった。

 「きゃあ!?」

 とてつもない熱源を感知し、大スライムはわたしを吐き出してドラゴンに注意を向けた。

 体液は激しく脈動している。 おそらくあのドラゴンを相当恐れているのだろう。

 次の瞬間大スライムは全ての粘液を使ってドラゴンに襲いかかった。 しかしドラゴンは退くことはなく、まるで空間中の酸素を使い切らんとするほどに大きく息を吸い込み火炎を吐いた。

 火炎と粘液がぶつかり、とてつもない蒸気と衝撃が発生する。 吹き飛ばされそうになるが必死に堪えていると、しばらくして衝撃は収まり視界が開けた。

 「グアアアアアオ!!!」

 そこには弱った大スライムを踏みつけ、コアを他の体液ごと焼き払うドラゴンの姿があった。

 夢でも見ているようだった。おとぎ話でしか聞いたことのない存在が、どうしようもなく強力なモンスターを容易く殺している。

 おとぎ話で悪魔の僕とされていたドラゴンが、わたしの目には神か天使のように映った。

 地獄の業火とされるその炎が、わたしには希望の灯火にさえ思えた。

 恐ろしい、けれどそれ故に美しい。 わたしは今、世界の真実を一つ垣間見たのかもしれない。

 

 ───シュウウウウウ。

 

 蒸気が完全に止むと、ドラゴンは行動を停止させた。 するとみるみる内にその体が縮んでいく。 縮むだけじゃない、角も鱗も、尻尾も次第に消え失せていく。 最後に残ったのは、意識の無い一人の少年だった。

 「そんな、どうして……?」

 わたしはその少年のことをよく知っていた。

 さっきまでドラゴンとして暴れた少年は、わたしの兄、プラムだった。

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