第十二話 命の価値

 数時間前、ギルド棟の一室にて。

 俺達スクエア隊はリチャルゴ警護依頼を担当するにあたって、とある特別装備の受け取りをしていた。

 「これが新型プロテクター? 見た目はそんなに変わらないけど……」

 各々が手に持っていたのは、一見すると黒く固いという以外には何の情報もない物体でしかなかった。 実際に胸当てを装備しても、やたら重いという感想しかない。

 「総重量五キロ、耐衝撃力は一トンに及ぶ。 特徴としては間接部を増やすことによって動きを阻害しないこと。 重さにさえ慣れれば有用な装備になるはずだ。 依頼中はずっとこれをつけてもらう」

 「ええ……」

 「四の五の言うな。 依頼達成のためだ」

 一切の意見を受け付けんと言わんばかりのギルド職員の態度。 ムカつきもするが、これで生存率が上がるというのなら何も問題はない。

 「見てリオン! かっこいい!?」

 「ゴーレムみたいでクールだぜピーツ!」

 どうやら男性陣はそれなりに喜んでいるようだった。 女性陣の反応は言わずもがな。 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 リチャルゴが失踪したということで野営地に戻ってみると、たしかに彼がいない。 俺は状況を整理しようとリオン達から詳しい話を聞くことにした。

 「リオン、坊っちゃんはどこに向かっていったんだ?」

 「あの抜け穴だ。 先へ行くと二階層へ進める本道に繋がっている」

 「ということは、モンスターに襲われたのか? それとも連れ去られたとか?」

 「おそらくどちらでもない。 確認したが、そんな形跡は無かった」

 「つまり、坊っちゃんは自分から抜け出したってことか…… こりゃマズいわね」

 会話に割って入ったのはアンラだった。 彼女はどうやら俺より早く全容が見えたようで、その表情からいつものような余裕は感じられない。

 「アンラ、マズいってどういうことだ?」

 「おそらくリチャルゴは二階層かそれより下の階層に向かったんだわ」

 「下の階層へ? どうして?」

 「彼、言ってたでしょう。 モンスターが見たいって。 私達じゃアテにならないから、きっと自分の足で向かったんでしょうね」

 アンラの推測通りだとするなら事は深刻だ。 なんせ、ろくに訓練もしていない人間が武装も無しにモンスターと対峙するというのだから。

 いくら二階層のモンスターだからといって、それはあまりに危険だ。

 「リオン、どうする?」

 「仕方ない、すぐに準備をして後を追おう」

 それから俺達は二階層を隈無く捜索した。 それでも見つからないため、階層はどんどん下っていき、ついには危険指定されている六階層に到達してしまった。

 まさかあのおデブがこんなところまでやってきたというのか。 にわかに信じられずにいると、どこか遠くから少年の悲鳴が聞こえてくる。

 「くそ……!」

 隊の空気に緊張が走る。 間違いなく今の声はリチャルゴのものた。

 急いで声のする方へ向かってみると、そこには十匹以上の犬型モンスターに囲まれるリチャルゴの姿があった。

 「総員戦闘用意! タイプAで行くぞ! なんとしてでもカンバラルルナ様をお守りしろ!」

 「了解!」

 リオンの号令は早かった。 声を張り上げモンスター達の注意を引き、その隙に集団の隙間を縫うようにして俺とメランザーナがリチャルゴのもとに辿り着く。

 「ご無事ですか!」

 「何やってるんだ! 遅いぞ!」

 俺が声をかけるも、リチャルゴの返事はえらく横暴なものだった。 どうやら彼は自分のせいでこんな状況になっているなんて微塵も思っていないらしい。

 「……メランザーナ、俺がモンスターを引きつける。 その間にカンバラルルナ様を連れてリオン達のところに行ってくれ」

 「そうしたいのは山々なんだけどぉ……」

 メランザーナの返事はなんとも歯切れが悪い。 その理由は、取り囲んでいるモンスターが撤退戦をするにあたって最悪の相手だったからだろう。

 チェイスドッグ。 その名の通り追跡能力に長けたモンスター。 嗅覚は人間の一億から三億倍ともされ、平均時速百キロメートルで走ることが可能。 彼らに狙われたが最後、地獄の果てまで追いかけれるという。

 そんなモンスター相手じゃ逃げるという選択肢は取れない。 それにもうモンスター達の視線は完全にリオンとリチャルゴに向けられいる。 俺が囮になったところで何の意味もなさそうだ。

 かといって、リチャルゴを庇ったまま戦闘を行うというのも分が悪い。

 「くそっ、いったいどうすれば……!」

 「三人とも! 目と耳を塞ぐんだ!」

 俺とメランザーナが次の手をこまねいていたそのとき、ピーツが投げたそのスタングレネードは、文字通りの光明と化した。

 その光と音をまともに受けたモンスター達は、事態を理解出来ずその場で動けずにいる。

 「さすがピーツだ! 行こう、メランザーナ!」

 俺達はリチャルゴを引き連れ包囲網の中を駆け抜けた。 しかしちょうどリオン達と合流したタイミングでモンスター達も回復してしまう。

 「撤退するぞ! とにかく上層を目指せ! ピーツ、メランザーナ! 悪いが殿を頼む!」

 そこから俺達は、なるべく挟み撃ちにならないように広い通路を選んで撤退した。

 遠距離からの攻撃が可能なメランザーナとピーツを殿に選んだリオンの采配は正解だった。

 走力で勝る追手との距離は拡がることは無かったが縮まることもなく、ついには四階層に繋がる坂道にまで辿り着いた。

 「全員飛び込めー!」

 リオンが駆け出しながら号令をかける。

 しかし、そのときだった。

 「あっ……!」

 気がつき振り返ると、足がもつれさせてしまったのか、ピーツがかなり後方で転倒し動けずにいた。

 もうモンスター達はすぐそこまで来ている。 早くピーツを助けなければならない。

 「メランザーナッ! 頼めるか!?」

 リオンが指示を出すよりも前にメランザーナは駆け出していた。 彼女は威嚇射撃をしながらピーツのもとへ向かうが、モンスター達はまったく怯まない。

 最終的には、モンスター達の方が先にピーツに追いついてしまっていた。

 「ガウゥッ!」

 「や、やめろぉ!」

 ピーツに群がるモンスター。 奴らは牙を立てるが、ここで新型プロテクターが功を奏した。

 「けど、このままじゃまずい!」

 俺はそう言って自らもピーツを助けに行こうとした。 しかしそこで、リチャルゴが不審にも笑みを浮かべ妙なことを口にする。

 「いや、これでいい……!」

 俺がその言葉の真意を問うよりも先に、リチャルゴは懐から何かのスイッチのような物を取り出し、四つのボタンの内、その一つを押した。

 

 ───ドゥゥゥゥン!

 

 次の瞬間、ピーツがいたはずの場所にはモンスター達を巻き込むほどの爆発が起きていた。いったい何が起きたというのか、その情報は、ご丁寧にもリチャルゴの口から語られた。

 「おまえ達に配られていた新型プロテクターの中には小型爆弾が内蔵されていたんだ。 このリモコンのスイッチ一つで起動する爆弾がな……

 助かったよ、ああやってモンスターを巻き込んで死んでくれて。 この僕のために死ねるなんて、実に名誉だ! ……ほら、どうした。 足が止まっているぞ! 早く僕を出口まで案内しろ!」

 俺はその言葉の意味も彼が考えていることも理解出来なかった。

 同じ人間なのに、同じ命なのに、どうして彼は俺の友を捨て駒同然に扱えたのだろう。

 「ほら! さっさとしろ! 他の奴らもアイツのように爆破されたいか!? おまえ達の命は僕が握っているということを忘れるな!」

 「このっ……!」

 その横暴すぎる態度に、俺は我慢出来ず殴りかかろうとした。 リチャルゴは怯み、目を瞑るが、どうしてか俺の体が動かない。

 「ぐああああっ!」

 俺はその場にうずくまった。 あの痛みが、焼けるような痛みが、背中だけでなく、毛や爪の先の全身に至るまで俺を襲うのだ。

 「プラム、どうしたの!? ねえ! プラム!」

 俺の名を呼ぶアンラの声。 けれどもう呼吸が苦しくて、声を出すことも出来なくて、最後に見たのは、アンラを必死に説得して坂を上がっていく皆の姿だった。

 

 「ガウゥゥゥゥ!」

 

 しばらくして、俺を取り囲む新たな追手の気配。 どうやら次は俺の番らしい。

 牙が喉に触れる僅かな感触。それを感じ取ったとき、俺の意識は闇に消えた。

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