第十一話 差別

 俺達スクエア隊が受けた依頼というのは、とある人物の護衛だった。

 リチャルゴ・カンバラルルナ。 地上世界の有力貴族カンバラルルナ家の子息で彼は以前からダンジョンに興味があり、いつかダンジョンの中を探検したいと思っていたそうだ。

 「こちらがリチャルゴ・カンバラルルナ様だ。 貴様らゴミクズ共とは比べ物にならないほど高貴な身分にあられるお方だ。 くれぐれも失礼の無いように!」

 ギルド棟の一室、クソ職員から紹介されたリチャルゴは俺達とはそう年は変わらなさそうな普通の少年だった。 しかしその顔つきからは卑しさが滲み出ており、だらしなく出た腹は、今まで何の苦労もせず生きてきたのだという印象を抱かせる。

 同じ肥満体型でも、腕も足も太いピーツと、ただ腹だけ出たリチャルゴとでは大違いだ。

 「リチャルゴ様。 こちらが今回の護衛依頼を担当しますスクエア隊。 奴がリーダーのリオンです」

 「リオンです。 はじめまして」

 リオンは一歩前に出て握手を求めようと手を差し出すが、リチャルゴはちらりと見下ろすだけでそれを無視した。 リオンは少しだけ眉をひそめるが、何も言わず手を引っ込めた。

 「しかしここは臭いね。 君達風呂は入っているのか?」

 「い、一応は今日のために……」

 「ふーん、だとしたら建物や服に染み付いているのか? そこにいる女の子二人は中々可愛いのに、もったいない」

 リチャルゴはアンラとメランザーナを品定めするようにじっとり眺めていた。 隠すことなく顔、胸、尻に重点的に視線を注いでいて、とても不快だ。

 「えーっと君、名前はなんだっけ?」

 「メランザーナです」

 「そうか、メランザーナか。 メランザーナ、君のルックスはとても素晴らしい。 艶やかな長髪、吸い込まれるような大きな瞳、腰はくびれ、長い手足は美しい曲線を描いている。 まるで見ていて飽きない。 地上でも君ほどの女はそういないだろう。こんな世の中じゃなかったら、僕が玩具として買いつけていたんだけどねぇ」

 「リチャルゴ様、あまり余計なことは……」

 「ああ、すまない。 悪気はないんだ」

 リチャルゴがそんなことを言うと、横にいた職員が注意した。 今のは例えジョークだとしても笑えない。 リチャルゴもそれを察したのか、それに大人しく従った。

 しかしこのリチャルゴというお偉いどころのご子息の印象は最悪の一言に尽きる。 やはりというべきか、彼もまたここにいる職員のように俺達をゴミかそれ以下の存在としか見ていないようだった。

 「……」

 そのとき、隣に立つアンラの左手が震えていることに気がついた。 きっと、恐怖を覚えたのだろう。

 この世界に自分達を肯定してくれる存在はいるのだろうか? このダンジョンを抜け出して、故郷に帰って、その後自分達はどうすればいい? どこに住めばいい? 何を生業にして生活すればいい? そんな疑問が焦りとなって、今の彼女を怯えさせているのだ。

 だから俺はそっとその手を握った。 誰にも悟られないように静かに握って、ただ一言、大丈夫とだけ言った。

 アンラは何も言わず俺の腰を小突いた。 どうやらもう大丈夫なようだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「つまらない」

 リチャルゴが口にした言葉は、その場にいた俺達を戦慄させた。

 時刻は午後七時。 一階層を進んだ先にある巨大な洞穴で、ちょうど野営の準備をあらかた完了させたときのことだった。

 思いがけない要人の言葉に戸惑いながらもリオンが訊ねる。

 「あの、カンバラルルナ様。 何かお気に召差ないことでも……?」

 「ああ、リオン、それともレオン君だったか? 今日はダンジョンの中を歩くだけで何も面白味がなかった。 獰猛なモンスターは? 血肉沸き踊る戦闘は? 僕はスリルを期待してここに来たのに、これじゃあただのキャンプだ」

 「そうは言いましても、モンスターは非常に危険ですので、今回は安全な一階層を探索するだけだと事前にお伝えしたはずです……」

 「ああわかっている。 少し愚痴を溢しただけだ。 せめて夕食くらいは楽しませてくれよ」

 炊事はピーツの担当だった。 彼は今薪をくべており、 その横には普段の俺達じゃ到底ありつけそうもない豪華食材がシートの上に並べられている。

 新鮮な生のジャガイモ、それにニンジン、タマネギ。 見たこともない葉野菜やハーブもある。 それに塩やバゲットまである。 あそこにあるのはまさか兎肉か? なんてこった、今日は肉が食べられるのか? 最後に肉を食べたのは何年前だろうか。

  「ギルドから支給された食材か。 ずいぶん豪勢だね。 ピーツ、つまみ食いするなよ?」

 「プラム、実はまだこれだけじゃないんだ。 容器の中を見て、食後のデザートにフルーツもある」

 「……まじか。 貴族様々だね」

 これならあのお坊っちゃまも納得するに違いない。 なにせこれだけの食材だ。 しかもそれを調理するのが隊で一番料理が得意なピーツときている。俺にはもうあの卑屈めいた顔がほころぶのが目に見える。

 「ピーツ、俺も手伝うよ」

 「ありがとうプラム。 それじゃあ野菜の皮を剥いてくれるかい?」

 それから俺達はリチャルゴの相手を他の三人に任せて調理にかかった。 決して楽な方に逃げたなんてことはない、ぜったい。

 数十分後、鍋の中からは食欲を誘うとてもいい匂いがしていた。

 「ピーツ! これはいったい何という食べ物なんだ!?」

 「ポトフさ。 僕も作るのははじめてだけど、どうにかうまくいってよかった」

 緊張から解放されたといったピーツの表情。 彼はつきっきり火の管理をしていたから、疲労は相当なものだったに違いない。

 「……カンバラルルナ様。 美味しいって言ってくれるかなぁ」

 「何を言っているんだ。 言うに決まっているだろう。 ピーツ、君の夢はなんだ?」

 「……地上で、一流料理人になること」

 「そうだろう。 なら、これは重要な第一歩じゃないか。 カンバラルルナだかカンパネルラだか知らないけど、あの貴族のお坊っちゃんに君の料理を気に入ってもらえれば色々将来に繋がる、そう思わないか?」

 「……うん! そのとおりだ! これは神様が僕にくれたチャンス、そうに違いない! 」

 その後、ピーツは皿一杯によそったポトフをカンバラルルナに差し出した。 けど奴は食べてくれなかった。

 カンバラルルナは「よりにもよって小汚ないデブが作った料理なんか食えるか」と言って一人先に寝床に就いてしまったんだ。

 俺達は残った料理を頂いたが、ピーツが作ったポトフはこれまで食べたどの料理よりも美味かった。なのに奴は一度も口にしなかった。 ただ気に入らないという理由だけで、カンバラルルナはピーツを差別したんだ。

 俺はピーツに話しかけることも顔をまともに見ることも出来なかった。

 その日の夜、事態は急展開を迎える。 交代制で俺とアンラが洞穴の入り口で見張りについていると、休憩中だったはずのリオンが焦った様子でやってきた。

 「どうしたんだリオン、そんなに慌てて……」

 「カンバラルルナ様が帰ってこないんだ! 用を足すって言ってそれっきり……!」

 「なんだって!?」

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