第六話 モンスター
ダンジョンの入り口は地下へと続く大穴だ。 高さ十メートル、横幅三十メートル。 備え付けられた松明の光だけが頼りで、風の音が絶えず鳴り響いている。 そんな空間が一キロメートル続くと道が五つに分かれた広場に出る。
厳密にはここからが一階層ということになっている。 この広場はモンスターが出現することがほとんどなく比較的安全な場所だけど、それは先人の犠牲があってのことだということを忘れてはならない。
百年前、この世界にダンジョンが出現して間もない頃。 モンスター達は地上に侵出していた。 それを地下に押し込めるために大勢の子供達が集められ戦場に投入された。
あまりに無謀な作戦だった。 まともな武器なんて与えられず、体に爆弾を巻きつけて特攻させる。 子供達は事前に洗脳され、本番の直前にはドラッグを注入して判断能力を鈍らせられたから抵抗することなんて出来なかった。
そんなことを約一ヶ月。 犠牲になった子供達の数は定かではないけど五千はいたとされている。
俺達が普段生活しているベースキャンプ一帯やこの一階層の安全圏は、そんな彼らの犠牲があって存在している。
広場に出てすぐ、横を歩くアンラが口を開いた。
「どうしてか、ここに来る度に死んでたまるかって気持ちになるわ」
「奇遇だね。俺もだよ」
「あら、意外ね。プラムのことだから死んでいった子供達を哀れんだりしているのかと思ったわ」
「尊い犠牲に感謝しよう、先人達に敬意を払おうって? まさか、そんなのただの偽善だろ? 俺は月一でここに来て偉そうな説教垂れるだけ垂れて帰る神父達とは違う。 そういうことを言い出すのはいつだって善人振りたい大人達だけだ。 俺達は今も戦っている。大昔の犠牲を哀れんでいる暇なんてないよ」
俺がそう言うと、プラムはクスりと笑った。
「よく言ったわプラム。何よ、今日はえらく舌がまわるじゃない」
「これもライズストーンのおかげだったりして?」
「それ最高」
広場には五つの道が用意されているが、下層に繋がる正解の道は一つだけだ。 わかりやすいように目印がついているので間違えることはない。 余計な消耗を防ぐため、なるべくモンスターを避けた俺達は戦闘になることなく二階層へと向かった。
階層が変わったからといって雰囲気が変わるわけじゃない。 相変わらず暗い洞窟で、風の音以外静寂が続いている。
けど、ここからはモンスターの出現率がグンと上がる。 今の俺なら楽に倒せる相手ばかりだが、油断は禁物だ。 より気持ちを引き締めて進んでいかなければならない。
「来るよアンラ。 アサルトラットが二匹だ」
「わたしも今のうちに体を馴らしておきたいわ。 一人一匹ずつ相手をしましょう」
「わかった」
俺達は左右に分かれモンスターを挟み撃ちにした。 アサルトラットは体高が一メートルもある巨大ネズミだ。俺は対象の鼻先を蹴りつけ。 アンラは相手の突進をひらりと避けて脇腹を細剣で二度突き刺した。
まもなくモンスターがその場で動かなくなり、その肉体に変化を起こす。変化と言ってもなんてことはない。 生命活動を終えたから構成細胞が死滅し灰となったのだ。
俺はしゃがみ地面にちょっとした山のように溜まった灰の中を漁った。
「ドロップアイテムは無いか……」
「こっちもよ」
「なんだか幸先が悪いね」
「気にしても仕方がないわ。 先に進みましょ」
俺達は再び歩きだした。そして二時間かけて五階層に到達する。
「二人だけでここまで来るのははじめてね」
「今回みたいな奇妙な依頼でもない限り普通はそんな無謀なことする意味ないからね。 今の俺達、何気にすごいことやって……」
言いかけたそのとき、突如周囲が揺れだした。 自然的なものじゃない。 冒険者としての勘が何か大きな予感を知らせている。
「アンラ! 危ない!」
俺は咄嗟にアンラを抱き抱えてその場から離れた。 直後、壁を突き破って主が正体を現した。
体躯の大きさと釣り合わない短い手足、しかし後ろ足だけでも十歳の子供一人分くらいの高さと太さがある。 指先には岩盤も抉れそうな凶悪な鉤爪を備え、臀部から延びる尻尾は大木の二、三本容易にまとめて薙ぎ倒せそうなくらいに長大で力強い。
頭部には細かい鱗。 首から下はしなやかな剛毛。 熊と恐竜、二つの要素を持ち合わせた二足歩行のこのモンスターこそ俺達のターゲットベアーザウルスだ。
「ギャオオオオ!」
「ははっ、その雄叫びはどっちのものだろう? なあアンラ」
「熊はクマーッて鳴くんじゃない? 恐竜に一票」
軽口を叩いているが、俺とアンラの視線はまっすぐモンスターの方に向けられていた。
「さあ、戦闘開始だ!」
俺達は散開しモンスターを誘導した。 ベアーザウルスの爪攻撃は厄介だ。隙は小さく、それでいて俺達を殺すには充分な切れ味を持っている。 反面、尻尾による攻撃、特に叩きつける動作は破壊力こそピカイチだが隙が大きく狙いも悪い。
だから俺達は、後ろに回って尻尾攻撃を誘発したところを反撃することにした。
「アンラ、君は俺と違って生身のままだ。 自分の安全最優先で立ち回ってくれよ!」
「言われなくても!」
危険な囮役は俺が務めてアンラには攻撃役を任せることにした。 体の大部分を覆うベアーザウルスの分厚い毛皮は、刃物を通しにくいが、アンラの突剣ならそれも気にならない。 俺じゃなくても十分にダメージを与えられるだろう。
尻尾による薙ぎ払いが俺は襲う。 力試しに受け止めてみたいとも考えたが、リスクを考えしゃがんで対処した。 その隙にアンラが右脚のふくらはぎを突く。
その作業をひたすら繰り返していく。 端から見れば面白味のない地味な光景だろう。 けれど、俺達の戦いに英雄なんていらなくて、武勲なんてものも必要ない。 戦いに派手さなんて求めない。 何の損害もなく勝てれば俺達はそれでいい。
「アンラ! 今で何回目の攻撃だ!?」
「十二回! とてもいいペースよ!」
戦闘がはじまって数分。 アンラの攻撃回数は既に二桁台に到達していた。
その甲斐もあってダメージが蓄積されたモンスターの動きが少しずつ鈍くなっている。
予定ではここで俺が前に出て一気に勝負を決めることになっている。 しかし相手の様子がどうにもおかしい。 動きが鈍くなるどころか、その場で静止してしまったのだ。
ただ、ちょうど喉のあたりが大きく脈動している。 そう、それはまるで何かを吐き出すかのような……
───ブゥゥゥゥン。
横に裂けた大きな口から奴らは現れる。そのとき、俺は思い出した。 個としての能力に秀でたベアーザウルスだが、ごく稀にとあるモンスターと共生関係を持つ個体がいるということを。
これは非常にまずい事態だ。
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