第七話 驚異!マーシャルビー!
不快な飛翔音と共に現れたのは赤と黒の軍隊だった。
マーシャルビー。 一匹一匹は羽を含めても手のひらに収まる程度の大きさでしかなく、殺傷力も生命力も大した驚異ではない。
このモンスターは他種のモンスターと手を組むことでその真価を発揮する。
まず、ダンジョン内の戦闘において五感で得られる情報というのは非常に有用で重要なものだ。 マーシャルビーはその内の二つ、特に大事な視覚情報と音を、ただ群れで辺りを翔ぶだけで、ただ羽音を鳴り響かせるだけで俺達から奪ってしまうのだ。
「マーシャルビー…… まさかそんなことが……!」
狼狽えている間にもベアーザウルスの口の中から現れるマーシャルビーの数はどんどん増えている。 俺達には早急な判断を求められていた。
「プラム! おそらくベアーザウルスはマーシャルビーの巣をまるごと飲み込んでいるんだわ!」
「つまりアイツを倒さないかぎりマーシャルビーを倒しても意味が無いってこと!? そりゃかなりハードじゃないか! どうする、一度撤退するか!?」
「いや! 今終わらせなきゃリオン達に今回の件の説明が出来ない! あいつは今ここで倒す! プラム、わたしに考えがあるわ!」
アンラが提案した新たな作戦は非常にリスキーなものだった。
つまり、先程までとは反対に今度は彼女が囮になってその隙に俺がモンスター達を討つというもの。 ただの攻撃じゃ意味が無い。 溜めに溜めた渾身のブレスで、蜂ともども炭コゲにしてしまう程の強烈な一撃だ。
しかし、そのためには最低でも三十秒程の時間が必要になる。 その間俺は完全な無防備だ。 けど、何も迷う必要はない。
「アンラ!」
「なに!?」
「……信じてる!」
「……わたしもよ! 信じているわ、プラム!」
俺達兄妹は一心同体だ。 いままでも、これからも、互いが互いを支えて生きていく。 だから、ちょっと不安になったのなら、相手の名を呼んで信じていると叫べばいい。 そうしたら向こうからも同じ言葉が返ってくる。 それで俺の覚悟は決まる。
「さあ熊ちゃん、こっちよこっち!」
プラムは駆け出して、わざとらしく両手を振りながらベアーザウルスの前を横切った。
さっきまでアンラに攻撃されていたからか、誘導自体は恐ろしくスムーズだった。 ベアーザウルスは雄叫びを上げた後、アンラを追いかけはじめた。
俺はというと、まず高くジャンプして十メートルはある天井に両手の指を突っ込みぶら下がった。
そして息を吸い込む。肺の限界、ライズストーンの力で拡張された体積ギリギリまで息を吸い込む。
十秒も過ぎると俺の体温は急激に上昇していた。 蜂同様自分の体温以上の熱に弱いマーシャルビーは俺の存在に気づいていても手出しは出来ずにいる。
そして三十秒が経過した。 アンラはちょうど俺のブレスが当たりやすい位置にベアーザウルスを誘導してくれている。 行くなら今しかない!
「死ねぇぇぇぇ!!」
俺はそこで最大火力のブレスを吐いた。 勢いは凄まじく、暗闇だった空間に昼が訪れたかのような光が辺りを照らす。
この炎は間違いなくベアーザウルスに届いていた。 なのに何故か、奴はその体表は一部焦げてはいるものの奴はまだ立っていた。
「そんな!?」
驚いたが、その理由は地面に降りてすぐにわかった。 地面に転がる真っ黒に焦げたマーシャルビーの死骸の数々。 マーシャルビーがその身を呈してベアーザウルスを守ったんだ。
「ガアアアッ!」
望みが絶たれ、ほんのわずか動揺し動きが止まったその一瞬。 その一瞬を、ベアーザウルスは見逃さなかった。
「アンラ!」
モンスターが大口を開けてアンラを補食しようとする。 駄目だ、間に合わない。 俺も反応が遅れたから、全力で飛び出してもさっきのように助けられない。
もう終わりなのか。 そんなことを思ったそのときだった。
俺達が来た方向からほんの一瞬灯る光。 マズルフラッシュだ。 けれどかなりの距離がある。 ざっと百メートル強というところか。
しかし銃弾は、寸分の狂いも無くベアーザウルスの左目を捉えていた。
「ギャオオオオ!」
モンスターの悲鳴が洞窟中を轟かせる。 奴が暴れ狂う間に近づいてくる三つの人影は、俺達がよく知る人物のものだった。
「プラム、アンラ! 無事か!?」
「リオン! それにピーツとメランザーナも! どうしてここに!?」
「お喋りは後だ! まずはあいつを倒すぞ!」
どういうわけか、同じスクエア隊であるリオン、ピーツ、メランザーナの三人が駆けつけてくれた。 疑問は残るが、リオンの言うとおり今はベアーザウルスを倒すことが先決だ。
「プラム! アンラ! 何も問題無ければここからは俺が指揮を務める! いいか!?」
「ああ!」
「うん! ちなみにだけどあいつは口からマーシャルビーを出してくる! まずはそれを封じないと!」
「了解! ならピーツの出番だな! 催涙弾いけるか!?」
「いつでも!」
「よし! 投げろ!」
リオンによる迅速な指示のもと、手榴弾によく似た物体がピーツの手から放たれる。 それは一度ベアーザウルスの体に当たり、地面に落ちたかと思えば白いガスを噴出しはじめた。
そのガスには名前の通り催涙効果があり、何も知らず吸い込んでしまったベアーザウルスはもれなく咳とくしゃみに苛まれる。
「でも、催涙弾とマーシャルビーツになんの関係が?」
「マーシャルビーツは熱に弱いだろ? 俺の予想では、咳とくしゃみを繰り返すことでベアーザウルスの体温は上昇し中のマーシャルビーツは耐えられなくなって死滅するはずだ」
「なるほど、さすがリオンだ」
自分で言うのもなんだが俺達スクエア隊はそれぞれの長所が上手く組合わさったとてもいいパーティーだと思う。
アンラの分析力と的確な情報伝達能力、そしてリオンの奇抜な発想とそれを可能にする思考力、判断力。 ピーツは投擲に優れ、様々なアイテムで俺達をサポートしてくれる。
そして残った俺とメランザーナは、なんといっても度胸がある。
「メランザーナ! 行くぞ!」
「キヒヒッ! アナタの指図は受けないわぁ!」
俺とメランザーナの二人は並走して暴れ狂うベアーザウルスに突撃を仕掛けた。
メランザーナは銃剣によるマルチな戦闘を得意とする。 さっき百メートルオーバーの長距離からベアーザウルスを狙撃したのも彼女だ。
以前までの純粋な単体戦闘力なら、まず間違いなくメランザーナが一番だったと言える。 けど、それはやはり以前までの話だ。
「ふん! うおおお!」
俺は尻尾の先を掴み自身の何十倍も重いモンスターを投げ飛ばした。
メランザーナは少し驚きながらも追撃し、速やかに銃弾を撃ち込んでいく。
「これで最後だ! ドラゴンブレス!!」
ダウンするモンスターに俺は渾身の火炎をお見舞いした。 もう、奴を守る輩はいない。 赤い炎はベアーザウルスの全てを飲み込んだ。
絶命したベアーザウルスは、例に違わず灰となった。 灰の量はモンスターの体積に比例するのでドロップアイテムを探すのが大変だ。
「あった! "恐熊の胆嚢"!」
ドロップしているのか不安だったが、アサルトラットのような不運に見舞われることなく目的のアイテムを入手した。
帰り際、アンラは言葉数少なく申し訳なさそうにしていた。
当然だ。 皆に黙って二人だけでダンジョンに赴き、ピンチになった挙げ句助けられた。そこに言い訳の余地なんてない。 ダンジョンを抜け次第、俺達は誠意を尽くして謝罪と説明をする必要がある。
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