第5話 メイク

目の前に、一枚の写真が置いてある。

男女の写真で、女性はかなりの美人だ。

男性は今時の風をしているが、テレなのか、ぎこちなく女性の肩を抱いている。

この感じだと、付き合い始めなのかもしれない。


 「かなちゃん、大丈夫?」

 同僚の子が心配そうに自分を覗き込む。

 「大丈夫よ。」

 ニコリと笑ってみせるが、笑顔が少し引きつってしまった。

 「あんまり顔色が良くないわよ。少し休む?」

 気遣ってくれるのはありがたいが、今はそっとしていて欲しい。

 「ありがとう、なら、化粧室に行ってきてもいい?気持ちを切り替えてくる。疲れてるだけだと思うから。」

 同僚に言うと席を立った。

 その場を離れた瞬間、涙が溢れた。

 自分でも、まさか涙を流すとは思わなくてびっくりする。

 急いで化粧室に行くと、ありがたいことに誰もいなかった。

 鏡を見ると、同僚が心配するのも分かる。

 酷い顔だ。

 また、涙が頬を伝う。

 悲しいわけではない、辛いわけでもない。

 どちらでもなく、感情で泣いているより体が反応するのだ。

 今は仕事中だ。

 感情のコントロールくらいは出来る年齢になった。

 なのに、体が悲鳴をあげているのだ。

 ゆっくり、息を吸って吐く。

 そして、自分の胸に手を当てる。

 携帯に入っている、彼と一緒に撮った写真。

 人の良さそうな笑顔が、今は空虚に感じる。

 大丈夫。

 大丈夫だから。

 胸に痛みが走るも、念仏のように唱える。

 大丈夫、大丈夫。

 一緒に持ってきたポーチを開けると、ファンデーションと口紅をだす。

 少し濃いめの口紅は、青白い自分の顔を華やかにしてくれるはずだ。

 大丈夫、大丈夫。

 心の中で何度も唱えると、パンパン、顔を叩き、仕事場に戻るのだった。



 携帯を眺める。

 唯一、今の自分にはこれしかない。

 体が少し熱を帯びてきた。

 どうなのだろう。

 いいのか?

 ヤバいのか?

 自分の体なのに、よく分からない。

 熱だって、体温計で計るから、あーあるんだ、そんな感じだ。

 自分がいるのは、ホテルの個室。

 濃厚接触者扱いで検査をしたら、陽性が出た。

 会社の上司には嫌味を言われた。

 友人からは、心配よりどこでかかったのかしつこく聞かれた。

 さすがに親は心配してくれたが、当分、実家には帰らないから、そう自分から言った。

 自分でも意地っ張りだと思う。

 本当は泣きたいくらい、どうしたらいいのか分からない。

 若い奴がなったって死なないよ、そう言って、友人は笑った。

 だけど、

 「なってみて、笑いやがれ!」

 声は虚しく響くも、誰にも届かない。


 

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