第4話 希望
はあはあはあはあ、はあはあはあはあ。
まだかな。
はあはあはあはあ、つらいよー。
お母さんは、近くにいる?
はあはあはあはあ、ここは?
お母さん、お母さん。
お父さん、お父さん。
ゆーちゃんは?
はあはあはあ、死んだりするのかなぁ。
ねぇ、どうして誰も答えてくれないの?
ねぇ、僕はどうしちゃったの?
このまま寝ちゃったら、もう一回、起きれる?
みんなに会いたいよお。
淡い黄色の部屋。
僕の背丈くらいの本棚があって、絵本や漫画、僕にはちょっと難しい字ばかりの本。
手触りのいい積み木や、友達と作ったお面。
色とりどりの、柔らかな四角いイス。
あとは、クレヨンに、画用紙。
よういち君が言ってた。
ここは院内保育園っていうところ。
僕のお母さんはここでお仕事をしている。
たまに、手を振りに来てくれるんだ。
ずっと一緒にいられないのは、寂しいけれど、友達が出来たから、少しはへっちゃら。
だけど、今日はよういち君が来ないんだ。
少し寂しい。
明日は来てくれるといいけど。
ようこ先生はとっても明るくて、優しい。
大好きだ。
もちろん、お母さんが一番!
お父さんは、二番かな?
うーん、仕方ないよね。
お母さんはいい匂いがするもの。
今日はいつ、お迎えに来てくれるんだろう。
「大丈夫だよ、大丈夫だからね。」
白い病室で、苦しそうに息をしている少女がいる。
鼻からチューブを入れ、空気を人工的に入れているのだろうが、顔は苦悩に満ちていた。
額の汗を拭き、額にかかった髪の毛を、手袋をした手で掬う。
その時、目が薄っすらと開いた。
自分を確認したのか、他の誰かを思い出したのか、目に涙を浮かべた。
喋りたいのか、口を開けるも、声は出てこない。その代わり、手を差し出してくる。
その手を握り返すと、少し落ち着いたのか、また目を瞑った。
小さい声で「頑張れ」、エールを贈る。
これ以上、自分に出来る事はない。
まだまだ、自分を待っている人がいるのだ。もう一度、軽く手に触ると、ゆっくりと5本の指が閉じられていく。
そのまま握りしめ、グーの形になった。
彼女も必死に戦っているのだ。
私も拳を握り、彼女の拳に合わせたのだった。
「お母さんだ。」
ようこ先生の手を離し、お母さんに思いっきり手を振った。ガラス越しだけど、会いに来てくれるのは嬉しい。
「良かったね。お母さん、休憩中なのかな?」
「そうだよ、きっと。お母さん!」
毎日会うけど、どうしてなのかな、やっぱり嬉しいや。
窓に近づくと、お母さんの目が笑う。マスク越しだけど、僕にはわかるんだ。だかど、何だろう、少し悲しそう?
僕がお母さんの顔をじっ、と見ていると、僕の目線に屈んでくれて、僕にピースサインをしてくれた。
元気だよ、そう言ってるみたいだ。
だから、僕もピースサインをした。
お母さん、お母さん、僕のお母さん。
僕はいっぱい、お母さんに甘えちゃうけど、もしかして、お母さんも、僕に甘えているのかなぁ。
そうだとしたら、僕が元気をあげるからね。僕にいっぱい、甘えてね。
「どーしたの。泣きそうじゃない⁈」
ナース室で、書き物をしていたら、同僚からそんな事を言われた。顔をパチパチ叩くと、大きく息を吸い、ティッシュで目を拭く。
「そんなに酷いかなぁ。気付かなかった。何だか子供の顔、見てたら、どーしようもなく、涙が出そうだったの。」
同僚が私の肩をたたくと、
「足立真那ちゃん?」
軽く頷くと、
「見てると辛い。何年経っても、慣れないね。看護師に向いてないのかなぁ。」
「誰だって思うよ。何であの子がって。本当なら、あの年くらいの子なら重症化しないのにね。真那ちゃんは、肺が弱いから。」
「自分の子が院内保育にいるんどけど、手を振ってくれるの。一生懸命にね。真那ちゃんは、拳を握ったの。頑張るよ、そう言ってるみたいだった。どっちも一生懸命。治って欲しいけど、私には、体を拭いてあげるくらいしか出来ないんだなって思ったら、悲しくなっちゃって。」
「そうだね。親にも会えない。本当に、なんでこんな事になっちゃったんだろ。だけど、私達は、私達のやるべき事をするしかないよ。本音を言えば、この仕事を辞めてもいいと思ってた。私が辞めても、旦那が働いてるから生活は出来るし、それより、自分がコロナになる方が怖いと思った。家族にうつるのが怖いと思ってた。」
「私もそうだよ。だけど、私が辞めれば、他の人の負担が増える。それ以上に、頑張って生きようとしている人達がいる事を、私達は知っている。」
「そういう事。さっ、午後も頑張ろう。」
「ふふっ、そうだね。頑張りますか!」
お互いの背中を叩くと、患者の待つ病室に向かった。
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