第3話 優しさ

まだまだ話したい事がたくさんあった。

梅干しつけてあるの、食べてほしかったなぁとか、おじいちゃんの仏壇にちゃんとお供物をしてほしいなぁ、とか。

本当はもっと大切な事を言いたいのに、こんな事しか頭に浮かんでこない。

あー、もっと色んな所に行っておけば良かった。

美味しいご飯、たくさん食べさせてあげたかった。ハンバーグ、大好きなんだよねぇ。

笑った顔、大好き。

不貞腐れた顔、抱きしめてあげたい。

泣きそう顔は、額を合わせてぐりぐりしながら、一緒に泣いてあげたい。

あぁ、まだまだ一緒にいたい。

いたいなぁ。



 「ただいまぁ。」

 「おかえりなさい。」

 「今日も学校は楽しかったかい?」

 ランドセルを肩から下ろしている孫に、声をかけた。

 髪が肩にかかるくらいの長さで、紺色の帽子を被った孫は、目をせわしく動かしながら、

 「まあまあかな。」

 そう言うと、制服から普段着に着替える為に、別の部屋に入っていった。

 「そう、まあまあか。」

 彼女がそう言うのなら、本当にまあまあだったのだろう。嘘のつけない孫は、父親に似たのかも知れない。

 「おばあちゃん、今日のご飯は何?」

 隣の部屋から大きな声で聞いてくる孫は、きっと顔がほころんでいるはずだ。

 彼女が台所に入った瞬間、気付かないはずはない。

 「ハンバーグだよ。」

 彼女に負けないくらい、大きな声で答える。

 「だと思った。匂いがそうだもん。おばあちゃん、ありがとう。」

 「大好きだものね。今日はケーキもあるから、ご飯の後一緒に食べよう。」

 「嬉しい!おばあちゃん、大好き!」

 彼女がとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。この笑顔を守りたい。

 ずっとずっと、一緒がいい。

 「おばあちゃん、お茶入れて、ハンバーグ食べよう。」

 「そうだね。食べようか。」

 この時間が、涙が出そうな程、愛おしい。



 「お母さん、いつもありがとうね。」

 少し疲れた顔で、娘が礼を言う。

 昔はあの子と一緒で、笑顔の可愛い子だった。今は仕事の疲れか、目が充血し、先程からしきりに肩を揉んでいる。

 「私は嬉しいよ。孫と一緒にいられるんだからね。それより、あんたは大丈夫なの?疲れているようだけど。」

 「大丈夫よ。忙しいけど、やりがいのある仕事だし。ただね、たまに涙が出る程、悲しくなっちゃうの。こればっかりは慣れないね。」

 「無理しない事よ。」

 「ありがとうね。旦那も私も、お母さんには感謝してる。もっと、あの子と一緒にいた方がいいのは分かっているけど、あの子と同い年くらいの子が苦しんでいるのを見るとね。ほっとけなくて。」

 娘が優しい顔で、微笑む。

 彼女は、こんなに慈愛に満ちた顔が出来るようになったのだと、嬉しくなった。

 「だから、大丈夫よ。私が作ったハンバーグ、美味しいって言ってくれるもの。昔のあなたみたい。口に入れた瞬間、もうフォークで次のハンバーグをさして、口の近くまで持ってきてるのよ。そっくりすぎて、笑っちゃったわ。」

 思い出して笑っていると、娘が頬を膨らませながら、

 「そんなところまで、似なくてもいいのにね。」

 ちょっと拗ねたように、口をすぼめている。

 (ほら、また似てるところ、見つけた)

 心がくすぐったい。

 本当に、大丈夫だよ。

 私は幸せ者だ。

 だから、もっと我儘を言って欲しい。もっと好きな物を作ってあげたい。あなたの役に立ちたい。肩こりも治してあげたい。ずっとずっと、一緒にいたい。

 娘の背中を撫でながら、

 「頑張りなさい。」

 久しぶりに、彼女の満面の笑顔が見れた。

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